【第56話:互いに羨ましがる二人】
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翌朝。”今までどおり”の一日が始まる。
雅も鈴々も既に登校している教室に、雄飛が入ってきた。
「おっはよー雄飛くん!」
鈴々が満面の笑みを彼に向ける。そして駆け寄る。
まるで帰宅した飼い主を迎える愛犬みたいに、フリフリする尻尾が見えるようだ。
「お……おはよう」
ハーフ美少女の犬のような勢いに気おされて、雄飛はのけぞった。
様子を見て、近くにいたイケメン足立が素早くツッコむ。
「おいおい、鈴々。秋月が嫌がってるぞ」
「え~っ? 嫌がってないよぉ。ね、雄飛くん!」
「も、もちろん嫌がってなんかないよ」
「その言い方は嫌がってる言い方だ。な、秋月!」
「こらあ、足立君。無理やり嫌がってる方に持ってかないの!」
「あはは、すまんすまん鈴々! お前をからかうと面白いからさ」
「んもうっ、ひどいよ足立君、プンプンっ」
両手を腰に当てて、頬をぷくっと膨らませる。
整った顔のハーフ美少女が見せるこんな表情は、そりゃもう可愛くて可愛くてたまらない。
同性にも関わらず、雅はそう思う。
──ああっ、雄飛さんだって、こんなに可愛い女の子を間近に見たら、そりゃもう好きになっちゃいますよね……ズルいです、りんちゃん。
それにとても楽しそうな鈴々。
──ああ、羨ましい……
もうすでに鈴々に彼を取られたような気分になってしまう。
雅は朝から、ちょっと寂しい思いに包まれた。
***
昼休みのことだった。
弁当を食べた後、雅はコーヒーを飲みたくなって、校舎の1階にある自販機の所に来た。
「あ、雄飛さん」
そこには先に彼が来ていて、ちょうど買った飲み物が自販機から出てきたところだった。
ガコンと音が鳴り、取り出し口から雄飛が缶を取り出した。
「ああ、京乃さんも飲み物買いに来たの?」
「はい」
「じゃあどうぞ」
雄飛が自販機の前を空け、今度は雅が飲み物を買う。
彼女が商品を選び、ボタンを押すのを横で見ていた雄飛が言った。
「俺と同じだ」
「え?」
自販機から取り出した缶を目の前に出すと、確かに彼もまったく同じ商品を手にしていた。
それは甘いミルクコーヒー。
「ホントですね。てっきり雄飛さんは、高級豆を使用したブラックコーヒーとかを飲むのかと」
「確かにカフェではコーヒーを淹れるのにこだわってたからね。そういうイメージを持たれるのもわかる。けど缶コーヒーは、この甘ったるいのが好きなんだよね」
「へえ、わたしも同じです」
「そっか。気が合うね」
彼の何気ないひと言。
しかし二人の気が合うなんてセリフを、彼の口から聞くことができるなんて。
この上なく幸せな気分が彼女を包んだ。
雄飛はその場で缶の蓋をカチリと開けて、ごくりとひと口、喉に流し込んだ。
「うん、美味い!」
予想以上に幸せそうな緩んだ顔をした雄飛に、雅も幸せな感覚に包まれる。
「じゃあわたしも、ここで飲んでいきますね」
「え?」
なんとなく、雅のような清楚な女子は、室内に戻ってから飲み物を飲むものだと思い込んでいた雄飛は意外に思う。
雄飛と同じ動作でプルトップを開けて、雄飛と同じ動作でひと口コーヒーを飲む雅。
想いを寄せる彼の動作を、無意識のうちになぞっているのかもしれない。
「ぷはっ、美味しいです」
「なにそのビールを飲んだみたいな反応は?」
「え? そ、そうですか?」
「もしかして京乃さんって、将来はお酒好きになるのかな?」
「えぇ~っ? わたし、そんな不良に見えますか?」
「いや、将来大人になってから酒好きになっても、不良じゃないでしょ」
「あ、確かに。わたしったら変なことを言いましたね、うふふ」
「ホントだね、あはは」
何気ないやり取りであるけど、こんな空気感がとても楽しい。
──今のわたし、幸せホルモンがドバドバ放出されてる?
なんてことまで頭をよぎる雅である。
雄飛の方も楽しそうで、二人は教室に戻るのも忘れて、しばらくその場で楽しく雑談を続けた。
そこにたまたま、少し離れた所を鈴々が通りがかった。
遠目にも雄飛と雅がとても楽しそうに雑談をしているのがわかる。
しかもなんとなく、まったりと柔らかな雰囲気なのが伝わってくる。
──ああ、雄飛君とみやちゃん、二人とも幸せそうな笑顔してるなぁ。いいなぁ。妬けるなぁ。
みやちゃんって、ああいう清楚で安心できる感じがすごく可愛いよね。羨ましいよ。
あんな女の子が近くいたら、そりゃもう好きになっちゃうよね……ズルいよ、みやちゃん。
今度は鈴々が羨ましがる。
それこそ朝に雅が鈴々に対して思っていたこととまったく真逆な立場で鈴々が思う。
しかし嫉妬にまみれたり、相手に嫌な感情を持つことはなかった。
二人の女子がお互いに相手のことを、とても可愛くていい人だと評価しているからこそだろう。
──そんな二人の恋のライバル模様であった。
こんな日々が何日か続いた。
雅と鈴々は先日話し合ったように、しばらくは今までどおりの関係でいようと考えていた。
しかしその翌日──そうも言ってられない出来事が起きたのである。




