【第44話:すごく可愛いと思う】
「すごく可愛いと思う」
俺は思い切って、浜風さんに向かってそう言った。
「ふわぅっ……しっ、知ってた」
──え?
喜んでくれるかと思いきや、なぜか突然顔を背けて、横を向いた。
両手を後ろ手にして、肩を揺らしている。これ、どういうリアクション?
しかも『知ってた』って?
思っていたのとあまりに違うリアクションに、どうしたらいいのかわからなさすぎて戸惑う。
「あ、あのさ秋月っち。今まで全然そんなことを言わなかったけど、あたしのこと可愛いって思ってくれてたんだね」
「え? あ、ああもちろん。でも今『知ってた』って?」
「あ、いやあれは、びっくりして変なこと言っちゃっただけだよ」
そんなんだな。浜風さんってコミュニケーションの対応力がありそうなんだけど、案外テンパったりするタイプなのかな。
まさか地味男子の俺が可愛いって言うなんて、青天の霹靂すぎたのだろう。
耳たぶまで真っ赤になっちゃってる。驚かせて申し訳なった。
「まあ、そんなこといいじゃん。それよりあたしが訊きたい『今日のあたしを見て思うこと』って、そういうことじゃなくて」
違うのか?
「あ、ほら。わからないかなぁ。見た目のことじゃなくてさ。仕事っぷりっていうか……」
「えっと……」
仕事っぷり?
今日も盛大にミスってたけど、そういうことじゃないよな。
「わからないかな?」
「わからない。ごめん」
「そっか……」
わかりやすく、どよんとした顔で肩を落とす浜風さん。
まるで周りに黒い霧が発生したように、誰が見てもわかりやすく落ち込んでいる。
「ご、ごめん!」
「いいよ。謝ってもらいたいわけじゃない。えっと、あのさ……ほら、あたしっていつも、ミスを一日に何度も連発するじゃん? でも今日は初っ端のあのミスの後は……」
──あ、そう言えば。
「今日の浜風さんは、あのミス一回きりで、あとはノーミスだったな」
「ふふん、そうなんだよ」
ちょっとメンタルが持ち直したので、一瞬どや顔になる。
だけどまた悲しそうな顔に逆戻り。今の浜風さんはメンタルの上下が激しいな。
「でもまあ、一回でもミスしたからダメなんだけどさ。今日はあたしなりにがんばったかなって思ったんだ。ごめんね、みやちゃんや涼香ちゃんに比べたら全然レベルの低い話で」
そうか。浜風さんは自分が人柄の良さばかりを評価されて、仕事では他の二人に劣っていることを気にしてたのか。
だから後半がんばった仕事の中身を評価してほしい。そういう気持ちだったんだ。
店長としてはすぐに気づいてあげるべきだったのに、反省だ。
「いやいや、レベル低くないよ。他の二人だってミスはするし、今日の浜風さんは、あのミス以降は確かにすごかったよ。どんどん接客が上達してる」
「そっかな、えへへ。でもちょっとは秋月っちのために……いやいや、お店のために役に立てて嬉しいよ」
舌を出して頭を掻く美少女。こういう照れた仕草はホントに可愛い。
それにしても浜風さんって、天真爛漫で失敗も気にしないイメージだったけど……
こうやってちゃんと店のことを考えてくれてるんだよな。ありがたい。
「でも秋月っちが、あたしがあの後ノーミスだったって知ってたってことは……ちゃんとあたしのこと見て、気にかけてくれてたんだ」
「ああ、もちろんだよ。浜風さんのことを、とても大切に思っているんだから」
そう。理想の店を実現するために、とても大切なスタッフだ。
「ぐふぁぅっっ……!」
「ど、どうしたんだよ浜風さん! 大丈夫かっ!?」
浜風さんがいきなり吹き出して、悶絶し始めた。
手で顔を覆っているが、また耳まで真っ赤になっている。
「あ……うん、ごめん。大丈夫」
何かがのどに詰まったのか?
特に何も食べたり飲んだりしていないのに?
何が起きたのか不明だが、とにかく大事には至らなくてホッとした。
「ら、来週こそは完全ノーミスで頑張るからね!」
「そうだな。期待してるよ」
「うん」
はにかみながら小さくガッツポーズをする浜風さんは、これまた可愛かった。
浜風さんは元々学年トップクラスに可愛いのは間違いない。だけど最近、より一層可愛さが増してる気がする。
メイク用品を変えたのかな?
とても自然な顔つきだけど、そもそもメイクしてる?
すっぴんでこれだけ可愛いんじゃないかって気がする。
男の俺にはよくわからない。
──あ、他の二人はホールの掃除を任せてるんだった。いつまでもゆっくりしてられない。
「そろそろ戻ろうか」
「そだね」
更衣室を出たら、京乃さんと神ヶ崎は既に掃除を終えていた。
「あれっ? 二人で更衣室で、何をしてたのですか?」
「掃除だよ。それと少し浜風さんと話をしてた」
「二人きりで? 密室で?」
京乃さんには珍しく、冷たい声色とジト目を向けてきた。
生真面目な彼女は、俺が浜風さんに変なことをしたと疑ってるのかもしれない。
「別に変なことはしてないよ」
「ふぅーん……そうですか」
ホントに京乃さんには珍しく、簡単には信用しませんよ的なオーラが出ている。マズい。
俺は店長なんだから、立場上セクハラを疑われるような行動はよくない。『李下に冠を正さず』だ。今後は気をつけよう。
そう心に誓った。