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婚約破棄された悪役令嬢ですが、冷遇と暴言まみれの実家から逃げ出した先で隣国皇太子に一目惚れされました。

作者: 結城斎太郎


1. 婚約破棄の瞬間


 その日、私は人生で二度目の「死」を味わった。

 場所は首都の大広間。煌びやかなシャンデリアの下、私の婚約者である第一王子エドモンドが、冷えきった視線をこちらに向けていた。


「アリアナ・レーヴェンス公爵令嬢。お前との婚約は破棄する」


 低く響く声に、周囲の貴族たちがざわめく。

 理由はわかりきっている。

 ——彼は、私の姉リディアと腕を絡めて立っていたから。


 リディアは完璧な女だ。才色兼備、社交も戦略も抜群、親の寵愛も一身に受けている。

 その隣で、私は常に比べられ、劣った存在と蔑まれてきた。


「君のような冷たい女より、リディアのほうが王太子妃にふさわしい」

 エドモンドの言葉は冷酷で、背後から突き刺される刃のようだった。


 笑えた。

 ああ、結局、最後まで私は「彼女の代わり」でしかなかったのだ。


 会場のざわめきを背に、私は黙って会釈をし、その場を去った。

 涙は、もう枯れて久しい。



---


2. 家族の愛は最初からなかった


 レーヴェンス公爵家は、王国でも五指に入る名門。

 しかし私にとっては、冷たい檻だった。


 幼い頃から母は私を見もしない。父は「無駄飯食らい」と呼び、姉は笑いながら髪を引き、書き物机を蹴倒した。

 夜中に泣いても誰も来なかった。

 体が弱った時も、熱にうなされる私の枕元で母は「リディアの舞踏会の衣装が足りない」と呟いていた。


 私は、家族にとって存在しない方が都合が良い存在だったのだろう。



---


3. 脱走


 婚約破棄から二日後、夜明け前の静かな屋敷を抜け出した。

 手荷物は小さな革鞄一つ。ドレスも飾り気のない灰色のものに着替えた。

 金庫から少しだけ金貨を盗み、裏門から馬車を使わず徒歩で国境を目指す。


 後ろ髪は引かれない。

 こんな家に戻るくらいなら、森で飢えて死んだ方がまだましだ。


 月明かりの中を歩き続け、三日目の夜、私は限界を迎えて森の中に倒れ込んだ。

 そして、その時——


「……君、大丈夫か?」


 低く、しかし不思議と心地良い声が耳に届いた。



---


4. 隣国皇太子との出会い


 目を開けると、月光を背負った青年がそこにいた。

 漆黒の髪に、氷のように澄んだ蒼い瞳。背は高く、纏う空気は鋭いのに、私を見る眼差しは妙に優しい。


「……誰?」

「俺はルシアン・ヴァルドール。ヴァルドール帝国の皇太子だ」


 帝国。隣国であり、我が国と幾度も小競り合いを繰り返す大国。

 その皇太子が、なぜこんな国境付近に?


「気を失っていた君を放っておけなくてな。……怪我はないか?」

 そう言って、彼はためらいもなく私を抱き上げた。


「やめて……放して」

 私は必死に拒む。これ以上、誰かに期待するのは怖かった。

「理由を聞かせてくれ。君は酷く怯えている」


 ルシアンは私の腕に残る痣を見て、眉を寄せた。

 その目に、あからさまな怒りが宿る。



---


5. 皇太子の執着


 帝国領内の屋敷で目を覚ますと、暖炉の火と柔らかなベッドが私を迎えた。

 数日間、ルシアンは私のそばを離れず、食事や休息を無理にでも取らせた。


 やがて、彼は唐突に言った。

「アリアナ、俺と結婚してほしい」


「……は?」

「君が拒んでも、俺は諦めない」


 彼は、私の過去をすべて聞き出そうとしたが、私は話さなかった。

 けれど、彼は独自に調べを進めたらしい。



---


6. 復讐の火蓋


 数日後、帝国の諜報部が持ち帰った報告を前に、ルシアンは笑った。

 それは氷の刃のように冷たい笑みだった。


「君を傷つけた連中は全員、後悔させてやる」


「やめて……そんなことをしても、私は——」

「これは君のためじゃない。俺がやりたいからやる」


 その声には、絶対の決意がこもっていた。

 そして、ルシアンの復讐計画は、静かに動き出した——。



---




7. 復讐の第一幕


 最初の標的は、元婚約者エドモンド王子だった。

 ルシアンは帝国の商会と軍事商人を使い、彼の取り仕切っていた鉱山事業に巧妙な形で投資を持ちかけた。表向きは友好と経済支援。だが契約の細部には、王国側が莫大な負債を抱える仕掛けが組まれていた。


 数週間後——

「エドモンド殿下、鉱山の権利は帝国に移譲されます」

 冷たい通告に、彼の顔色は紙のように青ざめた。王族の威光も経済的信用を失えば形無しだ。


 それだけでは終わらない。ルシアンはエドモンドの愛人関係と汚職の証拠を王国貴族社会にばら撒いた。

 瞬く間に彼は「放蕩王子」として嘲笑の的になった。



---


8. 姉への制裁


 次はリディア。

 社交界の花と呼ばれた彼女は、王太子妃の座を狙っていた。だがルシアンは、彼女の「完璧な」評判を土台から崩した。


 リディアが裏で高利貸しと繋がり、貴婦人たちを借金漬けにしていた証拠を帝国の使節団を通じて王国議会に提出。

 数日後には、彼女は公の場で告発され、社交界から永久追放された。


 それでもリディアは泣き落としで両親に助けを求めたが——

「もうお前を庇える立場ではない」

 父母はすでに、次の標的になっていた。



---


9. 両親の失墜


 ルシアンは経済封鎖を部分的に発動し、公爵家の主要貿易路を締め上げた。さらに、裏金や不正契約の記録を王国監査院に流す。

 結果、公爵家は莫大な罰金と領地縮小を余儀なくされ、政治的影響力は失われた。


 帝国と事を構える余裕のない王国は、表向きは「偶然の経済不振」と処理したが、関係者は誰もが黒幕を悟っていた。



---


10. 私の葛藤


「なぜ……そこまでしてくれるの?」

 ルシアンの復讐が進むたび、私の心は揺れた。

 恨みはある。だが、彼の手を血で染めさせたくはなかった。


「君は俺のものだからだ」

 ルシアンは淡々と告げる。

「俺のものを傷つけたやつは、全員、地獄に落とす。それだけだ」


 その執着は、恐ろしくも温かかった。

 私を守るために、彼は迷わず世界すら敵に回すのだと理解してしまったから。



---


11. 氷が溶ける瞬間


 ある夜、私は眠れずに庭園を歩いていた。

 冬の月明かりの下、ルシアンが一人で剣を振っていた。汗が額を伝い、その横顔は真剣そのもの。


「どうして、私なんかを……」

「“なんか”じゃない。君はアリアナだ。俺の心を一瞬で奪った、唯一の人間」


 その言葉は、胸の奥の氷を一気に溶かした。

 初めて、自分が誰かにとって特別だと信じられた。


 私は静かに頷いた。

「……わかった。私でよければ、そばにいてほしい」


 ルシアンの瞳が、月よりも明るく輝いた。



---


12. 次期王妃の座


 半年後、帝国と王国は友好条約を結び、その場でルシアンと私の婚約が発表された。

 王国の貴族たちは顔を引き攣らせ、公爵家の面々は一言も声を出せなかった。


 式典の最中、ルシアンは私の手を強く握り、耳元で囁いた。

「これでようやく、君は俺の隣だ」


 私は笑った。

 かつての冷たい檻から解き放たれ、今は誰よりも暖かい手が私を包んでいる。



---


13. そして——


 その後、公爵家は完全に没落し、エドモンドは辺境へ左遷、リディアは国外追放となった。

 私が手を下すことはなかったが、全員が私の目の前から消えた。


 私は今、帝国宮殿のバルコニーから夜空を眺めている。

 背後からルシアンがそっと抱きしめ、囁く。


「もう二度と、君を一人にはしない」


 あの日、月明かりの森で出会った時から、運命は決まっていたのかもしれない。

 私はただ、静かに彼の胸に身を預けた。



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