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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第二章 見えない絆
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2-3

 PRISMのメンバーに決まってからというもの、今までの生活が一変した。学校が終わると真っ直ぐレッスンに向かう。歌やダンスのレッスンは俺が今まで受けていたものとは全く違う。プロになることは、これほど厳しいレッスンをしなければならないのかと思うほどだった。


 また、マスコミ対応は今まで知らないことばかりでかなり戸惑った。これからは仕事以外のプライベートも常に注目される。


 二ヶ月の厳しいレッスンをこなし、俺たちは華々しくデビューを果たした。事務所が俺たちのデビュープロジェクトにかなり力を入れていたこともあり、マスコミでも大きく取り上げられた。


 デビューしてからというもの、テレビや雑誌などでPRISMを取り上げる特集が多く組まれた。それだけで事務所が俺たちのデビューに力を入れているということが分かる。こうやって多く取り上げられることで、一層俺たちは注目を浴びることとなった。


 そんなある日、デビュー後初めてのテレビ番組の収録が行われた。音楽バラエティ番組「Music Planet」。金曜の夜に放送されるこの番組は、司会者と出演者のトークや歌が楽しめる、人気番組だ。その人気番組にPRISMとしてテレビ初お披露目する。


 俺は初めて踏み入れたテレビ局に目を見張った。


 ――すごい……。


 たくさんのスタッフが縦横無尽に行き交っており、活気に満ち溢れていた。


 今まではテレビを観る側だったのに、これからは「出演者」となるのだ。そう考えると、胸に熱いものが込み上げてくるのが分かった。


「十五分後に本番です。PRISMの皆さん、よろしくお願いします!」


 テレビ局のスタジオは、俺が想像していた以上に慌ただしかった。大勢のスタッフが行き交い、大きなカメラが何台も設置されていて、俺たちを捉えるために待ち構えている。


「緊張するなあ……」


 初めてのテレビ出演を前に、鏡を見ながらチェックをしている海斗が呟いた。


「大丈夫だ。いつも通りで行こう」


 陸がリーダーらしくメンバーを励ますが、彼もまた緊張しているのだろう。いつもより顔がこわばっているように見えた。


 俺はメイクを直しながら鏡の中の自分の顔を見つめた。ほんのりと頬が紅潮している。これは緊張やメイクのせいではなく、朝から体がだるく、微熱があったためだと自分では分かっている。


 ――バレないようにしないと……。


 俺は鏡の前で髪をいじりながら平静を装った。初のテレビ収録で体調不良なんて、プロ失格だ。俺はメンバーにバレないように解熱剤を飲んだ。


「蓮」


 後ろから翼が声をかけてきた。振り向くと、心配そうな顔をしている。


「大丈夫か? 顔、赤いけど……」


 翼の鋭い観察眼に、内心舌打ちをした。絶対にバレてはいけない。


「平気だ。ただ、緊張しているだけで……」


「嘘つけ。お前、体調悪いんじゃねぇか?」


 俺の言葉を遮るように翼は近づいてきた。そして手を俺に伸ばしてくる。


「な、何を……!」


 翼の手が俺に触れる寸前、体を後ろに反らせた。翼はバランスを崩したが、すぐに立ち直った。さすが、バランス感覚がいいだけはある。


「なんでもないから、心配するな」


 俺は翼から目を逸らして呟いた。


「無理すんなって。本番で倒れたらどうすんだよ?」


「お前には関係ないだろ!」


 熱のせいで頭がぐるぐるしている。咄嗟に出た俺の冷たい言葉に、翼は困惑した表情をした。


「関係ないって……。俺たち、同じグループのメンバーだろ?」


 翼の言葉に、思わず言葉を失った。そうだ。俺は一人で活動しているんじゃない。グループ五人で活動しているんだ。だから、一人の問題ではないのに……。


 なぜか翼に弱さを見せたくない自分がいた。


 その時、楽屋がノックされ、マネージャーが入ってきた。


「そろそろスタジオ入りするよ」


 その言葉に俺と翼の会話は中断され、スタジオに向かった。


「次は話題の新人グループ、PRISMの皆さんです!」


 司会者が俺たちを紹介すると、激しいスポットライトが俺たちを照らした。緊張の中、笑顔を作る。


 パフォーマンスが始まると、今までの練習の成果か、自然と体が動いた。ふらつく足を奮い立たせ必死に動かす。必死に歌って踊った。隣で踊っている翼が、時折心配そうに視線を俺に向けているのが分かった。俺は最後まで不調を隠すように必死にパフォーマンスを行った。


 収録が終わり楽屋に戻ると、俺は椅子に座り込んだ。疲れがどっと出て動くことができない。


「お疲れ様でした!」


 メンバーが次々と帰宅していく中、俺は一人楽屋に残っていた。ふとテーブルに目を向けると、一本のスポーツドリンクが置かれている。メモはついてないが、誰が置いたのかは明らかだった。


 俺はペットボトルをそっと手に取り、小さく微笑んだ。翼の不器用で温かい心遣いに、胸の奥で温かいものが広がっていくのが分かった。


 ――ありがとう、翼。


 口には出さないが、心の中で呟いた。翼は俺が思っている以上に仲間思いなのかもしれない。



 テレビの初出演を果たしてからというもの、次々に仕事が舞い込んでくるようになった。これも、事務所が俺たちを必死に売り込んでくれているのだと思うのだが、ひっきりなしに訪れる仕事の量にかなり困惑している。


 芸能人の大変さをデビューして早々に思い知った。


「はい、もう少し近づいて〜。そうそう、いい感じ〜」


 スタジオに響くカメラマンの間延びした声に合わせて、俺はポーズを取った。


 デビューして一ヶ月。俺は「IDOL STYLE」というファッション雑誌の撮影に臨んでいた。雑誌で「新時代のアイドル特集」で取り上げられることになったのだ。


「それでは、次はペアショットを撮ります。神谷さんと桜井さん、お願いします」


 スタッフが俺たちに声をかけ衣装を手渡した。それは白と黒を基調にしたもので、俺には白、翼には黒が割り当てられた。


「蓮、よく似合ってるな」


 着替えを終えてスタジオに入った俺に、翼が目を細めながら声をかけてきた。その言葉に思わず照れてしまう。


「翼も黒がよく似合ってるじゃん」


 実際、翼の彫りの深い顔立ちには黒い衣装が似合っていた。黒い服が彼の顔の陰影をさらに引き立たせている。


 撮影が始まると、俺たちの息はぴったり合っていた。求められたポーズを次々と決めていく。


「蓮、ネクタイ曲がってるぞ」


 ポーズを取っているうちに俺のネクタイが曲がったのか、翼がさりげなく手を伸ばし直してくれた。翼の大きな手が伸びて俺の胸元に伸びる。襟に指先が触れる瞬間、俺の心臓が小さく跳ねた。


「ありがとう」


 翼の顔を見ると、彼の髪が少し乱れていた。無意識に手が伸びる。


「翼、髪……」


 俺の指先が翼の茶色い髪を軽く撫でる。翼は身を任せるように俯いた。


「いいね〜、いいね〜。君たち、いいよ〜」


 カメラマンの興奮した声が響く。シャッター音が鳴り響く中、俺たちは体を寄せて次々とポーズを取った。


「この角度の方が、翼の顔立ちが映える」


 俺が提案すると、翼は頷いた。


「蓮は光の当たり方を気にしたら、お前の顔の美しさが際立つぞ」


 翼の助言で立ち位置を少し変え、光を意識した。すると、写りが全く違う。


 撮影が終わると、カメラマンが満足そうに言った。


「いい写真が撮れたよ〜」


 その言葉を聞いて、俺の中で謎の満足感が広がった。翼と息を合わせて仕事をするのが、こんなにも心地いいなんて。


「お疲れ!」


 翼に笑顔で声をかけられ、俺も自然な笑顔で答えた。


 なぜこんなにも翼といることが楽しいのか。俺の心の中で新しい気持ちが芽生えているようだった。


 撮影を終え、楽屋で着替えながら俺は鏡に映る自分を見つめた。頬が少し紅潮している。今度は体調不良のせいではない。翼のことを考えていると、自然と顔が熱くなってしまうのだ。


 この気持ちに名前をつけることが怖い。もし「恋」だとしたら、俺はどうなってしまうのだろう。翼は男で、俺も男だ。こんな感情を抱いてしまった自分が許せない反面、この甘い疼きを手放したくない自分もいる。矛盾した想いが胸の中で渦を巻き、息苦しいほどに俺を苦しめる。それでも翼の笑顔を見ると、全てがどうでもよくなってしまう自分が情けなかった。


 俺は首を振って、そんな考えを追い払おうとした。でも、心の奥で静かに響く声が聞こえる。


 ――もしかして、俺は……。


 その答えを認めるには、まだ時間が必要だった。


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