【第7話:まずは浜風さん】
「えっと……三人のうち誰が最初に……」
「はいはいっ! 最初はあたしね!!」
右手を元気に挙げて浜風さんが立候補した。目の前で大きな胸が揺れている。
やっぱり自信満々なのか。それとも何ごとも自分が一番でいたいプライドの高さなのか。
「わかったよ。じゃあ浜風さんからいこう」
一番手を勝ち得た美少女が大きく息を吸う。そして大きな声が店内に響いた。
「お帰りなさいませぇ~っ!」
「いやそこ『いらっしゃいませ』だろっ!!」
──どんな間違いすんだよっ!
我が校男子の憧れの的に、平凡男子の俺がツッコんで良いのか?
そんな疑問を持つ間も無く、つい反射的にツッコんでしまった。
「あっ、ご、ごめん! 緊張しすぎてやらかしちゃった!」
「もしかしてメイド喫茶でバイトしてたとか?」
「ううん。メイド喫茶って何?」
違った。緊張のあまり、マジで言い間違えたらしい。
メイド喫茶を知らない女子に説明するのは恥ずかしいからスルーしとく。
「ほら、早くお客様を席にご案内しなきゃ」
「あ、そーだね」
ばたばたとした足取りでお客様に近づく。
迫り来る美少女の顔を、お客さんは驚いた顔で二度見した。
迫ってきたのはアイドル並みに可愛い女子のメイド姿。
思わず二度見する気持ちは充分わかる。
「ど、どーぞ、座ってください! 遠慮しなくていいから」
「は?」
──カフェに来て、座るのを遠慮する客はいないな、うん。
客にドン引きされてるが大丈夫か?
「ご、ご注文はなににしますでしゅか?」
──噛み噛みだな。
「えっと、これください」
男性がメニューを指差した。
「ほ、ほろ苦い青春コーヒーですね」
つまり濃い目のコーヒーだ。
「えっと……ああっ!」
どうしたっ!? 大トラブル発生か!?
「伝票忘れた。えっと……」
──伝票持って行くの忘れたのかいっ!
浜風さんは慌ててこちらに振り向いたまま固まっている。
いつもあっけらかんとしてる彼女なのに、顔が引きつっている。
勢いよく一番手に立候補した割に口ほどにもない。
「おいおい、しっかりしてくれよな」
お客さんは眉間に皺を寄せてる。
さすがにイライラさせてしまったか。
ヤバい。とにかく助けなきゃ。
いや、でも……
この仕事の厳しさを味わせた方がいいかも。
そうすれば自分から辞めるって言うだろうし。
その方が俺も気楽に店長を続けられる。
「さっきからどんだけ失敗してるんだよ。いい加減にしてくれよ」
──いや、お客がキレかけてるこの状況でなに言ってんだ。
少なくとも今は俺が店長で彼女たちがスタッフ。
上司と部下とかじゃないとは言ったが、お客さんに嫌な思いをさせたままでいいはずがない。
俺はカウンターの上に置いたままの注文伝票とペンをつかんだ。
そして浜風さんが接客しているテーブルに急いで駆けつける。
「ほら」
「あ、ありがとう」
「大丈夫か?」
「あ、うん」
「落ち着いて行こう」
「……え?」
浜風さんは驚いた顔をした。
俺みたいな平凡男子がトップ3女子を励ますようなことを言ったのが、意外だったのかもしれない。ちょっと恥ずい。
「お客様。手際が悪くて申し訳ありません。彼女は今日がバイト初日なので、まだ慣れていないのです」
「え? ……あ、ああ。そうか」
「はい。一生懸命接客しますので、よろしくお願いします」
「そういうことなら、わかったよ。イライラしてすまなかった」
男性客の表情が緩んだ。よかった。
ふと横の浜風さんを見ると、元々大きな目をさらにパチクリと見開いてこちらを凝視している。
「ん? どうした?」
「や、別に……さんきゅっ」
浜風 鈴々は笑顔を見せた。さすがトップ3の中でも可愛さではナンバーワンの彼女。
満面の笑みはやはり相当可愛い。
少しはリラックスしたみたいで、その笑顔をお客に向けた。
「ほろ苦い青春コーヒーをお一つですね」
「はい」
「かしこまりましたっ!」
お客様も、美少女に笑いかけられて頬が緩む。さすが美少女パワー。
浜風さんは伝票に商品名を書き込み、無事に注文を取り終えた。
「ほろ苦い青春ひとつ!」
「はいよ」
キッチンにいる父に注文を伝え、とりあえずは任務完了だ。
「ああ、やっちったよ」
意外だった。とても意外だった。
人とのコミュニケーションは朝飯前って感じなのに、失敗を連発するなんて。
浜風さんって、おっちょこちょいなのか?
なのに自信満々で一番手に立候補するって、自信過剰だよな。
やっぱりプライド高すぎって噂は真実なのか。
「緊張しちゃったぁ」
「え? 浜風さんでも緊張するの?」
「んもうっ、秋月くんは、あたしをどんな鈍感キャラだと思ってんの? あたしだって自信のないことは緊張するよぉ~」
「自信がない? だって浜風さんは真っ先に手を挙げたから、自信満々なんだと思ってた」
「え? あ、ああ……あれはね」
急に浜風さんは声を潜め、俺の耳元に唇を寄せた。
「涼香ちゃんもみやちゃんも、こういうの苦手だからさ。まずはあたしが先にやって、なんとかなりそうだって二人を励ましたかったんだよね。でも大失敗だよ、あはは。まあ逆に二人とも笑ってたし、ちょっとは緊張がほぐれたかな?」
──そういうことだったのか。
自信過剰なんかじゃなかった。
プライド高い嫌な性格どころか、めちゃくちゃいい人じゃないか。
「浜風さんって、友達思いで優しいんだな」
「いやぁ、秋月くんに褒められちゃったよ。嬉しーな」
──え?
整った顔をくにゃりとさせて、心から嬉しそうな笑顔。
俺なんかに褒められただけで、こんなに嬉しそうな顔すんの?
「それと助けてくれてありがと」
「あ、ああ。どうってことない」
「もしかしたら助けてくれないかも……なんて思っちゃったよ。だって秋月くんはあたしたちがここで働くのをいい風に思ってないもんね」
俺の心の葛藤を見抜かれた気がしてドキリとした。
「そんなことないさ」
「ありがとう。さすが店長さんだ。頼もしい!」
「頼もしい?」
「うん。それに秋月くんがすっごく優しい人なんだってことがわかった」
「ふぁっ……」
言われ慣れないことを、しかもトップ3と呼ばれる美女に言われて、キョドってしまった。
単なるお世辞にこんなリアクションをしてしまうなんて、童貞男子の悲しき性でダサさ全開だよ。
──それにしても。
浜風さんが実はプライドが高くて嫌な人だなんて噂はまったくのガセで、とってもいい人だ。
今までとっつきにくいと思っていたのは、単なる俺の偏見だった。申し訳ない。
「えっと……次は誰が行く?」
京乃さんは大人しい人だし、きっと神ヶ崎が先に行くのだろうな。
そう思って神ヶ崎を見たら秒で睨み返された。
相変わらずクールな表情で怖い。
「わ……私が行きます」
横から意外な声が聞こえた。それは京乃さんだった。
大丈夫なのか……?