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五組のハーモニー審査が終了し、しばらくの後、俺たちは大ホールへと集められた。
「それでは二次審査の合格者を発表いたします」
ステージ上には審査員とスタッフが並び、会場全体にピリッとした緊張感が漂っている。
俺は前から三列目に座った。隣には同じグループだった翼が座っている。しかし俺と翼は審査後から一言も会話を交わしていない。チラリと翼を横目で見ると、真剣な眼差しで前方を見つめ、他に意識を向ける余裕などなさそうだった。
「それでは最終審査に進まれる方のお名前を、これからお呼びします。名前を呼ばれましたら、ステージに上がってください」
司会者の声に、会場の空気はさらに張り詰めた。俺はゴクリと唾を飲み込む。心臓がうるさいほどに跳ね回っていた。
――俺なら大丈夫なはずだ。絶対に。
拳を握りしめて発表を待った。
「白石海斗さん」
最初の一人が呼ばれた。名前を呼ばれた青年は、満面の笑みでステージに駆け上がり、ガッツポーズを決める。
――来い! 俺の名前を呼べ!
俺は心の中で何度もそう叫んだ。握りしめた拳の中が汗でぐっしょりと濡れる。気がつけば、隣に座る翼のTシャツの裾を無意識にギュッと掴んでしまっていた。
翼は驚いた様子で俯いた俺を見下ろすと、ふっと優しく微笑んだ。そして、ぽんと俺の頭の上に手を乗せる。その手の温もりにハッと我に返る。
「大丈夫だって。俺たち、頑張っただろ」
小さな声で囁かれたその言葉に、こわばっていた俺の心が少しずつほぐれた。そして――。
「桜井蓮さん」
俺の名前が呼ばれた。しかしそれが遠くから聞こえてくるような感覚で、頭の中が真っ白になった。
「やったじゃん!」
翼が俺の背中を軽く叩いた。そこで初めて、俺の名前が本当に呼ばれたのだと実感する。
よろよろと立ち上がり、ステージへと向かう。周囲から惜しみない拍手を浴びながら、本当に最終審査に進めたのだと実感し、目頭が熱くなった。
ステージに上がると、まだ名前を呼ばれていない参加者たちの表情がよく見えた。期待に満ちた顔もあれば、絶望的に俯いている者もいる。翼に目をやると、真っ直ぐと俺を見つめており、視線が合った。
俺は翼に軽く頷いて、「お前も大丈夫だ」と無言で訴えかけた。すると――。
「神谷翼さん」
翼の名前が呼ばれた。俺は内心でほっとすると同時に、複雑な感情も渦巻いた。
翼は迷うことなくすっくと立ち上がり、早足でステージに上がってきて俺の隣に並んだ。
そして俺に向かって、にっこりと微笑みかけて言った。
「よろしく、ライバル」
俺はその言葉に頷いて返した。
「こちらこそ、よろしく」
発表は続き、最終審査に進む十五人が選ばれた。会場は選ばれた者の歓喜と落選者の落胆の渦で満ちていた。
「十五名の皆さん、おめでとうございます。皆さんには最終審査へと進んでいただきます」
審査員の一人が話し始める。
「最終審査では、実際のグループ活動を想定した総合的な審査を行います。歌唱力、ダンス、表現力、そしてグループとしての調和――これら全てが審査対象となります」
俺は横に立つ翼を横目で見た。俺と翼の本格的な戦いが、これから始まる。
でも、なぜだろう。ライバルのはずなのに、翼と一緒にステージに立っていることが、とても心地よく感じられる。
「それでは最終審査は、来週の土曜日に開催いたします。詳細は後日ご連絡しますので、よろしくお願いします」
審査が終わると、参加者は三々五々会場を後にした。俺も荷物をまとめていた時、後ろから声をかけられた。振り返ると翼が立っていた。
「最終審査、よろしく。負けないからな」
翼は拳を突き出してきた。俺はそれに自分の拳をコツンと当てる。
「あぁ。俺も負けないから」
お互いをライバルとして認識している。だが心のどこかで、翼と共にステージに立つ自分を夢見ていた。
会場を出ると、外はもう夕暮れ時だった。桜の花びらが風に舞い、俺たちの新たな始まりを祝福しているかのようだった。
俺は空を見上げながら思った。
――最終審査では、必ずメンバー入りを勝ち取る。
でも同時に……翼と一緒に歌えることが、なぜこんなにも楽しみなのだろう。
心の中で芽生え始めた複雑な感情に、俺自身も戸惑いを隠せずにいた。翼への競争心と、彼と共に音楽を作り上げたいという想い――その二つの気持ちが、俺の胸の奥で静かに交錯していた。