【第51話:神ヶ崎の意外な言葉】
「なんでみんな、俺を下の名前で呼んでるの?」
「満場一致で可決しました!」
「浜風さん、なにそれ? 国会かよ」
「へへ~っ、頭よさそうに聞こえるでしょ」
「いや、別に。しかも俺の質問には何一つ答えてないんだけど?」
相変わらず、答えが斜め上の浜風さん。
これは、なかなか話が前に進まないなと、長期戦を覚悟した。だけど幸いにも横から京乃さんが助け舟を出してくれた。
「それはですね雄飛さん。わたしたち、やっぱりもっと秋月さんとの距離を縮めたいね、という話になったのです」
京乃さんは他の二人にアイコンタクトを送った。
ということは、まさか神ヶ崎も……?
そう言えば、このクール美女もさっき俺を下の名で呼んだよな。
「そうね。雅の言うとおり」
やっぱり。あまりに意外過ぎて、呆然と神ヶ崎の顔を見てしまった。
「どうしたの? その希少生物を見たような顔は?」
「あ、いや……意外だなと思って」
しまった。もう少しオブラートに包んだ言い方の方が良かったかな。
一瞬後悔したが、彼女は意外にも機嫌を損ねることなく、苦笑いした。
「そうね。私も自分でも意外だわ」
なるほど。三人とも、店長である俺に気遣ってくれているんだな。
「そっか……みんなありがとう」
美女三人は俺を囲むようにして笑顔を向けている。
そうだ、アレのお礼も言わなきゃな。
「それに人気総選挙。三人とも俺に投票してくれてありがとう。同情票とはいえ、まさか人気投票で三票も入るなんて、俺の人生では二度とないことだ。いい思い出になったよ」
「は?」
「浜風さん。なんできょとん顔?」
「だって同情票じゃないし。マジひょんだから」
──マジひょん? なにそれ。面白い。
どうやら『マジ票』って言いたいのを噛んだらしい。
「そうですよ。同情でも義理でもなくて、真剣に投票しましたよ」
「まあ、そういうことね」
TOP3美女の顔を順にぐるっと見回す。
うん、三人とも超絶美人だな……ってそうじゃなくて。
三人揃って真剣な表情。どうやら本当に冗談でも同情でも義理でもないらしい。
「マジか……?」
「なんでテンチョーがそんな呆然としてるのよ」
「いやだって、完全に同情票だと思ってたからさ」
「なんでよ。あたしたち、みんな雄飛君のこと信頼してるし、いい人だと思ってるんだよ」
「そうですよ。自信持ってください」
みんなそんなことを言ってくれて……嬉しい。けれども照れる。
「ありがとう、三人とも」
「よっ! この人気者っ! 憎いねっ!」
いや、だから浜風さん。あなたはハーフ美少女でしょ。
なのになんですか、その江戸時代みたいなノリは。
そんなノリだから、言われたことをそのまま信じていいのかどうか、イマイチ不安なんだよなぁ。
***
俺は、今日やりたいと思ってることがある。
それは人気女子総選挙のせいで、プライドを傷つけられているであろう神ヶ崎をフォローすることだ。
他の二人に完敗したら、間違いなく落ち込む。
表面的には平気なフリをするが、本音では傷つく。
──神ヶ崎ってそういうヤツだ。
俺はそう思ったから、あの時神ヶ崎に投票した。
結果、浜風 鈴々9票、京乃 雅の8票に対して、神ヶ崎 凉香は2票で3位だった。
最悪の0票や1票は避けられたが、それでもやはり他の二人に水を開けられたのは確かだ。
だからなんとかフォローをしたいとは思っているのだが……
いったいどんな言葉をかけたらいいのか、ずっと考えている。
だけど結局、バイトの開始時間を迎えた今も、まだ良い答えが見つかっていない。
変に慰めるようなことを言ったら、彼女のプライドを傷つけてしまうよなぁ……と思うと、慎重にならざるを得ない。
そんな中、俺がたまたま倉庫を整理していたら、神ヶ崎が一人で中に入ってきた。
掃除用のダスターが切れて、取りに来たらしい。
話しかける言葉が見つからないから、ちょっと気まずい。
「あ、えっと、神ヶ崎……元気?」
「は? どうしたの? 熱でもある?」
「なんでだよ」
「秋月……雄飛君が、そんなことを言うのが初めてだから」
ああ、いきなり不自然さがバレた。
俺って、うまくごまかすのはホント苦手だよなぁ。自分でも情けない。
「あ、いや……ところで俺の名前、呼びにくいなら今までどおり『秋月』でいいよ」
「ん……別に呼びにくくはないから気にしないで」
「そっか……」
そう言いながらも、やっぱり呼びにくそうだよな。
なのに、なぜあえて名前呼びに挑戦してるのか?
なんのチャレンジ精神だよ。
「そんなことより雄飛君。クラスの人気総選挙で私に投票してくれてありがとう」
あまりに突然でびっくりした。
うまくごまかさなきゃ。
「な、何のことかな?」
「誤魔化さなくていいわよ。ちゃんとわかってるから」
やっぱ俺って、ごまかすのは苦手だ。すぐに見抜かれた。
「首謀者の小山に優しく訊いたら、素直に吐いた……いえ、教えてくれたの」
ああ、そういうことか。俺の態度を見抜かれたわけじゃないらしい。
それ、優しく訊いてないよね。
きっと、結構な圧をかけたよね。
想像したら背筋が凍る。
「忖度、もしくは優しい気遣いをありがとう」
神ヶ崎は自分が投票されるはずはないと思い込んで、俺の投票が気遣いだと決めつけてる。……まあ、そうなんだけど。
でもここは、きっぱりと否定しよう。
嘘も方便という。
彼女のプライドを傷つけないために、俺は嘘をつく。
「そうじゃない。本気で人気投票として神ヶ崎に入れたんだよ」
「ホントに?」
俺の心中を覗き込むように、神ヶ崎はじっと目を見つめてくる。
もしかしたら本心を気づかれるんじゃないかと、心臓が激しく鼓動を打つ。
だけどここは、ごまかし下手になったらダメなところだ。
俺は、稀代の詐欺師にでもなったつもりで、平静を装う。
「ああ、もちろん」
「ふぅーん……ということは、雄飛君は、私のことを好き、だと」
通った鼻筋。切れ長の目。整った顔。
神ヶ崎が珍しくニヤリと笑って、言った。
たぶん冗談なんだろうと思う。
だけどそんな彼女の態度は、俺の顔を熱くさせるには充分だった。
「あ、いや……」
そんなことはない。
そこまで言いかけて思い直した。
否定したら、せっかく『本気で投票した』と言ったことが嘘になる。
これはきっと、神ヶ崎が俺に本音を言わせるためのトラップだ。
だから照れることなくさらっと返事をすべきだ。
「うん、そうだよ」
まさに清水の舞台から飛び降りる思い。
一世一代の思い切りで、そう言い切った。
めっちゃ恥ずい。
だけど、視線を逸らしたい気持ちを必死で抑えて、彼女の美しい顔を見続けた。
「あ……そ、そうなの。意外だわ。でも……ありがとう」
反対に神ヶ崎の方が先に視線を逸らした。
心なしか、頬がピンク色に染まったように見える。
──勝った。
いったいなんの勝負だよ。わけわからん。
自分で自分の振る舞いに笑いそうになる。だけどそれを必死で堪えて、冷静な振りを続ける。
「開店準備に戻ろうか」
「そ、そうね」
俺達はお互いに少しぎごちない態度で、仕事に戻った。




