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灰色の悪魔  作者:
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第一話 小さな世界にて

 華やかな空気が漂う大都市から数キロ離れたこの地。

 高さ100m余りの冷い鉄製の壁が、この地の外周を囲う。

 穴ひとつ見当たらないこの壁は、なんのために存在するのか。

 その内側で働く三千人の労働者は、名前も知らない機械で、地表に直径四十五メートルの浅いクレーターを掘る。目的を知らぬまま、ただ掘り続ける。

 「七十八点だ。ボーダーは九十点だぞ」

 物々しい防護服で身を固めた監視役の男が、モニターに映る歪んだクレーターを見て言った。

 五人一組の労働班は監視役から修正の指示を受け、クレーターの円周あたりを埋めたり掘ったりしながら直していく。

 飛行機能を持つ黒い円盤型のカメラが、クレーターを上空から映す。

 モニターにはすっかり綺麗な円形になったクレーターが映った。

 それを確認した監視役の男は、腰にぶら下げた無線機を口に近づけて、短い報告をした。

 

 「ポイントBE23。偽装ボード設置前準備完了」


 その十分後に、今度は飛行運搬機能を持つ黒いアーチ上の運搬機が、完成して間もないクレーターの上に、巨大な板を被せた。

 板の表面は、周りの地面と似た灰色で塗装されている。

 近くで見ればモザイクアートにしか見えないが、おそらく遥か上空からは地面と同化して見えるのだろう。


 「ポイントBE23。最終工程終了」 


 指示役が報告したちょうどその時、キーンという甲高い機械音が巨大な壁の内側に鳴り響いた。

 それを合図に、作業を終えた労働者たちが、四角い建物にぞろぞろと入っていく。

 壁の内側に無数に建てられた箱型の建物は、表面に先ほどの板と同じ模様が施されている。

 箱に入った五人の労働者たちは毎日支給される簡素な食事を済ませ、冷たい床の上で横になった。

 



 労働開始を知らせる機械音が響く。


 (昨日がBE23...今日はBE24かBF23だな)


 三千人の労働者の内の一人「ジャタ」はそんなことを考えながら、他の四人を尻目に箱を出た。

 昨日作ったクレーターの場所へ足早に到着する。

 まだ同班の四人と監視役は見えない。


 (痩せぎすの骨野郎。次に要領の悪いジジイ。ハゲと巨人が同時に来て、最後に監視だな)


 三分後、ジャタが予想した順番通りに残りの五人が揃う。 

 最後に到着した監視役は、足を止めないまま九十度のターンをしてまた歩き始めた。それを五人が追う。


 (今日はBE24か)


 ジャタは、太陽の方角と監視役が向かう方向から、今日の作業ポイントを予測した。壁の内側でできる最大限の趣味に耽りながら、いつの間にかそのポイントに到着する。

 五人が準備を始め出したちょうどその時、監視役の無線機が高い機械音発した。続いて繰り返されるのは、別の作業ポイントからの応援要請だ。

 監視役は、無線を聞いた後、なぜかその要請を無視した。どことなく落ち着かない様子だったが、おそらく面倒ごとに巻き込まれたくないのだろう。

 

 「トイレに行かせてください」


 ジャタは急に腹痛を訴えた。

 

 「何だ。早く行ってこい」


 鳴り止まない無線にイラついている様子の監視役は、いつもと違って退出が許される時間を厳密に指定することもなく、雑に許可を下した。

 作業ポイントを離れたジャタは、元いた箱の方向へ向かう。だが箱に入ることはなく、そのまま素通りした。


 (DD19...要請元が箱の方向と一致するなんて奇跡だな)


 ジャタは、監視役の無線機から漏れた声を、耳聡く聞き取っていた。

 本来監視役が行くはずの場所に向かうジャタは、目的地に近づくにつれて周囲の異様な騒がしさを感じ取った。

 どうやらDD19に近いポイントから十人程の監視役が駆けつけていたらしく、皆がクレーターの円周に沿う様な形で並び、円心あたりの「何か」に視線を集めている。誰もが怪訝な表情を浮かべていた。

 よく見ると、元々DD19で作業をしていたらしき五人も、監視役の中に混ざっていた。

 ジャタが、怪しまれない様に遠目で窺っていると、事態に変化が起こった。円周にいた大勢の人たちの中から、DD19の作業班五人が、円心に向かって歩き出したのだ。それは好奇心からではなく、監視役の下命を受けてのことだった。

 得体の知れない「何か」に対する恐怖から、歩く足元は震えていたが、ついに五人は円心へと到着した。

 そのうちの一人が、屈んでその「何か」を恐る恐る観察する。

 

 「そこに何があるんだ!」


 監視役の一人が、大声で問いかける。おそらく応援を要請したDD19の監視役だろう。

 

 「鳥です…鳥が落ちています!」


 屈んでいる男が、か細い声で叫んだ。


 (監視以外の人間の声を聞いたのは久しぶりだな...)


 ジャタはふとそう思った。普段、労働中はおろか労働外でも発言を許されないジャタたちは、こういった緊急事態にのみそれが許される。

 取るに足らない物思いに耽っている間も、目の前の事態は動いていた。

 得体の知れなかったものが鳥だとわかって、周囲の緊張感は急速に解けていく。監視役たちもぞろぞろと円心あたりに集まる。

 今まで遠目に事態を窺っていたジャタも、監視役たちに乗じてクレーター内に足を踏み入れた。


 (緊張からの解放。一番監視がザルになる頃合いだ)


 片頬を吊り上げながら、俯いて歩く。いつのまにか円心の監視役たちが眼前の位置まで来ており、慌てて踵を返した。ジャタは結局、円心の人の群れから十五メートルほど離れた位置に落ち着いた。

 円心ではDD19の監視役および作業班五人への事情聴取らしきものが始まっていた。

 距離的に会話の内容は聞き取れないが、ジャタは早々にこう結論づけた。

 彼ら監視役と作業班五人は、労働開始間もない頃に、前日から掘っていた未完成のクレーターに集まったのだろう。そしてそのうちの誰かが円心あたりの異物に気付き、監視役が応援を要請したのだろう。と。

 ジャタたち労働者は、作業ポイントで異物を見つけるとそれがゴミであれ何であれ、逐一報告するように釘を刺されていた。

 

 (大袈裟なんだよな。毎回)


 もう展開はないだろうと、どことなく興醒めした様子のジャタは、事態の収束を見守ることもなく、今日の作業ポイント「BE24」への帰路に就こうと後ろへと振り返った。

 その時だった。 

 にわかに、空気の波の様な衝撃を背中に受けた。

 爆風。それ以外に形容しうる言葉はなかった。

 その後も静寂が続く。

 ふと、生温かい風がジャタの肩を撫でる。

 その瞬間、ジャタの脳内に悍ましい映像が流れた。

 瓦礫の様に散乱する死体。血溜まりが繋がり合って、一つの大きな円となる。俯瞰的で鮮烈な映像は、まるであの飛行カメラが映しているかの様だった。だがその映像も、やがてノイズとともに後頭葉あたりへと消えていった。

 それを追い求める様に振り返る。

 そこには、映像が示したままの現実が広がっていた。

第二話へと続きます。

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