【第52話:京乃雅は積極的にいく】
◆◇◆<雅side>
──雅は思った。
わたしは雄飛さんのことが好きです。できればこの恋を叶えたい。
──だけど雅は気づいてしまった。
「りんちゃんも、きっと雄飛さんを好きですよね。すごく恋する乙女の顔をしてました」
今までも、もしかしたらそうかも、と思うことは何度かあった。だけどそんなことはないと、自分に言い聞かせていた。
けれどもこの前から鈴々が急に雄飛を名前呼びし、今朝も積極的に彼に近づく姿を見て、雅は確信した。確信してしまった。
遠慮がちで、自分から積極的に動くのは苦手な雅。
ましてや友達と、何かを取り合うなんて絶対に性に合わない。
今までも、友達と欲しいものが偶然被るようなことがあれば、いつも雅が譲ってきた。
そういう性格なのだ。
だから鈴々が雄飛を好きだと気づいてしまった今。
自分の恋を叶えたいという思いは、諦めるしかない。
「そう。私は雄飛君のことを諦め……」
今までの雅なら、間違いなくそうだった。
だけど今回だけは──ずっと長い間思いを寄せ続けた雄飛のことだけは。
「……たくないです!」
つい無意識のうちに、強い想いが口から洩れていた。
「え? どうしたの、みやちゃん」
「あ、いえ……なんでもないです」
しまった。あろうことか鈴々本人に、心の声を聞かれてしまった。
ここで雅はようやく、開店準備で店内掃除の最中だったことを思い出した。
「ホント? 体調悪いんなら、あたしが代わりにてんちょーに言ったげるよ」
本当に心配そうに雅の顔を覗き込む鈴々。
──ああ、これだからりんちゃんってば。
こんなに優しい友達を恋敵として、本気で戦えるのだろうか。
雅は不安になる。
だけれども。
かと言って。
やっぱり彼を諦めたくない。
葛藤に挟まれながら、雅は思う。
──雄飛さんを好きという気持ちを大切にしたいです。そして彼にわたしをもっと知ってもらいたいです。
その結果、わたしのことを好きになってもらえるなら、それが自分にとって一番。
だからがんばります。
「ありがとうございます、りんちゃん。でも本当に大丈夫です。必要な時には、私は自分で、自分の言葉で雄飛さんにちゃんと伝えますから」
「そっか。わかったよ」
しっかりと答える雅を見て、鈴々は嬉しそうにほほ笑んだ。
雅の言葉が、体調のことを言ってるのだと信じ込んだまま。
***<雄飛side>
「しまった。トイレットペーパーとボックスティッシュの在庫がない!」
新しいのを出そうと物入れを覗いたら、すっからかんだった。
マジかよ。開店までもう30分もない。
でもまあ、近所のスーパーまで徒歩10分くらい。往復しても充分間に合う。
「親父。ちょっと買い物行ってくるわ」
事情を説明したら、親父は心配そうな顔をした。
「一人で全部持てるか?」
「大丈夫だろ……多分」
いつも大量にまとめ買いをするから、ギリ大丈夫かな……って感じ。
「あ、わたし一緒に行きます」
間髪入れずに言ってくれたのは京乃さんだった。助かる。
「おっ、雅ちゃん、積極的だね!」
「あっ、いえ……」
「親父。せっかく親切に言ってくれてるのに茶化すなよ」
ほら、京乃さんが真っ赤になっちゃったじゃないか。バカ親父。
「あ……でもカフェの制服着たまま表に行くの大丈夫?」
メイド風の制服着て表を歩くなんてコスプレみたいだ。恥ずかしくないのかな。
「それは大丈夫です。だってこの制服、可愛くて大好きですし」
「そっか。それならよかった。じゃあお願いしようかな」
俺がうなずくと、京乃さんはなぜか「よしっ」と小さく呟いた。
よっぽどこの制服で表を歩きたかったようだ。
「なら、あたしも行く〜!」
出た。天真爛漫ハーフガール。
遊びに行くみたいなノリで言わないでくれ。
こっちは仕事なんだよ。
「二人もいれば充分だよ。そこまで荷物の量はないし」
「ええ〜っ!?」
「なんでそんなに残念そうな顔をするんだ? もしかして、お買い物が大好きなのか?」
「いや別に、そういうわけじゃないけど……」
今は開店準備で忙しい時間帯だ。
「とにかく浜風さんは、開店準備の続きをしててくれ」
「……はぁい」
何だか不服そうだな。
もしかしたらこの子も、メイドデザインの制服で表を歩きたかった口か?
ほっぺを膨らませた女の子を置いてくのはちょっと忍びないけど、仕事なんだから仕方ない。
そう思いながら店を出て、京乃さんと二人で近所のスーパーに向かった。
***
「あった。ここだな」
トイレットペーパーもボックスティッシュも、何種類かある。
でもまあ、こんなのどれでも大差ないだろ。一番安いやつにしとこう。
トイレットペーパーが積まれている棚から、腰をかがめて、最もお買い得な商品を引っ張り出そうと手を伸ばした。
「ふむふむ」
すぐ隣で声がしたから目を向けた。俺と同じような姿勢で商品棚を覗き込む京乃さんだった。
熱心にトイレットペーパーを見つめる彼女とは、頬が触れそうなくらいの距離。艶々とした肌から、熱が伝わる気がした。
「ふわっ……」
こんなに至近距離で女の子の顔を見るなんて、人生初めてだ。
一気に心拍数が跳ね上がる。
キスする時って、こんな感じなんだろうか……って、俺はなんと失礼なこと考えてるのか。
真面目な京乃さんに申し訳ない。
その清楚美少女は、あまりに熱心に品定めをしているせいで、俺との距離に気がついていないようだ。
この隙に、ちょっと距離を取ろう……と思って、体を少し離そうとした時。
「トイレットペーパーはこれにしましょう」
言いながら、京乃 雅が横を向いた。
「やっぱりこの方が肌触りがいいですからね、雄飛さん」
──あれっ? 息がかかるほどの距離なのに、京乃さんはなんら気にすることなく、俺に話しかけた。
もしかして、こんなに至近距離になっていたのを、わかっていたのかな?
「あ、ああ。そうだね。じゃあこれにしよう」
「はい。じゃあボックスティッシュはこれで」
普段の京乃さんだったら、男子とこんなに顔が近づいたら、きっとあたふたしてるはずだ。
なのになぜ、こんなに普通に振る舞っているんだろうか。
俺の方は相変わらずドキドキがなかなか収まらないのに。
──あ。やっぱ俺が、異性として見られていないということだよな。
そんなに自分を買いかぶるつもりなんて全くないけど。
うーむ……それにしたってちょっと悲しいな。




