【★<√M>第69話:好きです好きです大好きです】
京乃さんは感極まって、今にも泣き出しそうだ。うわ、どうしよう……
──守ってあげたい。抱きしめたい。
そんな気持ちが胸の中に渦巻く。
だけどさすがに、いきなり抱きしめたらまずいよな。
「ありがとう京乃さん。俺、こんなに好きって言ってもらうなんて生まれて初めてだ。嬉しいよ」
京乃さんは泣き出しそうなのをぐっとこらえて、俺への想いをさらに語ってくれた。
「いえ。お礼を言うのはこちらの方です」
「お礼? ああ、子供の頃犬から守ったこと? もうだいぶ前だし、気にしなくていいよ」
「それももちろんありますけど、それだけじゃないです。カフェではいつもわたしを気にかけてくれていました。おかげで最初は自信がなかった仕事も、ちゃんとやれるようになりました。そして近くに雄飛さんがいることが、わたしの毎日を明るく照らしてくれました。だからほんとにありがとうなのです」
──ああ、なんて愛おしいことを言ってくれるのか。あまりに愛おしくて、抱きしめたい気持ちがさらに高まる。なんならキスしたい。だけど我慢だ。
それでも京乃さんとの距離を少しでも近づけたくて、一歩前に踏み出した。彼女も同じ気持ちなのか、俺を見つめながら一歩近づく。
二人の物理的距離が二歩分近づいた。
お互いの気持ちが通じ合ってる気がして、心が躍る。
俺はもう一歩、京乃さんに近づいた。同じように彼女も……
「きゃっ……」
地面の凸凹に躓いて、京乃さんが前につんのめる。両手が宙をつかむように動くが、何もつかむ物はない。
──危ない、このままだと倒れてしまう!
俺はとっさに両手を広げて、さらに一歩前に出た。
黒髪の美少女が俺の胸に倒れ込んできた。可愛い顔が俺の胸にむぎゅっと押し付けられる。
彼女が倒れないように、俺は両手を華奢な背中に回して抱きかかえた。
おかげで彼女は倒れることなく、事なきを得た。
「大丈夫?」
「あ、はい……ありがとうございます」
なぜか京乃さんは、じっと顔を俺の胸に押し付けたまま答えた。
……そこで気づいた。
俺が背中に手を回して抱きしめてる。だから離れられないんだ。
「あ、ごめん! すぐに離れるよ……って、あれっ?」
京乃さんから身体を離そうとしたが、なぜか離れられない。
知らぬ間に京乃さんが腕を俺の背中に回して、がっちりとホールドされている。
「……え? あれっ? 京乃さん?」
顔が近い。吐息がかかる。
ドキドキする。嬉しい。マズイ。幸せ。
色んな感情がごちゃ混ぜになってヤバい。
「雄飛さん」
顔を近づけたまま、京乃さんが耳元で囁く。
間近で見る彼女の顔は、感極まった切なそうな表情をしている。
「わたし、あなたが好きです。好きです。好きです。好きです。大好きです」
「あ、ありがとう。俺も好きだ」
周りには誰も人がいない。だから思い切ったことを言える。
いや俺はもう既に、周りのことなんて気にならなくなっている。
この感情に歯止めが効かないのが自分でもわかる。ヤバい。ヤバいよ俺。
さっきまであんなに躊躇してたのに、我慢できなくなって、京乃さんの背中に腕を回してぎゅっと力を込めた。とうとう彼女を抱きしめた。
「あっ……」
すぐ耳の横で、可愛い彼女の吐息が漏れる。
切なげで、それでいて幸せそうな声。
そして……エロい。
「ごめん京乃さん。俺、もう我慢できない」
彼女の瞳を見つめた。
俺は「何を」とは言わなかった。
だけど京乃さんはコクリと頷いた。
今日はなんだか、俺たちはなんでも通じ合ってるような気がした。
──いいんだよな? 俺の勘違いじゃないよな。
黒髪の美しい少女が、ゆっくりと目を閉じた。
ああ、大丈夫だ。勘違いなんかじゃない。
俺は顔をさらに近づける。
ああ、長いまつ毛が綺麗だな。
この人が俺の彼女だなんて、なんて幸せなんだ。
そんな感慨に耽りながら、唇を彼女のピンクのソレに近づけた。
──ちゅ。
初めてのことだし、上手くできたのかどうかはわからない。
だけど確かに俺の唇は彼女の唇に触れて、そこからとても幸せな気持ちが俺の中に流れ込んできた。
*
それからしばらく俺たちは、目を閉じて互いに抱き合って、じっとしていた。
「幸せだ」
「わたしもです」
思わず俺の口から漏れた言葉に京乃さんも反応する。
この幸せな時間がずっと続くといいのに。
そんな思いが頭を支配していたが……
ふと目を開けると、遠くに、数人の人影がこちらに向かって来るのが視界に入った。
「誰か来た」
俺たちは慌てて身体を離した。
「さ、そろそろ帰りましょうか」
「そ、そうだね。これからあっという間に暗くなるだろうし」
「ですね。もう夕方ですもんね。夕方というと、それはもう夜の一歩手前ですもんね」
「だよね。夜の一歩手前だよね」
もう何を言ってんのかわからない。
あたふたしながら俺たちは、来た道を戻って行った。
また大芝生広場まで来たあたりで、二人とも少し落ち着いてきた。
さっきの訳のわからないやり取りを思い出して、すごくおかしくなってきた。
吹き出しそうになって、横を歩く京乃さんを見た。
「くすくす」
同じことを考えていたのか、彼女も笑いを堪え切れずに笑い出した。
「あははは」
安心して俺も声を出して笑う。
ああ、おかしい。
「うふふふ」
二人して顔を見合わせて笑う。
ここでも心が通じ合ってる感覚がする。嬉しい。楽しい。
やがて俺たちは公園を出て、駅から電車に乗った。
一駅目で、俺が先に電車を降りる。京乃さんはもう一駅向こうだ。
「じゃあまた明日。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
名残惜しいけど、また明日はバイトで会える。
手を振って、彼女が乗った電車を見送った。
こうして俺の人生初のデートは閉幕を迎えた。
今日のデートはホントに楽しかった。
公園を歩いて、カフェに入って、二人でおしゃべりした。
ただそれだけだと言ってしまえば、それだけのことだ。しかもたった半日の出来事。
だけど、それでも、今まで生きてきた中で、最も幸せな時間だったと言っても過言じゃない。
しかもまあ言うなれば、大人の階段を一歩昇った……的な?
あ、いや。今の恥ずい発言は無しでお願いします。
そして……また明日も京乃さんと会える嬉しさと、浜風さんと顔を合わせる気まずさと。
複雑な気持ちに挟まれて、人生最良の日を終えた。




