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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第八章 試練の先にある絆

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8-2

 一人での練習はなんてつまらないんだろう。誰と喋ることもできないし、お互いの動きを確認することもできない。歌っていても自分の声だけしか聞こえない。


 だからといって、何も練習しないわけにもいかない。一ヶ月後には、メンバーと共にレッスンをするのだから、一人だけ出遅れるなんて嫌だ。


 よく、真面目すぎるとか、完璧主義とか言われるが、俺は真面目なんかじゃない。ただの、負けず嫌いだ。他人から遅れをとるのが嫌なだけ。そのためなら、人一倍、努力も厭わない。


 PRISMの一員になる前は、一人で練習するのが当たり前だったのに、もうすっかり五人でレッスンするのに慣れてしまった。だから、一人だと物足りないのだ。


 一通り練習をした後、喉の渇きを癒すために、休憩室へと向かった。自販機でスポーツ飲料でも買おうと扉を開けると、そこには海斗がいた。


「蓮っ!」


 まるでご主人様を見つけた犬のように駆け寄ってきて、俺に飛びついてきた。


「何やらかしたの? 蓮がいなくて寂しいよぉ」


 すんすんと鼻を鳴らしながら眉を下げている。俺は海斗の頭を優しく撫でてやった。


「ごめんな、迷惑かけて。一ヶ月したら戻れるからさ」


 そう伝えると、海斗が俺の肩口に頭をぐりぐりと押し付けてきた。その様子が本当に犬のようでとてもかわいい。


「ところでさ」


 海斗がパッと顔を上げて俺の目をじっと見つめてきた。心の奥深くを探るような眼差しに思わずドキリとする。


「な、なに?」


 その強い眼差しに圧倒され少し上半身を後ろに反らせた。


「俺、薄々、気づいてたんだ」


 その言葉にまた心臓がどくんと波打った。


「何が?」


 動揺を悟られまいと、平然と答えたが、自分でも少し声が震えているのが分かった。俺と翼がキスをしていたことがバレたのではないかと思うと、背中を冷たいものが伝った。


「翼と付き合ってるでしょ?」


 まっすぐな瞳を向けられ、誤魔化すのは無理だと悟った俺は、こくりと頷いた。


「やっぱりね! 前からなんとなく分かってたよ。二人さ、よく言い争いとかするけど、お互いのことを尊敬してるからだもんね。それにお互いを見つめる目が、なんていうか、甘いっていうの?」


 俺は思わず言葉を失った。そんなふうに他人に見られていたのか……。だったら悠真も気づいているかもしれないと思った。


「そんな変だった?」


 海斗は「ううん」と首を振った。


「二人を見てたら、ほほえましかったもん。翼がさぁ、蓮を見る目なんて、恋する乙女だよっ! あの、翼が!」


 そう言いながらキャハハと楽しそうに笑う。


「何、それ」


 俺は苦笑いしてしまった。


「でも、気持ち悪くないの? その……男同士で付き合ってるとか」


 目を伏せて言うと、海斗は明るい声で言った。


「は? 全然? むしろなんで? だって二人はずっと俺が見てても恥ずかしくなるぐらい距離近かったし。それ見て付き合ってないって思う方がおかしいんじゃね?」


 海斗のあっけらかんと言い放つ言葉に、俺は呆気に取られた。


 そっか……。そんなに俺たちは距離が近かったのか。


「俺は二人のこと、応援してるよ! だけど、俺たちのことも大切にしてね」


 海斗の優しい言葉に、俺の心は軽くなった。いつもはおちゃらけた感じなのに、意外としっかり周りのことを見てるんだなと感心もした。


「海斗、ありがとう」


 そう言って、頭をわしゃわしゃと撫でてやると、目を細めて喜んでいた。こういうところが海斗はみんなから好かれるんだろうな。


「じゃ、俺行くね〜」


 海斗はひらひらと手を振って休憩室を出て行った。俺は海斗が出て行ったのを見届けて、スマホを取り出し、黒川に電話をした。引き抜きに対する答えを伝えるために。



 俺だけが別メニューをこなすようになって二週間が経った。最初は一人でレッスンをするのは寂しいと思っていたが、すぐに慣れた。


 人間って与えられた環境に順応できるようにできているのだと改めて感じる。音源を流し、それに合わせてダンスを行い、歌う。


 それでもそばに翼がいないのは寂しい。もう、二週間も会えていない。一通り練習を終え、足を床に投げ出して後ろ手をついて天井を仰ぎ見た。


「あと二週間の我慢かぁ……」


 目を閉じて翼の顔、声、体温、香りを思い浮かべる。毎日メッセージをやり取りして音声を送ったりもしているが、直接話せないのはつらい。会えないとこんなにも想いが強くなるのだと実感した。


 そして何より、いやらしいことばかりを考えてしまう。その度に雑念を頭から追い払うのだけど、すぐにそれは水を含んで膨らむスポンジのようにむくむくと大きくなる。


 何もやることがないと、いつもこれだ。だったら体を動かして気を紛らわせようと、勢いよく立ち上がった。


 すると、レッスン室の扉が開いた。


「あ、マネージャー、どうしたんですか?」


「調子はどう?」


「まぁ……、淡々と……って感じです」


「そっか」


 マネージャーは扉を閉め、室内に入ると、パイプ椅子に腰掛けた。


「たまに陸が様子見に来てくれるんです。メンバーの様子とかも教えてくれて。あ、海斗は休憩室で会うことがありますね」


 俺はタオルで汗を拭いながらマネージャーのそばに行った。


「翼に偶然会えたらいいなって思ってる?」


 マネージャーはクイッとメガネのブリッジを上げて悪戯な表情で言った。目の奥がキラリと光っている。


「はい。正直、トイレとか休憩室で『偶然』会えたらいいなって思ってうろうろしてますけど、一回も会えてないんです」


 俺は目を伏せて言った。


「なるほどね〜。じゃあさ、今日、『偶然』翼がうちに遊びにくることになった、って言ったらどう?」


「えっ?」


 俺はその言葉に思わず目を見開いた。


「ま、そういう事だから。じゃ、練習頑張ってね〜」


 マネージャーはそう言い残すと、手をひらひらと振ってレッスン室から出て行った。


 練習を終え、先に帰宅してソファから立ったり座ったりを繰り返していた。


 マネージャーが言ってた、『偶然』、翼がここに遊びにくるって……。好きな人を待つのって、こんなにもソワソワするんだな。


 すると、玄関が開き、マネージャーが帰ってきた。


「ただいま〜」


 よく通る声で帰宅を知らせて、リビングに入ってきた。その後ろには――。


「翼!」


 俺は思わず翼に駆け寄った。


「よっ! 蓮、元気だったか?」


 翼は人懐っこい顔でにかっと笑った。マネージャーが白々しく言葉を発した。


「いやぁ〜、翼がたまたま『偶然』このマンションの前にいたんだよね〜。だから〜、お茶でも飲んで行きなよ〜ってな感じで? 招いちゃった感じ〜」


 語尾を伸ばしてなんともわざとらしい言い訳のように言った。俺と翼はお互いを見やって吹き出して笑ってしまった。


「一時間だけね。申し訳ないけど、外に行けないから、ここで我慢して。あ、二人とも、変なことしちゃダメだよ〜。ま、一時間じゃ、無理か。はははっ」


 マネージャーは俺たちを指差して、再度、変なことをしないように、と念を押して家を出て行った。


「え? ネタ? それはやれってこと、かな?」


 翼は俺の腰をグッと抱き寄せて首筋に顔を埋めた。息がかかって背中がゾクゾクと震えた。


「がっつきすぎだって。ほら、飲み物出すから、座って」


 俺はなんとか理性を保ち、翼をソファに座らせ冷蔵庫に向かった。平静を装っているが、胸の奥が熱くなるのを抑えるのに必死だった。翼の胸に抱かれると、いつもの自分じゃなくなるのが怖い。


「何飲む? 水かお茶、コーヒー、あとジンジャーエールもある」


「水でいいや」


「了解」


 ミネラルウォーターのペットボトルを二本手に取りソファに戻った。


「はい。最近どう? 陸と海斗には会えてたんだけど、翼とは会えなかったね」


「かすりもしなかったな」


 翼は笑いながら水をゴクリと飲んだ。翼の美しい喉仏が上下に動く。俺はそこに引き込まれるように、顔を寄せ翼に抱きついた。


「……会いたかった」


 その言葉と共に、この二週間、押し殺してきた想いが全て込み上げてきた。翼の存在しない世界がこれほど色褪せて見えるなんて、思いもしなかった。


「俺も。メッセージだけだと、物足りなかったな」


 翼の声が耳元で響くと、乾いた砂漠に雨が降り注ぐような安堵感が心を満たす。彼がいない間、俺の世界は白黒の映画のようだった。今、ようやく色彩が戻ってきた。


 翼が耳元で囁くと身体中にビリビリと電気が走った。耳をはむっと甘噛みされるとびくんと体が勝手に動く。


「ひやぁ……っ! ダメ、そこ……」


「蓮は耳が弱いのか?」


 いたずらっ子のようにニヤリと笑うと、俺の口を塞いできた。


 今まで触れたくてしょうがなかった翼に、ようやく触れることができた。たった二週間なのに、俺はこれほど翼のことを欲していたのか。唇を貪るように角度を変えて、何度も深くキスを交わした。


 翼との再会はとても短い時間だったけれど、それは俺の寂しかった心を一瞬にして満たしてくれた。


「あと二週間の我慢だな」


 翼の胸に顔を埋めている俺の頭を優しく撫でながら言った。


「うん。俺、頑張るよ。戻った時、翼の横に立っても恥ずかしくないように」


「お前はいつでもかっこいいよ」


 翼は優しく言うと、つむじにキスを落とした。


 あぁ、幸せだ。この時間が一生続けばいいのに。俺は翼の鼓動を聞きながらそんなことを思った。


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