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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第一章 始まりの衝突
4/9

1-3

「こちらがグループAの皆さんです」


 スタッフが発表したグループ分けを見て、俺は内心で驚愕した。翼と同じグループに配属されたからだ。グループは他に八人、合計十人で構成され、ハーモニー審査を受けることになる。


 練習室に入ると、翼と目が合った。まさか本当に同じグループになるとは思っていなかった俺は、思わず苦笑いを漏らす。翼も同じ心境だったのか、複雑そうな表情を浮かべていた。


 俺たちは軽く挨拶を交わした後、お互いに自己紹介をする。年齢は最年少が中学三年の十五歳、最年長は二十六歳と幅広い。歌唱力も得意なダンスジャンルも、それぞれ異なる十人の集まりだった。


「課題曲は『Unity』です。三十分間の練習時間を設けますので、パート分けとハーモニーの確認をしてください」


 スタッフが楽譜を配布しながらそう告げて、俺たちだけが練習室に残された。


 与えられた時間はわずか三十分。その間にパート分けを決定し、歌詞を覚えなければならない。


 周囲を見渡すと、全員が俯き加減で、リーダーシップを取ろうとする者は皆無だった。俺は時間の無駄を嫌い、口を開いた。


「まず楽譜を確認して、一人ずつワンフレーズ歌ってみよう」


 楽譜に目を落とすと、サビの部分が記されている。それは美しいバラード曲で、複雑なハーモニーが要求される楽曲だった。


 一人ずつワンフレーズずつ歌い終わると、俺は曲のイメージを膨らませた。


 十人全員がソロで歌うには無理がある。かといって全員で最初から最後まで歌うのも単調だ。とすれば、メインボーカルを決めてそれにハーモニーを合わせるか、二、三人で歌うパートを作るか――。


 ハーモニー審査ということを考慮すると、ソロパートは避けた方が良いかもしれない。メインボーカルにハーモニーを重ねるパート、少人数での歌唱パート、全員での合唱パートに分けるのが最適解だろう。


 すると、一人のメンバーが声を上げた。


「メインボーカルは桜井くんが良いと思います」


 その提案を聞くと、他のメンバーも頷きながら賛同している。


 しかし翼は、それに異を唱えた。


「確かに桜井の歌は技術的に優れている。しかしこの曲は、もっと力強く歌った方が良いんじゃないか? 繊細すぎると、印象に残らないぞ」


 翼は暗に、俺がメインボーカルに向いていないと示唆しているのだ。俺はこの楽曲の真価を伝えるため、翼に向き直った。


「この曲の美しさは、繊細な表現にこそある。力強く歌ったら、楽曲本来の良さが損なわれてしまう」


「だが、美しいだけじゃ人の心は動かせないだろう? もっと感情を前面に出すべきだ」


 俺はその言葉を聞いて、カッと頭に血が上った。翼とは音楽に対する感性が全く合わない。一次審査の時に、一緒のステージに立てたらと思った自分が恥ずかしくなる。


「感情を押し付けるだけでは不十分だ! 音楽には美学というものがある」


「はあ? 音楽は感情の表現だろう? 小綺麗にまとめたって、誰の心にも響かない」


 俺たちの言い争いがヒートアップし、声が次第に大きくなっていく。他のメンバーは困惑した表情で、オロオロとしている。


「二人とも、落ち着いて……」


 メンバーの一人が仲裁に入ろうとするが、翼はそれを遮った。


「お前の歌は確かに上手い。でも心がこもっていないんだよ。まるで機械が歌っているみたいなんだ!」


「……っ!」


 俺は言葉に詰まった。俺は自分の歌が技術的に優れていると自負している。しかし、感情を込めるのが苦手だということも、薄々気づいていたからだ。それをたった一度の一次審査で見抜かれてしまうとは。


「おい、もう時間がないぞ」


 他のメンバーが時計を見ながら言った。もう既に十五分が経過している。残り十五分でまとめ上げなければならない。


「とりあえず、パート分けを決めてしまおう」


 俺は気持ちを切り替えて言った。しかし心の中は、まだ燻り続けていた。


 結局、俺がメインボーカル、翼がハーモニーのリードを担当することに決まった。


 早速練習を開始する。


 俺が楽譜に忠実に丁寧に歌っていると、翼が独自の解釈を加えて歌ってくる。当然、ハーモニーがずれてしまう。


「もう少し楽譜通りに歌ってもらえないか」


 俺が翼に意見すると、彼は首を横に振った。


「楽譜は基本であって、そこに感情を乗せなければ意味がないだろう」


 翼は身振り手振りで説明しようと俺に近づいてきた。大柄な彼の手が俺の肩にぶつかりそうになる。


「危ない」


 俺は反射的に身を引いた。翼も慌てて手を引っ込めた。


「悪い……」


「いや、別に当たったわけじゃないから、大丈夫だ」


 一瞬の沈黙が流れる。他のメンバーがひそひそと話し合う声が耳に届いた。


「あの二人、大丈夫かな……」


「すげえ火花散らしてるよな」


 俺はその声が聞こえなかったふりをした。


 練習の残り時間は五分となった。ハーモニーをしっかり合わせようと試みるが、全く噛み合わない。


 ――このままでは、このグループは危険だ。


 俺は背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。


 無情にも時間は刻一刻と過ぎ去り、ついに審査の時間が到来した。俺は不安を胸に抱えながら、審査会場へと向かった。俺は中央に立ち、その横に翼が位置した。


 音楽が流れ始める。俺は楽譜通りの旋律で歌い始めた。すると、ハーモニーが入らないはずの箇所で翼が歌声を重ねてくる。俺は困惑したが、意外なことに翼のハーモニーは俺の歌と絶妙に絡み合った。楽譜通りではないものの、むしろ楽譜以上に美しいハーモニーが生まれていたのだ。


 歌い終わると、審査員の一人が口を開いた。


「桜井さんと神谷さん、お二人の声の組み合わせは素晴らしいですね」


 それを聞いて、俺と翼は互いを見つめ合った。確かに練習では衝突してばかりで全くうまくいかなかったが、本番では何か特別なものが生まれたような気がした。


 しかし俺の心の中には、複雑な感情が渦巻いていた。翼の実力を認めつつも、同時に強烈な対抗心も芽生えていたのだ。


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