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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第九章 新たな始まり

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9-1

 学校の授業が終わる頃、太陽は大きく西に傾き、空を琥珀色に染めていた。足元から伸びる影は長く地面に映し出され、一日の終わりを告げていた。


 手袋やマフラーが手放せないほど冷え込み、俺はポケットに両手を突っ込んで肩をすくめる。足早に事務所へと向かいながら空を見上げると、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。空気は澄み切って清々しく、胸の奥まで染み渡るような冷たさが心地よい。


「おはようございまーす」


 事務所の受付に挨拶をしてレッスン室へと向かう。ようやくみんなと練習ができる――そう思うと足取りは自然と軽やかになった。しかし、いざドアに手をかけた時、俺は開けるのを躊躇してしまう。大きく息を吸い込み、高鳴る胸を静めた。


「おはようございます」


 ドアを開けると同時に挨拶をすると、レッスン室には海斗しかいなかった。小走りに駆け寄ってきた海斗は、花が咲いたような笑顔を見せる。


「蓮っ!」


「今日からまた、よろしくな」


 わしゃわしゃと海斗の頭を撫でてやると、彼は目を細めて「うん!」と全身で喜びを表現した。


 程なくしてメンバーが続々と集まってきた。俺たちは同じ高校なので本来なら一緒に来ることも可能なのだが、デビューしてからは周りの目を避けるために、あえて別々に行動するようになっていた。


「おー、お疲れー」


 一番最後にやってきた翼は、だるそうに手を上げて室内に入ってきた。俺は思わず翼をじっと見つめてしまう。それに気づいた翼が俺に顔を向けると――目が合った。それだけなのに妙に恥ずかしくなって、頬が熱くなる。


「ほら〜、そこの二人! イチャイチャ禁止だって!」


 海斗が目ざとく注意してくる。


「イ……イチャイチャしてねぇじゃねえか!」


「だって、見つめ合って二人の世界に入ってたもん!」


 その言葉を聞いて、俺は思わず噴き出してしまった。


「目が合っただけでそんなこと言われたら、また険悪な雰囲気になるぞ?」


「それは嫌だ……」


 悠真がぼそりと呟いた。


「まぁ、抱き合ったりキスしたりしなければいいってことにしてあげようよ」


 くっくっと笑いながら陸が提案してくる。


 いや、人前でキスは……しないだろう。多分……。


 ちらっと翼に目をやると、同じことを考えていたのか、苦笑いしていた。


「さ、みんな揃ったんだし、早速練習始めようか?」


 陸が指揮をとり、練習が始まった。もうすぐ新曲のレコーディングがあるので、まずは発声練習をしてから、それぞれ個別に歌の練習に入った。


 このひと月、一人だけだった練習とは違い、そばにメンバーがいてその声が耳に聞こえるだけで心が安らぐ。こんなにも仲間の存在が心強いものだったとは。


「じゃあ、音源流してみんなで合わせてみよう」


 最初の音を出した瞬間、このひと月のブランクがあるとは思えないほど、全員のハーモニーがぴたりと合った。お互いに顔を見合わせて頷き合う。


 一通り歌い終わると、誰からともなく、ため息まじりの感嘆の声が漏れた。


「やっぱり五人の声が合わさると、最高だね!」


 陸が珍しくはしゃぎながら言った。


「うんっ! 絶っっっ対、前よりも良くなったっ!」


 海斗はキラキラした笑顔でみんなを見渡している。確かに音の深みが出ているように感じた。俺たちの声は、以前よりもずっと豊かで温かみのあるものになっている。


 俺が翼に顔を向けると、ちょうど彼も俺を見ていた。お互いに視線を交わして頷き合っていたら――。


「ほら、そこっ! イチャイチャ禁止だって!」


 再び海斗に茶化されて、俺たちは苦笑いした。



 新曲の練習も順調に進み、レコーディングの日を迎えた。俺のひと月に渡る別レッスンのせいで、当初の発売日を遅らせるという話も出ていたそうなのだが、俺たち五人はそれぞれ懸命に練習を重ね、スケジュールを遅らせることなくこの日を迎えることができた。


「それにしても、遅れを取り戻してスケジュール通りに行くって、俺らってすごいよね!」


 海斗は興奮していた。確かに。俺もそう思う。社長が施した俺の隔離は、結果的にグループの結びつきをさらに強くしたようだった。


「それじゃ、そろそろレコーディング始めまーす」


 スタッフの声を受けて、ヘッドホンをつけてマイクの前に立った。カラオケが流れ始め、それに合わせて声を当てていく。


 これまでに経験したことのないほど、のびやかで透明感のある声が出て心地よかった。みんなに目を向けると、誰もがリラックスしてレコーディングに臨んでいる。


 翼に目を向けると、にこやかでとても楽しそうだった。


 みんながこれほど楽しそうに歌っている姿は、初めてだったかもしれない。それを見ると、俺も楽しくて、嬉しくて、小学生みたいに心が躍った。


 レコーディングは数テイクで終わる。長時間歌うと、疲労のために声の質が変わったり、上手く歌えなくなることがあるからだ。だからこそ、それまでの練習が鍵になるのだ。


「お疲れーっす」


 レコーディング終了後、解散となった。とはいっても俺たちは同じ寮に住んでいるので、マネージャーの運転するミニバンに乗って帰るのだが。


 今回のレコーディングは自分で言うのもなんだが、驚くほどいい出来だったと思う。俺自身はもちろん、みんなの声もよく出ていた。


 レコーディング終了後はジャケット撮影や、新曲販売に合わせた雑誌のインタビューがあったりと、何かと忙しい日々を送った。


 そしてあっという間に春になり、待望の新曲がリリースされた。販売前から雑誌に取り上げられたり、テレビ取材を受けていたおかげで、オリコンチャートでも一位になった。


 こうやって俺たちの曲が販売されると同時にチャート一位を取れるのも、事務所の力なのだろうな、と改めて思う。俺はこの事務所に留まって正解だったと実感させられる。


 リリースしたら肩の荷が降りるかというと、そうでもなく、リリースを記念してファンイベントも開催される。そして、リリース後は音楽番組にも引っ張りだこだ。


 この日はファンクラブ限定のイベントを開催した。新曲を筆頭に数曲歌うミニライブだ。遠方のファンも参加できるようにオンライン配信も行う。


 ファンイベントでは事前に公式アカウントで募集した質問にメンバーが答えるという企画もした。今どきならオンライン抽選会を実施するのがいいのかもしれないが、アナログも面白い。俺たちは抽選箱の中に印刷された質問を入れて、それを一人一枚ずつ引くことにした。


 五百件以上の質問が寄せられ、一人一枚ずつなので、読まれる確率は一%以下。会場に参加しているファンの子たちは祈るように両手を胸の前で組んで、当たりますようにと願っているのが見える。


 最初は陸が箱に手を入れてゴソゴソと紙を攪拌しながら一枚を手にすると、「きゃー!」と黄色い声が上がる。マイクを片手に陸は紙に書かれている質問を読み上げる。


「えーっと、『メンバーの中で誰と一番仲良いですか?』だって! えー、俺、みんなと仲いいからなぁ……。強いて言うなら、蓮?」


 そう言いながら俺の方をちらっと見てウインクした。俺は前に告白されたことを思い出し、どきりとした。だけど、ファンサービスのために、それを隠して陸に投げキッスをしてやると、会場が一気に沸いた。


「えぇ〜っ! 俺じゃないのぉ〜?」


 海斗が俺たちの間に割り込んでくる。


「俺は海斗のこと、大好きだよ」


 海斗の手を取り、甲にキスを落とすと、会場は黄色い声で埋め尽くされ、さらにヒートアップした。


「じゃ、次は蓮の番ね」


 陸に促されて俺は抽選箱に手を突っ込んだ。ぐるぐると中をかき混ぜて、一枚を引っ張り出す。


「はい、それじゃ読みますねー。『好きな人はいますか?』だって」


 俺はそれを読んで、一瞬固まってしまった。自分でも笑顔が引きつっているのがわかる。もちろん正直に答えるわけにはいかないが……。翼を横目で見ると、顔が少し強張っているのが分かった。ここは――。


「俺の好きな人はね、みんなだよ〜」


 会場に向けてウインクして、指でハートを作ると、「きゃー!」と黄色い声が上がった。


「そして、PRISMが大好きっ!」


 そう言って、メンバー全員を引っぱってきて抱き寄せる。さらに会場の歓声が大きくなった。


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