【第9話:浜風さんのポンコツ発揮】
「あ、いらっしゃいまふぇ〜っ!」
ニコニコ笑顔でお客様のところに駆け寄る浜風さん。
相変わらず積極的なのは素晴らしいのだが、早速言い間違えてる。
フランス人とのハーフで、ブロンド色の髪が目立つ浜風 鈴々。
行動面ではうっかりが目立つ。
「あ……ど、ども」
今まで何度か来てくれた20代くらいの男性客だ。地味な身なりで、まともに他人の顔を見ない気の弱そうな人。
オタクっぽい感じで、なんとなく親近感が湧く。
「お座りくださいませ!」
「は、はい」
「何になさいますですか?」
言葉遣いがおかしいぞ。
あとで教えなきゃ。
「えっと……」
男性客はテーブルについてメニューをじっと見た。
そして顔を上げて、テーブル横に立つ浜風さんを見上げる。
「おおぉうっ……」
彼女の顔に目線を向けた途端、男性が唸った。
女子に気後れして、まともに顔を見ていなかったようだ。
「どうされましたですか?」
「か……可愛い」
ようやくまともに見た相手が、アイドルのような容姿の女の子。
しかも今まで何度か来ている人からしたら、突如現れた美少女。
驚くのも当然だ。
「ありがとうございますっ! ……で、何になさいますですか?」
──浜風さん、軽く受け流すのか。
まあ、あれだけの美少女だ。可愛いなんて言われ慣れてるんだろうな。
「……」
男性客はうつむいて、テーブルに置いたメニュー表をじっと見つめてる。
「……」
テーブルの横で浜風さんは、注文票を手に、見下ろすように立っている。
あれではお客さんが焦って、なかなか注文を決められない。
「浜風さんっ」
「え?」
振り向いた美少女に手招きをした。
「はーい、なにかな?」
パタパタと小走りで戻ってきた。
なにかな、じゃなくて。
「すぐ横で店員に待たれたら、お客さんは落ち着かなくてメニューを考えにくいだろ」
「なるほど確かに」
「だから迷ってるなって思った時は『決まりましたらお呼びください』って言って一旦引くんだよ」
「ほぉー、なるほど! さすが店長! さすてん!」
なぜ縮めた?
「やっぱ秋月君ってすごいね。尊敬のナマコで見ちゃう」
ナマコでは見れない。それを言うなら眼だ。
どうでもいいことだが、そもそもナマコには目がないらしい。
「でもこの店のメニューはわかりにくいネーミングも多いんだから、単に引くんじゃなくて、メニューの説明をしてあげた方がいいんじゃないのかしら?」
「うっ……」
神ヶ崎が正論で殴ってきた。
ドヤ顔を向けるのはやめていただけますでしょうか。
「なぁるほどっ、さすが涼香ちゃん! 親切う!」
「ホントですね。すごいです。勉強になります」
浜風さんも京乃さんも絶賛だ。ちょっと悔しい。
「まあでもあの男性客は何度か来たことがあるからさ。あの人にはメニューの説明は必要ないかな」
「ふぅーん、負け惜しみ?」
確かに負け惜しみなんだけどね。
そんなことまでお見通しなのが余計に悔しい。
くそっ、神ヶ崎め。
「すみませーん」
「ほら浜風さん。お客さんが呼んでるよ。注文が決まったみたいだよ」
「うん! がんぼる」
可愛くガッツポーズしてから駆け出す浜風さん。
相変わらず言い間違えている。
「あ、あああああーっ」
お客様の目の前でアイドル級美少女が叫んでる。
なんだ? 今度はどうした?
「たたた、大変だよっ秋月くんっ!」
「どうした!?」
男性客も浜風さんの大声に驚いている。
なにかわからないが、大変なことが起きているようだ。助けなきゃ!
慌てて駆け寄る。
「どうしたの? りんちゃん大丈夫っ?」
「大丈夫っ?」
京乃さんと、神ヶ崎までもが心配してついてきた。
「ほらっ、見て! この伝票の通し番号が7777だよ! ラッキーナンバー!」
掌の中の伝票を嬉しそうに目の前に突き出して見せる浜風さん。
「おい!」
なんなんだよ。
「そんなことでみんなを呼んだのか?」
「呼んでないよ。大変だよって言っただけ」
確かにそうである。
そうなんだけれども。
「何が起きたのか驚いて駆け寄るだろ」
「そっか、ごめんね」
素直かよ。そんなに素直に謝られたら、これ以上何も言えなくなる。
「いや、気にしないでいいよ」
それよりもお客様だ。こんなにわちゃわちゃしたら、お客様は皆さんお怒りに違いない。
「皆さま、お騒がせして申し訳ありません!」
俺は周りをぐるりと見回して、お客様一人ひとりの顔を見てから深々と頭を下げた。
ああ、俺が創りたい「楽しく癒される空間」がどんどん遠ざかっていく。
やっぱり彼女たちには、バイトをやめてもらった方がいいかもしれない。
「あはは、いいよ。楽しいじゃないか」
最初に浜風さんが接客した男性客が笑ってる。
「そうね。嫌いじゃないわよこういう雰囲気」
京乃さんが接客した女性客も笑顔だ。
「えっと……い、いいんじゃないでしょうか」
さっき来たオタクっぽい男性客まで肯定的。
誰も怒っていない。
浜風さんのあっけらかんとした天真爛漫なキャラのせいだろうか。
「皆さん、ありがとうございます」
もう一度頭を下げた。みんな温かい目で見てくれている。ありがたい。
「じゃあ浜風さん、あとはよろしく」
「うん。ごめんね。ホンっと何度もごめん」
ぺろりと舌を出す浜風さん。
アイドル級の女子がするそんな仕草は、あまりにも可愛いかった。
「それに秋月くん、フォローありがとう」
「いや、別に礼を言われるほどのことはしてないよ。だって俺は店長なんだし、スタッフのフォローするなんて当たり前だよ」
「へぇ、カッコいいこと言うよね秋月くん。さすてん」
「あ、いや……」
女子からカッコいいなんて言われ慣れていないから、恥ずかしすぎてなんと返したらいいのかわからない。
──俺ってチョロすぎだろ。
でも──トップ3美女だなどとちやほやされている女子は、みんなプライドが高い。
そんな風に思い込んでいたけど違った。
神ヶ崎以外の二人は優しくていい人だよな。
だがしかし、神ヶ崎は俺への当たりも強いし、やっぱりプライドが高いのだろうという気がする。
俺にとっちゃ天敵だ。