【第6話:俺が美女に仕事のレクチャー?】
「よし。じゃあ雄飛、店のことをお嬢様方に説明してあげてくれ」
「俺が?」
「当たり前だ。お前以外誰がいる?」
「親父もいるだろ」
俺が高嶺の花の女子達に仕事を教えるだって?
畏れ多すぎて嫌だ。
「ホールの責任者はお前だ。しかも同じクラスの友達だなんて好都合じゃないか」
「いや、だから友達と言えるほどの関係じゃないって」
「そうなのか?」
「ああそうだよ。同じクラスだけど、今までほとんど絡みもないし、友達とは呼べない」
みんなにもてはやされる高嶺の花にとって、俺は単に同じ教室にいるだけの存在だ。そういう意味では黒板消しと大差ない。
「なるほど、わかる。俺だって高校生の頃は女子と話すのも苦手で、クラスでは空気のような存在だったからなぁ」
遠い目をする親父。その視線の先は何を見ているのだ?
確かに親父は知らない人とのコミュニケーションは大の苦手で、俺の方がまだマシだ。
だけど『学園のアイドル』と呼ばれるほど人気者だった母と高校時代から付き合っていたらしいし、俺とは違うだろ。
「ねえねえ秋月くんっ! 誰が友達じゃないって?」
親父とひそひそ話をしていたら、いきなり背後からポンポンと肩を叩かれた。
振り向くとすぐ目の前に、二重でぱっちりとした瞳があった。
浜風さんが前かがみで覗きこむように顔を近づけている。
「うっわっ!」
思わずバネのように、後ろ飛びに跳ねた。
びっくりした。
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
いや驚くって!
なんでそんなに近づいてるんだよ。距離感バグってんのか。
女の子の顔をこんなに間近に見るのなんて人生で初めてだ。ドキドキする。
「だ、だってそうだろ。と、友達と呼べないよな。ほとんど絡みがないのは事実なんだだだし」
噛んだ。カッコ悪い。
「でもおんなじクラスだし、友達でいーんじゃない?」
「そ、そうなのか?」
俺には簡単にそうは思えないけど。
さすがコミュニケーション強者。
友達の定義の幅が広いようだ。
「それにこれから毎週バイトで絡むじゃん」
「それはそうだけど」
「あ、そっか。ここでは秋月店長と、あたしら従業員だもんね。友達ってよりか、上司と部下的な? うわ、なんか社会人みたくてカッコいいよね」
天真爛漫ガールと呼ばれるだけあって浜風さんって能天気だな。
こういうポジティブなところが可愛くて人気なのだろう。
「いや、俺たちは同級生なんだから、上司と部下なんて堅苦しく思わなくていいんじゃないかな。同じ立場ってことで」
「あ、そっか。そうだよね。仲間か!」
「あ……うん。そうかな」
俺には高嶺の花女子を、部下として扱えるほど強メンタルじゃない。
対等な立場のバイト仲間だったら、まだギリ耐えられそうだ。
俺なんかよりも彼女達の方がコミュケーションに長けてる。俺が教えることなんてほんの少しで済むに違いない。
そう考えたのだが──数分後には、そんな簡単な話じゃないことに気づくのである。
***
カフェのホール係はお客様をお迎えして、注文を取って、キッチンにいる父に伝える。
商品ができあがったらお客様のテーブルに運ぶ。お帰りの際にはレジで会計をする。
基本的にはシンプルな仕事だ。
とりあえず会計に使うレジの使い方や備品のある場所、それにメニューの内容や注文の取り方などを3人にレクチャーした。
ちなみに当店のメニューのいくつかは、母が名付けた恥ずかしいネーミングがある。
例えばこんな感じ。
・ほろ苦い青春コーヒー(ストロングブレンドコーヒー)
・二人の思い出パスタ(ミートスパゲティ)
・祐也君渾身のガトーショコラ
・祐也君イチ推しのイチゴショート
息子の俺からしたらバカップルすぎて恥ずい。だけど母の父への愛情があふれている。そしてメニュー表の文字は母の手書き文字。
それもあって亡き母が付けたネーミングを変える気にはならなかった。
お客さんにも時々ツッコまれるが、「面白いでしょ」の一言で「そうだね」と笑ってくれる。
しかしだ。
「へぇ、面白いネーミングだね!」
「まあな」
さすがにこれを同級生女子にツッコまれるのは、これまでと比較にならないくらい恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「ふぅーん……」
メニュー名を見て神ヶ崎は、なんだかお気に召さない様子。ふざけてると思われてるのだろう。
でも説明しても納得してもらえるかどうか不安なのでここはスルーしとく。
*
11時を迎えた。いよいよ開店だ。
3人は壁際に並んで立って、お客様の来店を待つ。
浜風さんは楽しそうな、にこにこ笑顔。
クールビューティ神ヶ崎は緊張しているのか、もしくはいつものクールさなのか、無表情だ。
おっとり控えめな京乃さんは自信がないのか、少し緊張した感じ。
それにしても──我が校屈指の美人が、メイド服姿で3人並んで立っている姿は壮観だ。
もしも写真を撮ってSNSに上げたら、激バズりして「可愛い」「綺麗」のコメントで溢れることは間違いない。
もちろんネットに安易に素顔の写真を上げるなんてしないけど。
「仕事に慣れてもらうために、お客様が来られたら、一人ずつ順番に接客してもらいます」
習うより慣れろという言葉がある。
とにかく実践を踏むことが上達の一番の近道だ。
だからそういうやり方をすることにした。
「せ、接客ってやっぱり難しいですよね? ……ちゃんとやれるかな」
京乃さんが不安そうな顔をしている。
確かに接客って難しい。俺だってまだまだ試行錯誤しているんだ。
「だいじょぶだよっ。接客なんて簡単簡単っ!」
「そ……そうでしょうか?」
浜風さんが両手でブイサインしてる。
接客が簡単なんてって、えらい自信だな。
コミュニケーション強者にとっちゃ、簡単に思えるんだろう。
その時自動ドアが開いて、中年の男性が一人店内に入ってきた。
さあ賽は投げられた。いよいよ記念すべき彼女たちの初接客が始まる。