【第47話:人気女子総選挙】
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ある日の朝。俺は学校に向かって通学路を歩いていた。
朝見たら自転車がパンクしていて、仕方なく歩きで登校することになったのだ。
「はぁっ……今日は朝からツイてないな」
歩きながらため息をついたら、突然誰かに背中をバシンっと叩かれた。
「ため息ついたら、幸せが逃げていくぞぉ~! ほら、元気出してよ雄飛君! おはよーっ!!」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
学校一可愛いと評判の天真爛漫ガールだった。
おはようと返事をしようとしたが、背中を叩かれたせいで挨拶の代わりに咳が出た。
「あああ、ご、ごめん! だ、大丈夫っ?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど」
通学途中に女子に絡まれるなんて。しかもボディタッチ付き。
俺が在学中にそんな陽キャなイベントが起こるなんて、以前なら想像すらできなかった。
しかも相手はTOP3美女と呼ばれる、我が校屈指の美人。
「どうしたのよ、ため息なんかついて」
「通学用のチャリがパンクしてさ。だから仕方なく今日は徒歩通学」
「ああ、そりゃ確かに災難だわ」
浜風さんは腕組みをして、コクコクとうなずいている。
腕の間からこぼれ落ちそうな巨乳に目が行きかけて、視線を引きはがした。
それにしてもこの人は朝イチから元気だな。さすがだ。
……ん?
さっきの会話のやり取りの中で、何か違和感があった。
なんだろう?
「まあそういうこともあるよ。今日の雄飛君にいいことがありますように! あたしが願掛けたからだいじょーぶ!」
──え?
「雄飛……くんって? 呼び方変えた?」
ちょっと待って。女子に名前呼びされるなんて恥ずかしすぎて学園生活に支障が出る。
いや……教室内で秋月っちなんてイタい呼び方されるよりもマシか?
「あはは、バレたか」
「そりゃバレるだろ」
なぜバレないと思った?
「だってさ、秋月っちって文字数多いじゃん。合理化推進のために文字数削減いたしましたっ!」
「なんか経営合理化みたいに言ってるけど、『秋月っち』と『雄飛君』なんて1文字しか変わらんだろ。『雄飛』なら文字数半減だけど」
「はるほどっ! じゃあ雄飛って呼ぶよ」
「待て待て待てっ! さすがに下の名呼び捨てはやめてくれ!」
「なんで?」
「なんでって……浜風さんみたいな陽キャは異性を名前呼び捨てなんて、大したことじゃないんだろうけど。俺の感覚では、そんなのは幼馴染か恋人同士しかないんだよ」
「なるほど。じゃあ名前呼び捨ては、恋人になってからにしてくれってこと?」
「そうそう……って、はあっ!? そうは言ってない」
俺と浜風さんが恋人同士になんてあり得ないのに、なんだよその冗談は。
そう言えば陽キャのやつらって、そういう冗談も平気で口にするよな。
俺には刺激が強すぎるからやめてほしい。
「じゃあ幼馴染になってからにしてくれってこと?」
「今から幼馴染になるのは不可能では?」
「だよねーっ、あははっ!」
やっぱわざとか。
ホント天真爛漫だよなぁ、この人。
「それなら『秋月』でいいじゃないか。そもそも『っち』なんて付けてるのは浜風さんだけだよ?」
「それはできないのだよ雄飛君」
「なんで?」
「なんでって……なんとなく」
「なんじゃそれ」
どこが合理化なんだよ。なんとなくなんて、非合理の極みじゃないか。
でもこれ以上議論するのも疲れる。せめて『雄飛』呼びを阻止できたら良しとするか。
「わかったよ。じゃあ『雄飛君』で手を打とう」
「りょっ。さすてん!」
了解、さすが店長──ってか。
そこは思い切り略すんだな。
朝からわけのわからない会話で疲れた。
気がついたらもう教室の前まで来ていた。
「おっはよーっ!」
俺よりも一足先に教室に入った浜風さんが、いつものようにみんなに挨拶をした。
やっぱり元気と明るさがすごい。さすが陽キャの極みみたいなキャラ。
「じゃあね、雄飛君!」
「ああ」
浜風さんは離れ際に、小さな声で微笑んだ。
いきなり名前呼びになったことは、クラスの誰にも聞かれていない……と思ったのだが。
既に登校して自分の席に着いていた京乃さんが、不思議そうな顔でこっちを見ていて目が合った。
少しドキッとした。だけど浜風さんが俺を名前呼びすることは、京乃さんと神ヶ崎にはいずれは知られる。
それどころか、浜風さんが学校で普通に名前呼びをしてきたら、いずれはクラスの皆にもバレることだ。
だから別に気にしないでおこう。
京乃さんの眼差しを少し気にしながらも、俺はそう自分に言い聞かせた。
***
次が体育の授業という休み時間のことだった。
男子更衣室で体操服に着替えていたら、小山という男子が大きな声をあげた。
「はぁーい、注目〜! 1年A組、人気女子総選挙の投票始めまーす」
男子更衣室なので女子はいない。この空間を利用して、クラスで一番お調子者の男子がそんなイベントを発表した。
「好きな女子の名前を書いて、この袋に投票してください〜!」
他の男子が小さく四角に切った白い紙とサインペンを配る。
書いたら投票する紙袋まで用意してる。なんと準備のいいことか。
「やっぱ浜風さんでしょ! 明るいし可愛いし、ダントツだよ」
「いやいや、俺は京乃さんだな。リスみたいな小動物系だし、隠れ巨乳だし、ロリ顔がたまんない美少女だし」
うーむ……そう言われてみると、京乃さんって属性盛り盛りだな。
どの女子が一番いいか、あちこちで盛り上がっている。
「秋月氏は誰に投票するでござるか?」
興味深そうに前野君が寄ってきた。
「いや、俺は棄権するよ」
「え? なんで?」
俺にとっては3人とも、共に働く仲間だ。
誰が一番好きかなんて、店長としては格付けすべきじゃない。
「女子を格付けするなんて、なんか偉そうだなって思って」
「ふうん、案外真面目なんだな」
「案外言うな。俺は真面目だ」
「格付けじゃなくて、自分の推しを応援すると思えばいいんじゃないのか。アニメの人気キャラランキングもそんな感覚だろ」
なるほど。そんな考えもあるか。
確かに人気キャラに投票する際に、どのキャラが格が上とか偉いとか、そんな感覚はないな。
だけどやっぱり俺には抵抗がある。
周りのみんなは楽しそうに投票の話題をしている。
「誰が一位になるかな?」
「そりゃまあ、浜風さんと京乃さんの一騎打ちだろ」
「そうだよなぁ」
そんな会話が耳に飛び込んできた。
「おい秋月。早く投票しろよ」
気がついたら、袋を手にした男子がすぐ横にいた。
「いや、秋月氏は棄権するって……」
「あ、いや……待ってくれ。投票するよ」
「ほ?」
目を丸くする前野君をよそに、俺はある女子の名前を紙に書いて、紙袋の中に投票した。




