【第59話:もしかして嫌われたかも】
**<雄飛side>
日曜日のカフェ・ド・ひなた。
その日は特にいつもと変わらない感じで開店した。
順調にお客様が来ていただき、いつもどおり俺も女子たちも忙しく動き回っていた。
「あっ……」
俺が仕上がったドリンクをトレイに載せて、キッチンからホールに出ようとした時だった。
逆に客席から食器を引き上げてキッチンに戻ってきた京乃さんと鉢合わせた。
「ひゃんっ! ゆゆゆ、雄飛さんっ! だだだ大丈夫ですか!?」
危うくぶつかるところ……というほどギリギリな状態ではなかった。
なのになぜか京乃さんはとても慌てている。
彼女はバイト当初は慌てることもよくあったけど、慣れてからはいつも落ち着いて仕事をしている。
なのに今は、不思議なくらいにテンパってる。どうしたんだ?
「俺は大丈夫だよ。京乃さんこそ大丈夫? 何かあった?」
「いえ、色々ありましたけど何もありません」
「え?」
どういうこと?
「あ、いえ。気にしないでください、大丈夫です。ホントになんでもありませんから。雄飛さんこそ大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫だ。気遣いをありがとう」
「いえ。それはよかったです。では」
京乃さんは逃げるようにして、キッチンの中に入って行った。
俺と話してる間中、表情は固かったし、あまり話したくなさそうにも見えた。
どうしたんだろ。俺なにか嫌われるようなことをしたかな。
もしかして京乃さんに嫌われたのかもと思うと、胸がきゅっと苦しくなった。
なんだろう、この気持ち。
彼女はカフェ・ド・ひなたの大切なスタッフだし、今では学校でも最も仲の良い友達の一人だ。だから嫌われたくないのは当然。
だけどなぜか、それ以上の感情に包まれた。
京乃さんが俺を頼りにしてくれた時の顔、俺に優しくしてくれた時の態度、俺に親しげにしてくれた時の表情がふと頭に浮かぶ。
彼女の姿には、いつも癒されるんだよなぁ。仕事でも苦しい時に、何度京乃さんの優しい笑顔にやる気をもらったか。
やっぱり彼女に嫌われたくない。
そんな気持ちが、自分で思うより強いことに気づいた。
客席から引き上げた食器を早く洗おうと急いでるんだよな。そう信じたい。
──あ、そんなことをゆっくり考えている場合じゃない。お客さんにドリンクを出さなきゃ。
俺は慌てて仕事に戻った。
「お待たせしました。『ほろ苦い青春』でございます」
男性の一人客にコーヒーカップを差し出す。
このメニューはストロングブレンドコーヒーだ。
このカフェのオープン時に、母が考えたメニュー名。
他にも、
『二人の思い出パスタ(ミートスパゲティ)』『祐也君渾身のガトーショコラ』『祐也君イチ推しのイチゴショート』などなど。
メニュー表にはバカップル丸出しのメニュー名がずらりと並ぶ。
いずれもお客さんには評判なので、母のセンスはイケてるってことだ。
俺がお客様にコーヒーカップを差し出すために、少し前かがみになった時。
お尻に誰かがドンとぶつかった。
「あ、ごめん……よそ見してたら、ついぶつかっちった」
後ろから聞こえたきたのは浜風さんの声だ。
振り向くと、ダスターを手にした浜風さんだった
飲み物や食べ物を持っていたらこぼしていたところだが、ダスターしか持っていないから、特に事故は起きていない。
なのになぜか、とても慌ててぺこぺこと頭を下げている。
「大丈夫だよ。気にすんな」
いつもあっけらかとしているハーフ美少女が、なぜだか恐縮した感じ。
しかもこちらが笑いかけたら、目をそらされた。
「あ、うん。じゃあ」
浜風さんはそそくさと俺から離れて、さっき帰ったお客さんのテーブルを拭き始めた。
表情が固いし、なんだかよそよそしい感じだ。
俺なにか彼女に嫌われるようなことをしたかな……?
また胸がきゅっと痛くなる。
いつも明るく笑う浜風さんの笑顔が、あっけらかんとした可愛い態度や仕草、そして見ているだけで楽しくさせてくれる言動が頭に浮かぶ。
浜風さんの明るさには、ホントにいつも元気をもらっている。学校でもお店でも、彼女のおかげでやる気と勇気をもらっている。
さっき京乃さんに感じたのと同じように、浜風さんに対しても嫌われたくないって気持ちが強いことを自覚する。
彼女たちは俺のお店のスタッフだし、クラスメイトだ。だからもちろん嫌われたくはない。
それにしたってここまで胸が苦しくなるのは、自分でもホント不思議だ。
この感覚。今まで感じたことのない気持ち。
俺にとって京乃さんも浜風さんも、自分で思っている以上にとても大切な存在になっている。
そんなことに気づいた。
今までこんな気持ちになったことはない。
もしかして俺は……
「いらっしゃいませ~っ!」
「いらっしゃいませ!!」
彼女達の元気な声に、現実に引き戻された。
お客様が何組も来店された。
気がつくともうランチタイムだ。
変なことを考えていると、接客に差し障りがある。
仕事に集中しなきゃ。
急激に忙しくなって、彼女たちになにかあったのかということに気を揉む余裕もなくなり、それから俺は仕事に没頭した。




