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煌めく舞台の向こう側  作者: 海野雫
第七章 闇の中の光

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7-1

 澄んだ冬の空気を胸いっぱいに吸い込むと、心が晴れやかになったように感じられる。ついこの間まで同じ空気を吸っても、胸の中がモヤモヤしていたのが嘘のようだ。


 翼は念のため、一晩入院することになった。とにかく、深刻な病気でなくて胸を撫で下ろす。病院からの帰りの足取りは軽やかだった。


 最寄りの駅に向かいながら、そっと唇に指を這わせる。


 ――翼と、キス……してしまった……。


 そのことを思い出し、顔が熱くなる。翼も俺のことが好きだったなんて。そう考えると、さらに顔が熱くなる。耳まで熱いから、顔中真っ赤になっているかもしれない。俺は俯きながら足早に駅に向かった。変装もしていなかったから、誰も俺に気づきませんように、と祈りながら。


 寮に帰ると、陸が入り口で待っていた。


「翼、どうだった?」


 陸は心配そうに眉を下げて聞いた。もしかして、救急車が来てから、ずっとここで待っていたのだろうか。


「ストレスと寝不足だって。今、点滴を打ってもらってる。一晩入院するみたい」


 そう言うと、何となく陸から目を逸らした。さっき翼とキスしたことが、なんとなく後ろめたい。


「そっか。深刻な病気じゃなくて安心したよ……。よっぽど疲れが溜まっていたのかなぁ。ところで……、翼とは、仲直りできた?」


 陸は探るような目つきで俺の瞳の奥を見つめてくる。


「……うん。なんとか、ね」


 俺は蚊の鳴くような細い声で答えた。陸と目を合わせることができない。


「その様子だと、もしかして、いいことあった?」


「えっ?」


 ドキッとして思わず目をさまよわせてしまう。


「やっぱりね。付き合うことになったの?」


「……えっと……、そう、なるの、かな?」


 俺は手で口元を覆った。病院での出来事を思い出すと、恥ずかしくて仕方がない。


「そっか……。おめでとう」


 陸は祝福の言葉を口にしてにっこりと笑うが、目は悲しそうだった。


「うん……。ごめん、陸」


「なんで謝るの?」


「だって……」


 俺は思わず口籠ってしまった。それを言うと、自意識過剰に思えて仕方なかったからだ。


「うん。分かってたから、大丈夫……。でも、あんまりハメを外さないでよ。これは、リーダーとしてのお願いね」


 俺は「大丈夫だって!」とすぐに答えたが、陸は首を振った。


「いや、恋愛で盛り上がるとさ、何をしでかすかわからないじゃん? ラブホには高校生だから行けないにしても、路上でキス、とかさ。一応、俺たちデビューしたばっかりだからね。そういうゴシップはグループに迷惑がかかるでしょ?」


 そうか。確かに……。納得だ。さすが陸はリーダーだなと感心した。


「まぁ、うちの事務所は別に恋愛禁止とかじゃないから、大丈夫だと思うけどね」


 そう言うと陸は俺にウインクして、頭をぽんぽんと叩いた。



 次の日、翼は元気を取り戻して事務所に顔を出した。


「ご迷惑をおかけしました」


 レッスン室でメンバーに向かって深々と頭を下げる。


「おかえり! 大したことなくてよかったじゃん!」


 陸が翼の背中をポンポンと叩く。


「俺も心配したんだよ〜」


 海斗は翼にひしっと抱きついて泣き真似をしていた。


「心配をかけて悪かったな」


 翼は海斗の頭を撫でて言った。


「本当に、戻ってきてくれてよかった……」


 普段あまり口を開かない悠真も安心した表情だった。俺はみんながホッとした表情をしているのを微笑みながら見つめていた。


 その時、レッスン室のドアが開いた。


「翼、蓮、ちょっといい?」


 マネージャーが手招きで俺と翼を呼んだ。


「なんですか?」


 ドアへ歩み寄ると、マネージャーが声をひそめて言った。


「社長が呼んでる」


 俺と翼はお互い顔を見合わせた。俺たち、何かしたか? お互いに目を見て無言の会話を交わした。チラッとマネージャーの顔色を盗み見ると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。


「失礼します」


 社長室の扉をノックして入室すると、社長はデスクに備えられている重厚な椅子の背もたれに体を預けながら窓の外を見ていた。俺たちに気づくと、「座りなさい」と応接室のソファを促した。


 俺と翼は並んでソファに腰掛けた。室内の空気がなんとも言えないほど重く感じるのは、気のせいだろうか。


 社長は眼光鋭く俺たちを見据えた。


「単刀直入に聞こう。お前たちは、付き合っているのか?」


「えっ?」


 俺は頭の先から血の気が引くのを感じた。昨日の今日で、もうなぜ社長に話がいっているのか不思議でならなかった。まさか、陸が社長に言ったのか?


「……それ、誰から……?」


 喉が詰まって、細い声しか出てこなかった。背筋に冷たいものが走る。


 横の翼に視線を向けると、彼も呆然として声にならないようだった。俺たちは昨日、お互いの想いを告げあったばかりなのだから、無理もない。


 その時、マネージャーが口を開いた。


「すみません。私です。昨日、翼の様子を見に行った時に、君たちが、その……、キ、キスをしているのを見てしまって……」


 マネージャーは俯きながら、メガネをクイッと上げて俺たちと目が合わないようにした。


 そうか……。見られてしまったのなら、仕方ない。


「事務所としては、恋愛は自由としているのは、お前たちも知っての通りだ。だが、PRISMは、今、デビューしたばかりで上り調子だ。それなのに、グループ内の恋愛、しかも、男同士というスキャンダルが公になると、どうなるか、お前たちでも分かるよな?」


 社長の言葉は脅しのように聞こえた。


「うちの事務所の鳴り物入りでPRISMがデビューしたのは分かっているだろう? 会社としても、とても期待しているグループなんだよ。それを壊したくない。それに、せっかくファンが増えてきているんだ。もし、お前たちが付き合っていることが分かれば、批判されかねない」


 社長がギラついた目で俺たちを見てきた。蛇に睨まれた蛙のように身動きができない。


「本当は、お前たちに別れてくれと言いたい。だが、同じグループにいる以上、そんなことは無理だろう。もし、今の関係を続けたいのなら、翼と蓮は今後しばらく、別々に行動してもらう。一緒にいることは禁止だ」


「そ、そんな……」


 翼から掠れた声が漏れた。


「それができなければ、PRISMの活動の縮小、もしくは活動中止も視野に入れる」


「……っ!」


 俺は思わず息を呑んだ。


 それは絶対にダメだ。メンバーみんなに迷惑がかかってしまう。


「社長、俺たち付き合ってません」


 俺は咄嗟にその言葉を口にしていた。翼が目を見開いて俺を見ている。


「確かに俺は翼のことが好きです。」


 嘘をつくことで翼を守れるなら、俺は悪者になることを厭わない。


「昨日は翼が倒れてしまったことで気持ちが溢れてしまって、翼に告白して、嫌がる翼にキスしてしまったんです。」


 言葉を紡ぐたびに、胸が痛んだ。本当は相思相愛だったあの瞬間を、一方的な想いだったと偽ることの残酷さに、心が引き裂かれそうになる。だがこれしか方法がない。翼を、みんなを守るためには――。


「だから、俺たちが付き合っているということはありません」


「……蓮っ!」


 翼が何か言おうとしたが、手でそれを制した。


「ですから、社長がグループの存続に危機感を感じられているのであれば、指示に従いたいと思います」


「そうか。分かった。しばらくはそのようにさせてもらう」


 隣の翼は呆気に取られて、固まってしまっていた。


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