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【第42話:やっちまったな浜風さん】

***


 お昼時を迎えて、我が『カフェ・ド・ひなた』も忙しさが増してきた。

 幸い俺の淹れたコーヒーはお客様の評判も良くてホッとした。


 俺はホールの仕事もこなしながら、コーヒーも淹れる。

 忙しく動きながら、ふとメイド服姿の女子達に目を向けた。


 いや、念のために言っとくが、決してスケベな意図ではないぞ。

 一生懸命働いている彼女たちに、感謝の気持ちでふと見たのだからね。


 TOP3美女達がバイトに来初めて、今日でもう3回目。早いものだ。


 彼女たちもかなり慣れてきて、どんどん仕事の質が上がっている。

 スピードアップしたおかげで、少々お客が増えてもてきぱきと仕事をこなしている。


 しかも『カフェ・ド・ひなた』の理想を理解して、それを実現しようとしているのが伝わって来る。


 当店の理想。それは『お客様が幸せになる美味しいスイーツと、楽しく癒される空間を提供したい。』だ。


 ──例えば京乃さん。


 この清楚な美少女は、得意の料理で親父を助けるだけでなく、接客も見違えるように上達した。

 最初の頃はおどおどしていたけれども、こつをつかんだ今では落ち着いて接客ができるようになっている。


「ご注文承りました。ゆっくりおくつろぎくださいませ」


 注文を取った後、落ち着いた口調で丁寧に頭を下げた。

 黒髪清楚な美少女がとても丁寧な接客をしてくれることで、お客様もとても落ち着いた表情になる。


 まさに彼女は、理想である『癒される空間』を体現してくれている。

 ありがとう京乃さん。


 ──例えば神ヶ崎。


 この有能なクール美人は、てきぱきと接客をしている。

 複数のお客様が重なって来店した時も、お客様に上手くお声がけをして、順番に席へとご案内している。


 一組のお客様が注文を考えている間に手早く次のお客様を席に案内したり、テーブルごとに注文の決まり具合を遠目に見て、どのテーブルから先に注文を取るかなど、柔軟に対応をしている。


 おかげでお客様をお待たせする時間を最短に抑えることができている。

 そして素早くてきぱきした身のこなしが見ていて気持ちがいい。


 彼女は決して表情が豊かなわけじゃない。だけど対応が適切なおかげで、混雑する時間帯でも、お客様がストレスをほとんど感じていない様子だ。


 やるな、神ヶ崎。


 ──そして浜風さん。


 このうっかり体質の天真爛漫ガールは、相変わらずうっかりを発動し、そして天真爛漫に接客している。


「はい、お待たせしました、アイスコーヒーです」

「あれっ? 僕が注文したのはホットコーヒーだけど?」


 怪訝な目を浜風さんに向けたのは、中年男性のお客さんだった。


「あれっ? アイスコーヒーって、言いませんでしたっけ?」

「いいや、ホットコーヒーだよ」

「え? あ……ままま、間違えましたっ! すみません! ちょうど愛とか恋とかについて、一生懸命考えてたものであたしの耳が『愛するコーヒー』って聞き間違えたようですっ!」


 真っ青になって、申し訳なさそうな表情でガバっと頭を下げる浜風さん。

 だけどなんだ、その言い訳。誰もそんな言い訳に納得しないぞ。


「すぐに差し替えますので、しばらくお待ちください!」

「あ、いや、このままでいいよ。お姉さんの真剣な顔を見たら、どうやらホントにこれが『愛するコーヒー』だって思えてきたし」


 あれ? 言い訳が通じた?

 いやそうじゃないよな。お客様に気を遣わせてどうするんだ。フォローしなきゃ。


 そう思って俺は、すぐに浜風さんの元へと駆け寄った。


「すみませんお客様。店長の秋月と言います。私どものスタッフに気を遣って『このままでいい』と仰っていただいたかと思うのですが、ちゃんと商品は交換しますので、しばらくお待ちいただけますか?」

「あ……秋月っち。ごめん、間違えちゃった」

「うん、俺に任せて。ちゃんと交換するから」


 浜風さんと俺の会話を聞いていた男性客が、笑いながら言った。


「大丈夫だよ。決して気を遣って『このままでいい』って言ったわけじゃない。このウエイトレスさんがあまりに真面目な顔で言うからさ。マジでこれが『愛するコーヒーなんだ』って思えてきたわけよ」

「そ、そうなんですか?」

「そう。この子、いつも明るくていい子だし、僕は前回も今日も、彼女に元気をもらってる。その子が真面目に『愛するコーヒー』だなんて言うんだよ。そりゃあ飲んでみたくなるのも当たり前だよ」

「は、はあ……本当によろしいんですか? 最速でホットコーヒーに交換させていただきますが?」

「僕が言ってるのは本音だよ。僕は単身赴任してるんだけどさ。妻は一緒に住んでいる時には、いつも日曜の朝にコーヒーを淹れてくれてたわけ。それが今の『愛するコーヒー』で、離れて住んでる妻の顔を思い出したんだよ。だからこれを飲む。いや、飲ませてくれ」


 このお客さん、なんだかとても幸せそうな顔をしている。


「もちろん結構です。お客様がそうおっしゃるなら」


 ケガの功名ってヤツか。

 いや。浜風さんが一生懸命で、人柄がいいからこそお客様が認めてくださったんだ。

 そういう意味では、浜風さんならではのお手柄とも言える。


 注文の聞き間違いはあっちゃいけないことだけどな。


「ごめん、秋月っち。助けてくれてありがとう」


 客席から一緒にバックヤードに戻るなり、浜風さんが声をかけてきた。

 顔を両手で覆い、何度もため息をついている。

 ここまで落ち込んだ姿を見せるのは、浜風さんにしては珍しい。


「どうしたんだよ。らしくないぞ」

「らしくないって?」

「いつもの浜風さんなら、『あははーっ、間違えちった!』とか言いそうだろ」


 励ますつもりで、明るくそう言ってみたのだが──


「だって、みやちゃんも涼香ちゃんも、ちゃんと戦力になってるのにさぁ。秋月っちだって特訓してコーヒーを淹れられるようになったのに。あたしだけこんなだから、そりゃ落ち込むよ」

「なに言ってるんだよ。浜風さんの明るさは充分『カフェ・ド・ひなた』の戦力だって。事実さっきのお客様も、全然怒ってなかったし」

「でもあたしは、ちゃんと仕事ができるようにならなきゃダメなの」

「まあまあ、そう焦るなって。浜風さんは人柄が武器なんだからさ」

「むぅうううっ……」


 せっかく落ち込まないように励ましたのだが、なぜか浜風さんは頬をぷっくり膨らませて、納得いかない様子だった。

 だけどまだ大勢のお客様がお待ちだ。ここでゆっくりしてる暇はない。


「仕事に戻るよ」

「うん、わかった。もうノーミスで行くから!」


 あんなに悔しそうな浜風さんを見るのは初めてだった。急にどうしたんだろう。

 気にはなるが、お客様対応に忙殺されて、それからしばらくはハーフ美少女とゆっくり話をする機会はなかった。

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