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亡国の涙  作者: 古詠海
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ナイン誕生

「これはなんの魔法なんだ。僕だって魔法科の学生だ、だいたいコードナインってそれは僕の名前じゃない」

「ナイン、おまえ千代の国の人間じゃないのか」

 なぜそれを、と発言するほど僕も迂闊ではなかった。

「なんの話だ? 透視関係の魔法なのか?」

「面倒だからわたしのことはイールギットと呼んでくれ、ナイン。

 力を与えてやろうと言ってるんだよ、さっきだって人を殺して遊んでいたくせに」

 声の主の姿が見えた。

 女、だった。女にしては低い声だ。ローブの色からするに最上位の魔法使いだが、そんな魔法使いが僕になんの用なのか。しかも力を与えてやるとか人を殺して遊んでいたとか……、

「魔法を発明できる力、か。おもしろいな、オリジナルの魔法を使える人間はそう多くないよ。ナイン、おまえならやれるかもしれないな。千代の国が憎いんだろう」

「イールギット」

 感情に従うよりはここは理性に従ったほうがいい。

「たしかにそのとおりだ。俺は千代の国が憎い。何せ」

「何せ、そうだね、それ以上はわたしからも言わないでおくよ。ナインに殺されては堪らない」

「殺すだなんて心外だな。それでその、オリジナルの魔法を使える、っていうのは」

 オリジナルの魔法を作れる、なんて聞いたことがない。魔法を発明できる人間なんていないはずなのだ。法則を発見はできても魔法は発明できない。この世界の理とも言うべき原則のはず。小学生から魔法科にいる僕からしたら常識中の常識だ。

「起源の魔法使い、くらいにしとくか? わたしもどんなコードが与えられるかは蓋を開けてみなければわからないんだ。さきほどの本を書いたのはわたしでね、素質のありそうな子に渡るようにスペルが書いてある。そういうことだ」

 そろそろ元の次元に戻るよ、とイールギットが言う。


 僕が何か次に言うよりも早く、僕は呆けて教室に立っていた。

「八重沢ー?」

 クラスメイトに声をかけられ、僕ははっとした。

「ああ。隣の教室で何があったんだろうな」

「また生徒が死んだってことじゃないのか?」

 最近多いよな、とクラスメイトが言い、全く治安が悪いな、と僕も返した。

 ここのところ教室内で突然死する生徒が多いという。明らかに魔法をかけられているということで、魔法科の僕たち学生も研究はしていたのだが、原因はよくわからない、というところだ。

 ……たしかに犯人は僕だ。理由? 千代の国が嫌いだからだ。それで十分だろう。

 魔法科の首席たる僕は千代の国の転覆を目論んでいる。その実験だった、それでいいだろう。理由は十分だ。

 反逆? 知ってる。そういうことくらい。だいたい正義とか悪とか秤が違えば異なる結果を出しそうなものに付き合うつもりはない。僕のことは悪と呼べばいい、それでいいんだ。

 僕の国を取り戻せるなら。


  ***


 容姿を変えるなんて魔法にはできない。人間が生まれ持った属性を変えることはなかなか難しい分野で、ただしまだ僕の正体をまわりに悟られることだけは避けたい。さてどうしたものか。

「なぁ時津風、どう思う」

「……は? なんの話だ」

 昼休み、学園の中庭。購買でめいめいが買ってきたものを食べている。

 僕が名前を覚えている数少ない人間のひとりに、時津風希(ときつかぜのぞみ)がいる。たまにノゾミと名前を呼ぶこともあるがだいたい苗字で呼んでいる。

「ああ、ごめん。こっちの話」

「レオの秘密主義に付き合うのもおもしろくはないぞ」

 ことばの割に笑って見せるノゾミ。平和ボケもいいところだ。

「……で、精霊科の小テスト範囲どこだっけ?」

「あれは寝ててもできることしか聞いてこないだろう時津風」

「一緒にするなよ。こっちは単位揃えるのに必死なんだから」

 範囲なんて覚えていないが、最近やったことなら覚えている。

「それぞれの精霊の質量とか、質量保存の法則に関してとかが出るんじゃないのか」

「ありがとうレオ。恩にきるよ」

「これくらい大したことじゃない」

 購買のパンを食しつつ、僕はイールギットのことばを反芻する。

 起源の魔法使い、ね。

 つまり容姿変化の魔法くらい作れるんじゃないのか?

 僕は立ち上がり、普段人が近寄らないと噂の池のほうに行くことにした。

「レオ、どこ行くんだよ」

「……野暮用」

 手をひらひらさせる僕の背に、ノゾミのため息が投げられた気がした。


 完全に人がいないことを監視の魔法で確認し、僕は自分の変わりたい姿をイメージする。

「大人のほうがいいだろうな」

 まっ白な髪、濃い灰色の目、僕の黒髪と緑の目とは異なる外見に。人を惹きつけることのできる外見に。

「セラ・フィム、キロカサレ」

 スペルは思いついたことばにした。

 瞬間、皮膚や爪を剥がされるくらいの痛みが全身に走った。悶絶する。悲鳴こそあげなかったものの、人生十六年で経験したことのないほどの強い痛み。

 痛みは一瞬だった。

 目を見開いて肩で息をする。鏡か、もしくは姿を映すもの。池だ。池を覗き込めば。

 池の水面に映り込んだ男は、肩ほどまでのまっ白の髪に、濃灰の目をしていた。目鼻だちもはっきりしている。肌の色は意図しなかったが、おそろしく白い。

「これが……?」

 声も低くなっていた。

 あまり驚いている時間もなく、俺の監視魔法が誰か来たことを告げていた。指を鳴らして姿を透過し、俺は急いで学園を出た。

 徐々に笑いが込み上げてくる。

 おもしろい。非常に、おもしろい。

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