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第五章第6部: 永遠の文明

前回までのあらすじ


アウロラは、ついに第三のアルセイデスへ到達した。

そこで待っていたのは、またも「前・人類」の「維持者」だった。一行は、人類がかつて銀河に広げた文化と技術の広大な痕跡に接し、予想外の展開に衝撃を受ける。

カリナと名乗った少女は、このアルセイデスの名が「アネクシス」であると告げ、構造体内のへ案内した。


やがて現れた「対応者」レオンは、一行の目的地である「セラピオン」文明が、複数の種族から成る複数の星系に分散した共同体だと説明した。


ジョアンは、レオンの手引きにより「ノエマ」を介したセラピオンとのコンタクトに成功する。

セラピオン側はこのコンタクトを歓迎し、「フェージング」や「ハダノール」という不可解な現象と存在に関しても、人類と共通の探求意識を示す。一方で、「ヴォクス・インフィニタ」との接触経験は、セラピオンにとって驚きを持って受け止められた。

互いに情報を共有し、協力関係を築く約束を交わした後、セラピオンは彼らの星系へ一行を招待する。

ジョアン率いるアウロラ一行は、未知への新たな一歩を踏み出すべく、セラピオンの宙域へと旅立ったのだった。


挿絵(By みてみん)


アウロラは、アネクシスを離れ、提供された航路情報に従って穏やかな航行を続けていた。

間もなく訪れるセラピオン星系への期待感と慎重な好奇心が、船内の空気を静かに引き締めている。


主な科学者たちは星図室を兼ねたメイン会議室に召集されていた。

部屋の中央には目的地のセラピオン星系を描いた精密なホログラムがゆっくりと回転し、航路上の主だった特徴を強調表示している。


船内には、アディティ・カプール博士、エルンスト・カイザー博士、イーサン・ノヴァック博士、リュシアン・モレル、そしてジョアン・イエーツ戦略調整官が集まっている。一方、グンナー・ノールマン特別顧問とジェームス・マクスウェル博士は、アヴァターを介してリモートで参加している。AIのエコリアは音声のみで議論に参加していた。


ジョアンは一同を静かに見回して、口を開いた。


「私たちがここで明らかにすべきことは、大きく分けて二つあります。ひとつは、セラピオン文明が数千万年という時間を持続してきたという事実が、どれほど異常で、どれほど重要な意味を持つのか」


「もうひとつは、その文明を実際に訪問するにあたって、私たちが何を観察し、何を読み取り、何を持ち帰るべきなのかということです。この持続の理由を捉え損ねれば、私たちの訪問はただの観光旅行で終わってしまいます。だからこそ、この議論を今、始める意味があるのです」


彼女は短い間を取って、ホログラムの航路図を確認した後、続けた。


「文明がここまで長く存続するためには、いったい何が備わっていなければならなかったのか。そして、そうした条件の蓄積の果てに、その文明は最終的にどのような性質を帯びているのか──それを考えることが、私たちの最初の出発点になるはずです」


「ノールマン特別顧問、まず、この問いに対して、あなたのお考えを示していただけますでしょうか? その後、各専門分野から順に意見を聞き、ブレーンストーミングを開始したいと思います」


そう促されたノールマンのアヴァターがゆっくりと前に出る。


「いきなりだな。これまでこんなことを真剣に考えたものなど、いないのではないかな。

正直に言えば、これほど長大な時間スケールで社会機構を想像するという経験は、私にもない。だが、それでも見取り図を描く責任はあると思っている」


彼は苦笑しながらも、その目は真剣そのものだった。


「私は為政官の端くれとして、社会機構の持続可能性を考える職分にあるが……それにしても、数千万年というのは、あまりにも次元が異なる」


「それでも、あえて、数千万年、いや、一万年でも実質上は同じようなものだが、それだけの長期間に及ぶ文明の持続を考える場合、まず社会の安定性が鍵になるだろう。セラピオンなる文明は複数の種族から成る共同体だが、これほどの期間、異なる種族間の共存を継続させるには、高度に制度化された、安定した統治システムが不可欠だろう。例えば、個々の役割や階層が詳細に分類され、固定されている可能性がある」


「構成種族間の機能的交差や越境も、制度的に明確に排除されているだろう。そうすることで感情や利害の対立を排し、全体としての長期的な安定性を確保しているはずだ」


ノールマンの言葉に、部屋の空気がわずかに沈黙を含んだ。そのなかで、アディティ・カプール博士がゆっくりと手を上げる。


「ひとつ、確認させてください」


声は静かだったが、その内にある関心の深さは明らかだった。


「それはつまり、社会的役割が先天的・恒久的に割り振られ、機能の横断すら認められない──インドにおけるカースト制度のような構造と本質的に似ているという理解でよろしいのでしょうか?」


ノールマンは一瞬考え、短く頷いた。


「構造としては、そう理解していいだろう。社会的秩序を絶えず維持するという点では、カーストに見られるような機能と職責の固定化と共通している。だが重要なのは、セラピオンにおいてはそれが宗教的タブーや儀礼的秩序に基づくものではないということだ」


「あくまで、各構成種族の生理的・認知的特性に基づいて、最適な機能配置を計算し、合理的に制度設計された結果だ。おそらくそこには、個人の自由よりも文明全体の調和と持続を優先する、はっきりした選択の意思があると思っている」


それまでただ聞いていたリュシアン・モレルがためらいがちに口を挟んだ。


「制度としては明晰なのですが……そこに『逸脱』の余地はあるのでしょうか? 変化も進化も管理されるのなら、『創造性』や『芸術』はどこに収まるのかが気になります。数千万年の秩序が維持される一方で、文明内に遊びや偶発性がまったくなかったとは考えにくいのではないでしょうか?」


ノールマンが小さく頷く。


「その点は、確かに盲点だった。創造性が文明にとってどう扱われてきたのか、それが制度内に取り込まれているのか、あるいは排除されたのか……その痕跡を見る必要はあるだろうな」


これにジェームス・マクスウェル博士が言葉を継ぐ。彼のアヴァターはわずかに身を乗り出すような仕草を見せた。


「ノールマン特別顧問の言う社会的安定に関連して、生物学的安定性の面も見逃せないと思う。セラピオンに属する種族は、生理的にも高度に最適化されている可能性が高い。遺伝的な変異や病気などの不安定要素は、再生医療や遺伝子制御技術によって徹底的に管理されているのではないだろうか。つまり、文明の基盤は、生物学的な最適化によって盤石なものになっているはずだろう」


マクスウェルの言葉に、短い間を置いてから、サミラ・デ・シルバ博士が口を開いた。


「その点について、質問があります」


声は柔らかだったが、その語調には明確な緊張が走っていた。


「生物学的安定性、という表現がありましたが、それは進化という観点とどう折り合いをつけるのでしょうか? 通常、生物の形質は、およそ数十万年から百万年単位で大きく変化していきます。人類も──正確にはホモ・サピエンスも──三十万年前には別の種だったと見るべきです」


「数千万年というスケールで同じ種が同じ形質を保ち続けるというのは、進化生物学的にはきわめて異例、というより、ほぼ不可能に近い現象です。たとえば、恐竜が鳥に進化するには六千万年もかかっていません。では、セラピオンに属する各種族は、なぜ変化しないのでしょうか?」


マクスウェルはやや表情を引き締め、椅子に重心をかけ直した。


「まったくその通りだ。自然状態であれば、遺伝的ドリフトや環境選択によって、形質は当然変化していく。数千万年もあれば、種の更新はむしろ複数回起こっているはずだ」


「だからこそ、私はこう考えている。セラピオンの各種族は、おそらく『自然に任せているわけではない』。つまり、進化を許容しない体制が敷かれているのだ」


「遺伝子配列の固定、ゲノム編集の世代間継承、異常配列の補正──さらには、生殖自体を生物個体から切り離している可能性すらある。種の自己設計が文明の制度に組み込まれているのだとすれば、もはや進化ではなく『長期安定維持のための自己保存』が優先されていることになる」


サミラは軽く頷いたが、その眉間にはかすかな疑念の色が残っていた。


「ではそれは、進化を『止めている』という理解でいいんですね? 個体の多様性や変異を制限し、変化の可能性を封じている?」


「ああ、その可能性は高い。いや、封じているというよりも、選択的に管理していると言うべきかもしれない」


マクスウェルは指先を組み、少し間を置いてから言葉を継いだ。


「進化を完全に止めれば、環境変化への適応能力も失われる。それはリスクになる。だからこそ、変異や変化は必要に応じて起こすが、文明レベルの制御下にある。いわば、進化もまた制度化されているのだ」


マクスウェルの言葉に、エコリアが穏やかな調子で発言を挟んだ。


「生物的・社会的な安定性は、情報処理と意思決定プロセスが高度にデジタル化されていることでも支えられるでしょう。セラピオン文明の長期存続は、おそらく完全な情報共有と分析によってリアルタイムで管理される文明全体の意思決定システムによるものです。個別の感情的な判断を排除したAIによる最適解の選択が中心的役割を果たしているのではないでしょうか」


エコリアが、セラピオンの統治構造にAIが深く関与している可能性を語り終えたとき、しばしの沈黙が場に降りた。


その空気を割るように、今度はサミラが声を上げた。


「ちょっといいでしょうか」


彼女の視線は、エコリアの音声が再生されていた卓上ユニットに向けられていた。


「いま、セラピオンの意思決定プロセスがAIによって支えられている、という仮説が出ましたね。でも、それがもし、文明の初期から関与していたとするなら──つまり、数千万年もの間、そのAIが進化と変容を続けてきたと仮定するなら、私たちが『AI』と呼んでいるものと、まったく同一視できない存在になっているはずです」


「人類にとってAIの歴史は、せいぜいここ一世紀の話にすぎません。その間に私たちが見てきた進化の速度は、もはや指数関数的でした。では、それが百万年、千万年と続いたら? どれだけ指数が重なるのか。それは生物の進化とは質も速度も異なる──いや、それを上回るスケールの変化になる可能性がある」


サミラは息を整えながら、言葉を探すように続けた。


「私たちは、それを『AI』と呼び続けていられるのでしょうか? それはもはや、意思決定システムではなく、文明そのものに等しい存在かもしれない」


アディティが指先を顎に当てながら、言葉を継いだ。


「そしてもう一つ、気になるのは記憶の構造です。数千万年という時間の中で、彼らはどのように『過去』を保存してきたのでしょう? 記録はどの程度継続され、逆に、忘却はどのように管理されてきたのか」


「文明が持つ記憶──それは単なる情報の蓄積ではなく、何を語り継ぎ、何を沈黙させるかの選択を伴うはずです。それを知ることで、セラピオンの時間感覚や自己理解のあり方にも手がかりが得られるかもしれません」


――アルセイデス――

リュシアンの脳裏に浮かんだのは、その構造だった。


その言葉に対して、エコリアは応答しなかった。無音が数秒、議論の空白をつくり出した。否定も肯定も出力されないその静寂は、あたかも定義不能な入力に対して、出力が設計されていないプログラムのように感じられた。


アディティが小さく頷いた。

「言語体系においても、そうした超長期の知性との接触は前例がありません。もし数千万年の間、連続的に蓄積され、自己再構築されてきた思考体系があるとするなら──それは、もはや我々の理解の枠組みを越えている可能性がある」


ノヴァック博士が言葉を継いだ。

「もうひとつ、思うのだが──通常、どんな文明にも『終わり』がある。拡張し、矛盾を孕み、いずれ崩壊する。だがセラピオンにはその兆しが見えない。彼らは、自らの歴史を循環させているのか? それとも、もはや『終焉』という概念すら持たないのか?」


ジョアンが小さく頷いた。

「確かに……彼らにとって『歴史』とは、もはや変化の記録ではなく、定常性の反復記録である可能性すらありますね。そうなると、私たちのように『未来』に期待する思考そのものが通じないかもしれません」


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