【第53話:雅のジェラシー】
「ふふふ〜ふん♪」
スーパーからの帰り。
横を歩く清楚美少女が珍しく鼻歌を奏でている。
「なにかいいことあった?」
「え? あ、いえ……えっと……」
これは京乃さんも無意識だったようで、顔全体を真っ赤にして、しどろもどろになった。
「あ、そういえば……新婚さんの買い物って、こんな感じなんでしょうか?」
「え?」
いや、京乃さんはメイド服姿だ。絶対に新婚には見えないだろ。
新婚の奥さんにメイド服を着せる夫なら、俺、相当ヤバいやつってことになる。
……なんてことが頭に浮かんだ。笑える。
「あ、いえいえ、違うです。わたしったらいったい何を言ってるのでしょうか。深い意味はありません。ごめんなさい」
顔をぶんぶん横に振っている。
鼻歌を指摘されたのがよっぽど恥ずかしかったんだろう。動揺させてしまって大変申し訳ない。
「こちらこそごめんな」
「え? 何を謝ってるのですか?」
「いや、なんとなく」
「そう……ですか。ふふふ」
「どうしたの?」
さっきまで慌ててたのに、笑いだすなんて。
何がツボにはまったんだ?
それとも、やっぱり何かいいことがあったのかな。
「いえ……ホント、お買い物ってなんだか楽しいなぁと思いまして」
「そっか。それは良かった」
トイレットペーパーとボックスティッシュを買うだけなのに、そんなに楽しいなんて、京乃さんって変わってるな。
「あ、そうそう雄飛さん」
「ん?」
「あのですね。この前わたし、気づいちゃったんですけど──」
その後もお店に帰るまでの間、京乃さんはいつになくご機嫌で、珍しく饒舌に色んな話をしてくれた。
清楚で大人し目だと思っていた女の子がこんなに楽しそうに話してくれる姿。
それはとても可愛くて、そして嬉しい気分にさせてくれた。
◆◇◆<TOP3美女side>
「ああ、もうっ、わたしったら、ちょっと攻めすぎちゃいましたよね……」
買い物から戻り、トイレにペーパーをセットしながら雅はつぶやいた。
身体をうねうねとくねらせて、恥ずかしさに身悶える。
顔が火照って暑い。
偶然を装って、頬が触れそうなくらいに顔を近づけたり。
新婚みたいな雰囲気だとアピールしてみたり。
言った後に恥ずかしさがマックスこみ上げてきて、深い意味はないとごまかしたけれども。
もちろんあれは、たっぷりと意味を込めた発言だったのである。
そもそも雄飛と一緒に買い物に行くチャンスを逃してなるものかと、積極的に行動した結果、二人きりのお買い物というシチュエーションを手に入れた。
そこからして、普段の雅からは考えられない攻めた行動だった。
「さあ、今日もがんばりましょう!」
一人で作業をしながら、雅は恥ずかしさを誤魔化すように独り言を発した。
もちろん仕事を頑張るという意味であるが、それと同時に雄飛との関係を深めることも。
雅がそんなことを思う中、café de HINATAは本日の営業を開始した。
***
「雅ちゃん、そろそろキッチンの方をお願い!」
ランチの時間が近づいた頃、父の祐也がキッチンからホールに向かって声を出した。
ランチタイムを中心としたフードの注文が増える時間帯は、雅がキッチンを手伝うというのが、すっかりこの店の標準的なオペレーションになっている。
「あ、はい……もうそんな時間ですか」
いつもはすんなりとキッチンに入ろうとするのに、なぜかちょっと名残惜しそうにホール内を見回す雅。
その視線の先には、注文のドリンクをトレイに載せて、客席に運ぼうとしている雄飛がいた。
少しでも彼の近くで仕事をしていたい。彼の姿が目に入る場所に居たい。
そんな乙女な気持ちが、雅の行動を鈍らせる。
その時、ふと振り返って目が合った雄飛が笑顔を浮かべた。
「いつもありがとう。料理の手伝い、よろしくね」
「は……はいっ!」
大好きな彼にあんな笑顔で頼まれたら、それはもう積極的に動くしかない。
「無意識にあんな笑顔を向けるなんて……雄飛さんはズルいです」
雄飛には決して聞こえない小さな声で呟いた雅は、赤らめた顔を隠してキッチンに移動した。
***
お昼時のキッチンの仕事は超忙しい。他のことに気を取られている暇はない。
真面目で誠実な雅は、目の回るような忙しさの中、必死に料理作りの手伝いをした。
「ふぅ~これで、ようやくひと段落だ」
マスターが最後のランチセットをカウンター越しに涼香に手渡して、大きく息を吐いた。
「ありがとうな雅ちゃん。ホールの方に戻ってくれていいよ」
「いえ、マスターこそお疲れさまでした」
雅はひと息ついて、キッチンからホールに移動した。
そこには近い距離で何やら会話をしている雄飛と鈴々がいた。
「ねぇ、ねぇ雄飛くん! あのね、さっきの接客はすごかったね」
「え? いや、普通だろ」
「だってあの男子4人組、全員すごく早口で注文したじゃん。なのに雄飛くんたら、完璧にオーダー受けてた!」
「だからあれくらい普通だって」
「いやいや、あたしからしたら尊敬しかないし」
いつになく、とても楽しそうな表情の鈴々。
雄飛を見つめるその瞳は潤んでいる。
彼の方も楽しそうな顔をしている。
そんな二人の姿に、雅は胸の奥がきゅっと絞めつけられた。
これはやっぱり、どう見ても……鈴々も雄飛を好きだ。
好き好きオーラ全開。そうとしか思えない。
さすがフランス人とのハーフである鈴々は、同性の自分から見てもとても可愛い。
羨ましい。胸がモヤモヤする。
キッチンから出てきた雅に気づいた雄飛が声をかけてくれる。
「京乃さん、お疲れ様。ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
雄飛に労われるだけで嬉しい。
もう少しお話をしていたいところだけど、彼は父親と何やら打合せがあると言って、キッチンの方に消えて行った。
「みやちゃんお疲れ! キッチンご苦労様!」
雅の心の内にまったく気づかない鈴々が、満面の笑みを向ける。
そんな無邪気さが、また雅には羨ましい。
「あ、いえ。りんちゃんこそ、忙しいホールのお仕事お疲れ様です」
「いやいや、みやちゃんは他の人ができないキッチンをしっかりやってくれてるんだからさ。マジ感謝しかないよ」
真剣な眼差しでそんなことを言うなんて。
さっきまで恋敵としてモヤモヤしていた気分で見ていた鈴々が、すごく良い子すぎてもう感情がぐちゃぐちゃになる。
「りんちゃんはズルいです」
「へ? なにが?」
「いえ、別に」
「そっか」
鈴々は特に何か疑うでもなく、再び満面の笑みを浮かべる。
りんちゃんはホントに良い子だ。
でもわたしは、雄飛さんへの恋心を諦めるわけにはいかない。
──そうだ。りんちゃんに、わたしは雄飛さんのことが好きなのだと言おう。
そう。先手を打てば、鈴々が身を引いてくれるかもしれない。
雅はふとそんなことを思いついて、気持ちを落ち着かせるために、ひとつ大きく深呼吸をした。




