8-1
夜、与えられた部屋で俺は布団の上に大の字になっていた。蛍光色のシーリングライトが白い壁紙に冷たく反射して、部屋全体を無機質に照らしている。この空間はリラックスするためというより、まるで仕事部屋のような殺風景さだった。
「翼、どうしてるかな……」
昨日の今頃は――。
思い出した瞬間、頬が熱くなった。
俺から部屋に来ないかと誘ったのに。
唇に指を這わせると、まだ翼の感触が残っているようで、心臓が激しく波打った。昨日のキスは情熱的で、思い出すだけで全身が昂ぶる。身体中がトロけるような甘い感覚に陥った。
つい先ほど、マネージャーが「体の関係は済んでいる」と勘違いしていたことを思い出す。きっと、彼なりの経験からそういう結論を導いたのだろう。
キスだけでこれだけ気持ちよかったのなら、本番は、さぞかし――。
そこまで考えて激しく首を振った。
――俺たちはアイドルなんだから、健全な付き合いをしないと……。
そう言い聞かせるが、男子高校生にいやらしいことを考えるなという方が無理な話だ。性欲が少ない人もいるかもしれないが、俺にはきちんとある。好きな人には触りたいし、触られたい。アイドルだって人間なのだ。
そんなふしだらなことを考えてしまい、恥ずかしくなる。枕に顔を埋めてぐりぐりと額をこすりつけていると、扉がノックされた。
「蓮、入るよ」
マネージャーの声がした。
「どうぞ」
部屋に足を踏み入れたマネージャーは、俺を一目見てギョッとした顔をした。
「ど、どうしたの? そのおでこ……」
「あ……。ちょっとエロいこと考えて、自己嫌悪に陥っていたところです……」
するとマネージャーは腹を抱えて大笑いした。
「はっはっは〜。蓮もエロいこと考えるんだ〜。そんなこと全然考えませんって顔してるのに〜」
「いや、俺だって、健全な高校生男子ですから」
そう言うと、マネージャーは涙を流し始めた。
「俺でよかったらいつでもセフレになるから」
相変わらず大笑いしながら、とてつもない冗談をかましてきた。
「遠慮しときます。そういうのは、好きな人としたいんで……」
俺がクソ真面目に答えると、マネージャーは腹を捩らせて笑い転げた。そんなに面白いことを言ったか?
マネージャーは涙を拭い、なんとか息を整えた。
「お風呂沸いたから、入っちゃって」
湯船にゆったりと浸かり、俺はメンバーのことを考えていた。
改めて悪いことをしたと思う。練習中の雰囲気が悪くなると、パフォーマンスの出来栄えも悪くなる。俺は明日からは別の部屋でレッスンをすることになる。少しでもみんなの心が軽くなればいいのだが。
風呂から上がり、布団の上に寝転んでスマホを手に取った。SNSを流し見するために指を滑らせていると、PRISMのことを書いてくれているアカウントが目に留まった。俺はスクロールする指を止め、そのスレッドを読んだ。
『PRISMにハマってます! みんなかっこいい』
俺たちのグループを応援してくれている人が何百人もいるのだ。ライブの時の熱気が忘れられない。グループに迷惑をかけることは、決してできない。
「翼に会いたいなぁ……」
今日のレッスンで一緒だったのに、もうそんなことを考えている。正確には、一緒にいたが、目も合わさず、会話もしていない。お互いを空気のように扱っていた。
再び、スマホの画面を惰性でスクロールし始めた。すると、画面にメッセージ受信の通知が飛び出した。翼からだった。
俺はすぐにタップしてメッセージを開く。
『今日もレッスンお疲れ様。マネージャーからメッセージのやり取りは許可もらったから、送ってみた』
マネージャーに確認をとってメッセージを送るなんて、翼は健気だな。思わず胸がキュンとなった。
というか、マネージャー、俺にも言ってくれればよかったのに。
そんなところ少し抜けてるんだよな。でも、そこもマネージャーの魅力的なところなんだけど。
俺はそんなことを考えながら、翼にメッセージを返信した。
『明日からは別の部屋でレッスンになるから……。早く翼の横で歌いたいよ。翼の声が恋しい』
すぐに返事が来るかと思っていたが、しばらく待っても来なかった。風呂でも行ったかと思って、スマホを枕元に置こうとした時、翼から返信が来た。
『蓮がかわいいこと言うから、心臓がしばらく止まってた』
『いや、それ、死んでるからww』
そんな軽口を何度か繰り返して、しばらくすると音声で返信が来た。
『おやすみ。キスの代わりな』
その言葉の後に、翼のリップ音が入っていた。
俺はその音を聞くと、昨日のキスを思い出して顔が真っ赤になった。スマホを布団に埋めてつぶやいた。
「翼のばか……。でも、嬉しい」
そのまま布団に潜り込み、翼の声を反芻しながら眠りについた。
翼との接触を避けるため、俺だけ別の練習室でレッスンをすることになった。陸には昨日のうちにメッセージで、俺と翼が距離を置くことになったと伝えてある。
『もっと早く言ってくれればよかったのに』
その言葉に俺は申し訳なく思った。本当にその通りだ。俺のことを気にかけてくれている陸には真っ先に言うべきだった。
「ホント、ごめん。俺のこと気にかけてくれてたのに……。俺ってサイテーだよね」
『でもま、一ヶ月だけだよね? 俺たちも頑張るから、蓮も頑張って』
「ありがと。でも、みんなと練習できないの、寂しいなぁ……」
『俺が遊びに行ってあげようか?』
「マジで? 来てくれたら嬉しい!」
『じゃあ、休憩の時にでも行くよ』
「うん。その時に他のメンバーの様子も教えて」
そのメッセージを送った後、しばらく考えて、再び陸にメッセージを送った。
「俺と翼の関係、海斗と悠真にも言うべきかな……?」
そのメッセージに陸はこう返事した。
『今すぐは言う必要ないんじゃない? 今回のはちょっとしたトラブルで蓮は別メニュー……って説明しとくからさ』
俺は、ありがとう、と返信した。
事情を理解している陸に心から感謝した。




