【☆<√R>第68話:二人きりの空間でなにするの?】
メニューを持った俺の左手の甲が熱い。
なぜなら浜風さんが、俺の手を上からぎゅっと握ってるから。
彼女の前に移動させようとテーブル上のメニューを持った手を、「このままでいいから」と上から押さえられた。
人の体温って、こんなに熱かったっけ?
もしかして彼女、熱でもあるのかな?
ちょっと心配になって横を向いた。
すぐ横には彫りの深い美しい顔があった。
その視線はメニューを見つめている。
間近で見る浜風さん。まつ毛長いなぁ。綺麗だなぁ。
肌が透き通るようで美しい。すべすべで、直接触ったら、きっと気持ちいいんだろうな……って、俺はなにを考えてるんだよ。キモっ。
「あ、えっと……浜風さんはなに頼む?」
「んっとね……ホットいちごミルク」
「うわ、可愛い」
「へっ?」
しまった。にこりと笑って浜風さんが口にした『いちごミルク』ってワードがあまりに可愛すぎて、無意識に、つい心の声が漏れた。ヤバい。俺そんなチャラいキャラじゃないのに。
「ご、ごめん。聞かなかったことにして。キモいよね」
「え、いやあのえっと、そうでもなくて、まあ別にいいって言うか……あ、いやあたし何言ってるんだか。『別にいい』どころか嬉しいって言うか、何ならもっと言っていいよって感じ……いやもっと言ってくださいお願いします」
天真爛漫ガールが珍しくパニくってる。目をしばしばさせて顔が真っ赤だ。
こんなわちゃわちゃした姿はレアでキュート。
「もっと言ってと言われても、俺も恥ずすぎてそう簡単には……」
「ええっ……残念!」
「ごめん。またいずれ」
女の子に可愛いって、さらっと言える男になりたい。そしたらきっと、もっと相手を喜ばせることができるんだろう。
「うんわかった。いずれだね」
「うん、いずれね……じゃあ俺はコーラを頼むよ」
注文用リモコンでホットいちごミルクとコーラを入力した。
ひと息ついて、お互いに顔を見合わせた。
何をしゃべったらいいのか迷う。
「えっと……浜風さん、なにか歌う?」
「ん……後でね。せっかく二人きりになったんだし、ちょっとお喋りでも」
「いや、さっき浜風さんが俺に『なに歌う?』って聞いたんでしょ」
「あはは、あれはさ……個室で二人きりになって緊張しちゃって、どうしたらいいかわかんなくなって、つい言っただけ」
あ……浜風さんでも緊張してるのか。
俺だけじゃなかったんだ。
「え? お前が緊張してるの? 嘘でしょ、なにも考えてないくせに……って思ってるでしょ。そんな顔してる」
「ちょっと待って。そんな酷いこと思ってないから!」
「ホントに?」
「そうだよ。でも明るくてコミュ強者の浜風さんが緊張してるなんて、それは思ってもいなかった」
「そりゃ緊張するよ。大好きな人と初めて二人っきりになるんだよ?」
うわ、そういうとこだよ。いきなり面と向かって『大好きな人』なんてさらっと言えるところが、やっぱ俺と違ってコミュ強者なんだよ。
そんなこと言われたら、俺なんて何も言い返せなくなる。
──って言うか、めちゃくちゃ嬉しい。
「あ、ありがとう……」
「ど、どういたしまして……」
シンと静寂が訪れた。気まずい。
浜風さん、なにか喋って! ……という他力本願な思いが頭に浮かんだ。
だけどしっかりしろよ俺。頼れるところを見せないと。
「と、ところでさ。なんで待ち合わせがカラオケルームなんだ?」
「ああ、それね。カラオケルームに入ったら理由を教えるって言ったもんね」
「うん」
「大きな声で喜んだり叫んだりできるからだよ」
「は?」
言葉の意味はわかるけど、なに言ってるかよくわからない。
「ここだったら、ゆっくり二人きりで話せるし。周りを気にしないで喜べるじゃん」
「そこはわかるよ。でも大きな声出したり、叫んだりって言うからびっくりした」
「実はね。雅や凉香とも話をして、喜びは素直に表そうと。そうじゃないと選んでくれた雄飛に失礼だと。そういう話になったんだ」
つまり自分が選ばれた場合、選ばれなかった相手のことを考えたら、素直に喜べない。
でもちゃんと喜ぼうよ、ということで、三人でそんな話をしたらしい。なるほど。
「で、素直に喜びを表すとなると、やっぱ叫びたいでしょ?」
いや、そこはやっぱわからん。
叫びたくなる気持ちまではわかる。だけど実際に叫ぶためのセッティングまでするとは……さすが浜風さんだ。
「雄飛君!」
「え?」
なんか急に浜風さんが、真面目な顔になった。
どうしたんだ?
「あたしを選んでくれて、ありがとぉぉぉっ! 嬉しいですぅぅぅぅぅっ!」
両手をぐっと握って、力いっぱい叫んでる。
マジで叫んでる!
「お、俺のほうこそ、ありがとう」
浜風さんって、やっぱ素直に自分の気持ちを口にできるのは凄い。俺にはなかなかできないことだ。
そうなんだよ。
──俺は、まだ、彼女に「好きだ」って言葉を言えていない。
これだけはっきりと気持ちを言ってくれた浜風さんに、俺もちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃだめだ。
言わなきゃな。言いたいな。言えるだろうか。
よし、心の中で練習しよう。
──あのさ浜風さん。俺は浜風さんのことが好きだ。
よし言えた。完璧だ。
うん、大したことないな。大丈夫だ。言える。
「あのさ、浜風さん。俺……俺……」
「ん?」
「俺は……」
ああっ、なかなか思うように言葉が出ない。ダメだ。
いや諦めるな。言える。言えるぞ。
「浜風さん。俺は浜風さんのことが……」
よし言える。言えるぞ!
「お待たせしました~っ!」
いきなり扉が開いて、店員がドリンクをトレーに載せて現れた。
せっかく言えると思ったのに、なんなんだよ、このタイミング!?
「コーラとホットいちごミルクでございまぁ~すっ!」
その気が抜けるような言い方っ!?
別に店員さんが悪いわけでもないけど。
ちょっと恨めしく思って、店員さんに『お腹が痛くなる魔法』でもかけてやりたくなった俺だった。




