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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第二章 見えない絆
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2-4

 俺たちの人気は日を追うごとに上昇していった。街を歩けばファンから声をかけられ、学校でも相変わらず注目の的だった。


 ある日の放課後、俺は一人で事務所のピアノ練習室にいた。新曲のメロディーを確認していると、扉がそっと開いて翼が顔を覗かせた。


「俺がいると邪魔になるか?」


「別に。どうぞ」


 翼は俺の隣に腰を下ろした。狭いピアノの椅子に二人で座ると、肩が触れ合う。その温もりに、俺の指がわずかに震えた。


「その曲、いいメロディーだよな」


「そうだよな。でも、どうやって歌えばいか、迷ってるんだ……」


 俺は再び鍵盤に指を置く。翼の存在を意識しながらも、音楽に集中しようとした。しかし、翼の視線が俺の横顔に注がれているのを感じて、どうしても集中できない。


「蓮」


 突然名前を呼ばれて、俺は演奏を止めた。


「何?」


「お前って、いつもそんなに完璧を求めるのか?」


 翼の質問に、俺は困惑した。


「完璧ってわけじゃないけど……。当たり前だろ。プロなんだから」


「でも、それで疲れたりしないか?」


 翼の言葉に、俺は返答に詰まった。確かに、今まで完璧でいなければならないという家族からの重圧を感じながら過ごしてきた。でも、それが当然だと思っていた。


「お前は……そういうの、気にならないのか?」


「俺は俺なりにベストを尽くすだけだ。完璧じゃなくても、その時の精一杯があれば、それでいいと思ってる」


 翼の言葉に、俺は新鮮な驚きを感じた。同じグループにいても、こんなにも考え方が違うのか。


「それって……楽そうでいいな」


 俺がぽつりと呟くと、翼は笑った。


「楽じゃないよ。ただ、無理して壊れちゃったら意味がないからな」


 翼の言葉が、俺の胸に静かに響いた。いつも張り詰めている俺の心に、初めて安らぎのようなものが訪れた。


「蓮は十分すぎるほど頑張ってる。たまには肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」


 翼の優しい声に、俺は思わず翼を見つめた。翼も俺を見返している。二人の距離がとても近いことに、今更ながら気づいた。


 時間が止まったような静寂の中、翼の顔がゆっくりと近づいてくる。俺の心臓が激しく鼓動を始めた。


「蓮……」


 翼の息遣いが聞こえるほど近くで、俺の名前が呼ばれた。


 ドンドンドン!


 突然扉がノックされ、俺はハッと息を呑み慌てて離れた。


「失礼します! 桜井くんと神谷くんはいますか?」


 スタッフの女性の声が響く。俺と翼は顔を見合わせて、慌てて返事をした。


「は、はい! 今出ます!」


 俺の声が上ずっているのに気づいて、翼が小さく笑った。その笑顔に、俺はますます動揺してしまう。


 今の瞬間は一体何だったのか。もしあの時、誰も来なかったら……。


 そんなことを考えている俺に、翼が小声で言った。


「また後で、話そうか」


 その言葉に、俺の心は大きく揺れた。



 その夜、寮に帰ってからも俺は翼のことが頭から離れなかった。夕食の時も、テレビを見ている時も、シャワーを浴びている時も、翼の顔ばかりが浮かんでくる。


 特に、あの時の翼の優しい表情と、近づいてきた時、全身に電流のような感覚が走ったのが忘れられない。


 ――俺は一体どうしてしまったんだ?


 ベッドに横になっても眠れず、俺は天井を見つめていた。隣の部屋から聞こえる翼の生活音に、神経が過敏に反応してしまう。


 翌日の朝、俺は寝不足で少しふらつきながら食堂に向かった。すると、既に翼が朝食を取っていた。


「おはよう、蓮。顔色悪いけど、大丈夫か?」


 翼の心配そうな声に、俺は慌てて答えた。


「あ、ああ……ちょっと寝不足で」


「昨日のレッスン、ハードだったからな。無理するなよ」


 翼の優しさに、俺の胸がまた締め付けられる。


 朝食を食べながら、俺は翼の横顔をちらちらと見てしまう。翼の長い睫毛、高い鼻筋、そして時々見せる笑顔――全てが俺の目に焼き付いていく。


「そういえば」


 突然翼が話しかけてきて、俺は慌てて視線を逸らした。


「今度のファンイベント、俺たち二人でのトークコーナーがあるらしいぞ」


「え? 二人で?」


「マネージャーが言ってた。ファンからのリクエストが多いんだって」


 二人きりでファンの前に立つということに、俺は複雑な気持ちになった。嬉しい反面、翼と二人きりでいることに対する自分の気持ちをコントロールできるか不安だった。


「まあ、いつも通りで大丈夫だろ」


 翼の何気ない言葉に、俺は頷いた。でも、俺にとって翼と一緒にいることは、もう「いつも通り」ではなくなっていた。


 学校でも、俺は翼のことばかり気にしてしまう。授業中に翼を見つめてしまったり、翼が他の生徒と話しているのを見ると、なぜか胸がざわついたりする。


 昼休み、俺は一人で中庭のベンチに座っていた。最近の自分の変化に戸惑い、一人になる時間が欲しかった。


「こんなところにいたのか」


 振り返ると、翼が立っていた。


「どうした? みんな探してたぞ」


「ちょっと、一人になりたくて……」


 俺の答えに、翼は少し心配そうな表情をした。


「何かあったか? 最近、元気ないよな」


 翼の鋭い観察力に、俺は動揺した。まさか、翼のことを考えすぎて悩んでいるなんて言えない。


「別に、何もない」


「嘘だな。お前のことは分かるんだ」


 翼が俺の隣に座った。二人の間に流れる沈黙が、なぜか心地よく感じられる。


「蓮、俺たち……友達だよな?」


 翼の突然の質問に、指先がかすかに震えた。


「当たり前だろ」


 気持ちを悟られないように、ぎゅっときつく拳を握った。


「だったら、何でも話してくれよ。お前が悩んでるの見てると、俺も辛いんだ」


 翼の言葉に、俺は胸が熱くなった。翼は俺のことをそんなにも心配してくれているのか。


「翼……」


 俺は翼を見つめた。翼も俺を見返している。あの時のように、二人の距離が近づいていく。


 でも今度は、俺の方から距離を置いてしまった。


「ごめん、もう授業だ」


 俺は慌てて立ち上がり、翼を置いて教室に向かった。後ろから翼の困惑した声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。


 ――俺は一体、何をしているんだ……?


 教室に着いても、俺の心は混乱したままだった。翼への想いが日に日に強くなっていく一方で、それが何を意味するのか、俺にはまだ分からずにいた。


 ただ一つ確かなのは、翼がいない世界など考えられないということ。そして、翼といると胸が締め付けられるほど苦しくて、でも同時に幸せだということだった。


 この気持ちの正体を知るのが怖い。でも、知らずにはいられない。


 俺は窓の外を見つめながら、大きくため息をついた。名前がつけられない、複雑な感情に翻弄される毎日が続いていた。


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