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【小説】朝が、来る(Re:NEM)

掲載日:2025/12/17

 ──光を知りませんか?行方不明なんです。


 おれがそいつから手を離した時に、たぶん朝が来て、白い太陽の光に包まれながら、涙を乾かして、いつか星になろうとした事を忘れられずに、小さな死を迎えるのだろう。


 そうやって夜が終わる。

 そいつはもうどこにもいない。

 そいつに噛まれた指が今になって痛みだす。

 もしあの時こうして痛みを感じたとしたら、おれもここから見える小さな星のひとつになれたのだろうか。

 いつか誰かが線を結び、名前のある星座になれたのだろうか。


 そうやって夜が終わった。

 そいつはもうどこにもいない。

 もし痛みを感じたとしたら、おれも小さな星のひとつになれたのだろうか?

 いつか誰かがその小さな光と光を線で結び、名前のある星座になれたのだろうか?

 そして、ひとつの物語になるのだろうか?

 おれと言う存在に意味だとか役割があると信じたい時期はとっくに過ぎてしまった。


 もう夜なんだ。


 

 鉄柵を乗り越えてマンションの屋上に出ると、周囲に建ちならぶ家々の窓明かりが綺麗に光って見えた。

 まるで地上の星だ。

 でも数が多過ぎて、星座みたいな形には結べそうにない。

 それにわざわざ線で結ばなくたって、あの光にはひとつ一つ意味があって、物語がある。

 その意味や物語が羨ましい気になるけれど、そのすべてが美しかったり、良い意味であったりするとは限らない。


 ごん、と風がふいて光をかき混ぜた。

 なにか見えそうだったけれど、消えてしまった。


 おれはその風で腹がすいているのを思い出したように、紙袋からハンバーガーを取り出して齧りついた。

 粗悪なタンパク質と炭水化物が大量の塩や脂とともに流れ込んで、脳みそに強烈なキックを入れる。

 脳みその奥で、幸福物質の詰まった袋が破られる。

 空腹という光がハンバーガーと言う光と線で結ばれて、おれはいま、ひとつの小さな物語のなかにいると思えた。


 

 顔がハンバーガーとジュースを往復していると、そいつがおれの足元によってきた。

「ひさしぶり。お前も喰うかい?」

 おれはハンバーガーからレタスを引き抜いて、足元に座るそいつに与えた。

 そいつはレタスを見ると、何度か匂いを嗅いでからシャクシャクと音を立ててレタスを食べた。

 そして伸ばしたままのおれの指に鼻を寄せると、残り香を認めたのか、そっと噛み付いた。

 痛くは無かった。

 そうやっておれとそいつを線で結ぶ。



「昔を思い出すな」

 指を咥えたままのそいつを撫でる。

 群青色を煮詰めた夜の空みたいに暗い青色をしたそいつは、灰色の目を細めるとゆっくり体を横たえて、そのうちに背中を向けた。

「もう会えないかと思っていたよ」

 おれは残ったハンバーガーをジュースで流し込んだ。

 もうこの光は味がしなかった。


 


「でも朝になったら、お前はまたどこかに消えてしまうんだろ」

 足元のそいつは背中を向けたままだった。

 おれはその背中を撫でながら言う。

「それなら、朝なんて来なければ良いのに」

 お前はいつもどこかに消えてしまう。

 黒い光はだが、返事をしない。



「ずっと前も同じ事を言ったな。

 そうだよ、お前が消えてしまうのが寂しくて仕方ない。

 白い太陽が昇って、夜の空に引かれた濃い群青色をしたカーテンが取り払われると、いつの間にかお前もどこかに消えてしまう。

 その気配だけがそこにあって、おれはそれが寂しくて仕方なかったんだ」

 撫でていた手を離す。


 おれとそいつを結んでいた線はほどけてしまっただろうか?

 煙草を取り出す。

 擦ったマッチがオレンジ色の小さな光を産み出した。

「お前はおれを結んでくれるかい?どこかの光と。別にそれが本当の幸ひと言うやつじゃなくても構いやしないよ」

 そいつは相変わらず背中を向けたまま、時折り身を捩っては撫でる事を要求している。

 俺はそれに応えて、煙草を持ち替える。

 空いた手で撫でると、そいつは満足そうに身を委ねた。



「もしおれがちゃんとした星だったなら、もし単なる光じゃなかったとしたら、お前はどこにも行かないでいてくれるのかい」

 そいつの背中を撫でながら訊いてみた。

 返事は無い。

 だかその背中は否定的では無かった気がする。

 自意識過剰だろうかと思うと可笑しくなってしまった。

 構わないさ、そう思いたかったんだ。

 おれはそいつの背中に生えた羽根の間をゆっくりと撫でた。



「今夜みたいに、明日も明後日もお前がいたらおれはきっと幸福だろう。

 それはおれが単なる光である事を指し示すとしてもだ。

 もしも終わらない夜があって、お前がここにいるのならそれも幸福だろう。

 それがおれを星では無いと裏付けることになってもだ。

 お前はどうだ?」

 来てくれるか?

 試しに訊いてみたところで、やはり返事は無い。



 たまがそいつは寝返りをうっておれに顔を向けると、細くしなやかな髭を動かして、やはり青い尾鰭を、笑ったように少し動かした。

「いや、もしかしたらもうずっと夜なのかも知れないな。

 朝になってお前がどこに行く事も無い夜。

 もうその夜に何日いるのかおれが知らないだけかも知れない。

 おれはもしかしたら肺の中まで幸福に満たされていて、ただそれに気づいていないだけかも知れない。

 お前をこうして撫で続けて幾つもの夜を過ごしているのかも知れない。

 お前を見送る朝の寂しさが無いならそれだけで俺は良いのかも知れない。

 それが本当の幸ひと言う名前なのかも知れない。

 おれはお前と結ばれて星座になる事はあるのか?どう思う?

 お前は地を飛び、空を泳ぎ、海を這う。また遠くに行くのだろう。

 それはおれが星じゃあ無いからだろう。

 終わらない夜は無いのだから。

 夜と言う願いの上に朝があるんじゃあ無い。

 朝と言う願いの上に叶えられた夜があって、やはりその夜はとても悲しく、それでも幸福なのだ。

 お前がどこに行く事も無い幸福をいまこうして撫でながら、それすら祈りや願いであると言う事に気づいたよ。

 おれはお前を愛しているよ。

 何処へ行ってもきっと大丈夫だ。

 さぁ、もう朝が来る。

 見えるか、あの白い太陽が。群青の幕が上がって行くのが。

 おれは幸福だったよ。朝が来る前に小さな死を迎えよう。

 お前は何処かに行ってしまうとしてもおれは確かに幸福であったと言おう。

 この夜をいつまでも残しておこう。

 たとえおれが立派な光や星では無いとしてもお前はおれを見つける事が出来るだろう。

 朝が来る。

 朝が来る。

 朝が来る。

 光だ。

 光だ。

 星が消える。

 地上の星が消えてしまう。見えるか。

 おれの涙はやがて乾く。それは星では無い。

 たとえ今は光っていたとしてもだ」



 いつか誰かが線を結び、名前のある星座に、物語に、意味になるのだろうか。

 朝が来る。

 光、あれ。

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