9-2
イベントが無事に終了して、楽屋に戻ると、どっと疲れが出た。ソファにどっかりと腰をかける。
あの質問はヤバかった。
だけど、不覚にもファンの子には俺と翼の関係を知ってほしいとも思ってしまい、頭を振る。
「蓮が本当のこと言うんじゃないかってヒヤヒヤした〜」
海斗が眉を下げながら言った。
「言うわけないじゃん」
俺はそっけなく答えた。同性との恋愛を受け入れてくれる人も多くなってきたが、まだまだマイナーだ。そんなことをこんな公の場所で言えるはずもない。
「俺は言ってくれるのかと思って、期待してたけど?」
翼が後ろから抱きついてきた。
「こらっ、イチャイチャ禁止だってっ!」
海斗が翼をべりっと俺から引き剥がした。その様子を見て、思わず苦笑いをしてしまう。
「だけど、同性のパートナーが認められるような世の中になればいいよな……」
いつも物静かな悠真が呟いた。普段あまり言葉を発しないから、彼の言葉は重く心に落ちる。
すると、陸が何かを思いついたように目を見開いた。
「俺たちでそういう運動をするって言うのはどう? もちろん、事務所とも相談することになるだろうけど……。パートナーなのに外では友達みたいに振る舞うのって、辛いと思うんだよね」
陸自身も、同性を好きになったことがあるからこそ、出てきた言葉なのだろう。
「確かにそうだな。俺はいつでも蓮とくっつきたいよ。だけど、外では抑えてる」
まぁ、グループ内ではイチャイチャ禁止令が出てるから、できないんだけどな。そう言いながら翼は笑った。
「蓮はどう?」
陸に促される形で、俺も意見を言った。
「そうだね。確かに、男女で付き合ってたら外で手を繋いだりできるけど、同性、特に男同士だったらできないから辛いよな。やるとしても、人目のないところでこっそり、とかだもん。もし、俺たちがそういう意味でのインフルエンサー的な役割になれるんなら、やってみたい」
陸は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、決まりだね! 俺から話をしておくよ」
「だけど、そう、うまくいくかな」
悠真が眉根を寄せた。
「せっかくファンになってくれた子たちが、離れていく可能性もあるんだぞ」
社長が同じことを言っていたことを思い出す。もうすぐデビュー一周年という大事な時に、せっかく得た多くのファンを手放すことになりかねない。
だけど――。
「俺は、それでも、今、ひっそりと周りに気づかれないように愛し合っている同性のカップルの希望の星になりたい」
俺はそのとき、誰もが自由に恋愛できる世の中がやってくる未来を夢見て天を仰いだ。
社長とマネージャーを交えての話し合いは難航した。特に、マネージャーが大反対したからだ。彼が味方になってくれると思っていた俺は、驚きを隠せなかった。
「そんなことしたら、世間から君たちが好奇の目にさらされてしまう! 俺はそんなのは耐えられない……」
マネージャーは涙を流して反対した。彼自身の過去の経験が涙となっているということは十分すぎるほど理解できた。
確かに彼の言う通りで、俺たちがカミングアウトすると、偏見の目で見られることは否めない。
しかし、誰かがこの役割を果たさなければ、世の中は変わらないのだ。
「アイドルは女の子に夢を与える仕事だということは理解しているな?」
社長から突きつけられた事実に何も言うことができない。ファンの子たちは俺たちと疑似恋愛を楽しんでいることも理解できている。そんな俺が男が好きだと分かって、「みんな、愛してるよ」とライブで言ったとしても、その場が白けてしまうのは目に見えている。
「でも、人を好きになるって、異性だけとは限らないってみんなに知ってもらいたいんです。たまたま好きになった人が同性だったってだけってこと……。理解してほしいとは言わない。ただ……知ってほしい、それだけです」
確かに俺は今まで女の子しか好きになったことがない。初めて好きになった男が翼だった。この気持ちは最初はただの尊敬や敬愛というものだと思っていたが、違った。人を好きになるのに、理屈はいらないのだ。
「大々的に、翼と蓮が付き合っているというのを公表するのは、リスクが大きすぎる。だが、蓮の言うことも分かる。特にこの業界は同性愛者が多いからな……」
社長はちらっとマネージャーへ目を向けた。彼はメガネを外して目を真っ赤にして泣き腫らしている。
「しかし、誰かが先頭を切ってやると、他が楽になるのも分かる……。とりあえず、匂わせ程度から始めてみるか? はっきりと公言することをせずに」
「社長……」
社長はくしゃっと頭をかいて笑った。
「俺の仕事はお前たちを守ることだ。だからといって大々的にやるんじゃないぞ」
「ありがとうございます!」
改めて、この事務所に所属してよかったと思った。
三年に進級した俺は翼と悠真と同じクラスになった。俺たち三人は常に一緒に行動したが、明らかに俺と翼の距離は近かった。
肩が触れ合うほど寄り添い、時折、小指を絡ませながら歩く。本当は手を繋いだりしたいのだけど、それは我慢した。あからさまにいちゃついているつもりはなかったのだが――。
「なあ、お前ら、付き合ってんの?」
クラスメイトに突っ込まれて俺と翼は顔を見合わせて、ふふっと微笑み合った。
「ん〜。特別な存在?」
「そんな感じだな」
そばにいる悠真は顔色も変えず、無表情で頷いている。
「そ、そうか。お前ら、仲いいんだな。が、がんばれよ!」
なぜかクラスメイトは顔を真っ赤にして立ち去った。
「俺、なんか変なこと言ったか?」
翼に聞くと、彼も首を傾げていた。すると悠真が冷静な声で言った。
「俺は慣れてるからなんとも思わないけど、お前ら、いちゃつきすぎなんだって」
「……いっ!」
社長から、匂わせ程度で、と言われていたのに。
「き、気をつけます……」
俺はがっくりと項垂れた。
「でもさ、匂わせ成功してるってことじゃね? 俺らのこと」
翼は嬉しそうに言った。同級生から付き合っているのかと聞かれたのだから、彼の言うことも一理ある。
「抱き合ったり、キスしたりしなければいいだろ?」
翼らしい言葉に、俺は苦笑いした。




