【第40話:雄飛はみんなに感謝する】
***<雄飛side>
「よし、まだ女子達は来ていないな」
今日で彼女達のバイトも3回目だ。
今まで2回は、不覚にも彼女達より遅く出勤してしまった。
店長のくせに情けない。だから今回は早めに出勤した。
単に立場的なことだけじゃない。彼女達みんな、『カフェ・ド・ひなた』のことを真剣に考えてくれている。俺もうかうかしていられない。
店の奥のキッチンでは、俺とほぼ同時に出勤した親父が仕込み作業をしている。
そして俺は一人でホールの掃除をしている。
他には誰もいないから静寂が空間を満たしている。
先月まではこれが当たり前の光景だったのに、今では寂しい気がするから不思議なものだ。
そんなことを取りとめもなく考えながらテーブルをダスターで拭いていたら、ドアが開いて、突然静けさがかき消された。
「でさぁ、あたしはこう思ったわけ!」
「へぇ、そうなんですか……」
出勤してきた女子3人が、お喋りをしながら店内に入ってきた。
「そうなんだよ。おかしいよねぇ……って、秋月っち!?」
今の話の流れだと俺がおかしいように聞こえるからやめてほしい。
「秋月っちが……もう来てる!?」
「そんなに驚かないでくれ」
「あ……ご、ごめん! つい……」
今まで俺が一番最後に出勤してたわけだし、そう思われても仕方ない。
「もっと店長らしくしなきゃなって反省したんだよ。だから今日は早く来た」
「おおっ、そうなんだ。……カッコいいよ、てんちょー!」
「いやいや、からかわないでくれ」
「からかってないよ……あ、うん。ま、マジでカッコいいと思ってるから」
そんなに言いにくそうに、無理やり褒めてくれなくてもいいのに。……浜風さんって優しいな。
お世辞だってわかってるけど、その気配りが嬉しいよ。
「ありがとう」
「ど……どういたしまして。えへへ」
でも俺が本当にお礼を言わないといけないのは、これじゃない。
「あのさ浜風さん。この前は本当にありがとう」
「え? この前って?」
「千葉と揉めかけたのを助けてくれたし、仲良くできるようにセッティングしてくれた」
「ああ、あれか。わざわざお礼を言われるほどでもないよ。だってほら……友達と友達が仲良くしてくれた方が自分も嬉しいじゃん?」
「俺のことを、友達って思ってくれてるんだ」
「……え?」
そう言えば俺と彼女たちの関係ってなんなんだろう。
同じバイト先の店長とスタッフ。つまり上司と部下?
なんとなくそんな感じに思っていた。
だから突然友達だと言われて、つい戸惑った。
「あ、当たり前じゃん」
「そっか。じゃあ、それもありがとうだ」
「あ、あの……秋月さん」
横から京乃さんが俺の服の袖をつかんで、くいくいと引っ張っている。
その仕草がなんとも可愛い。
「ん?」
「も、もちろん私も、秋月さんを友達だと思ってますよ。とても大切な友達です」
言いながら、頬を赤らめてはにかむ姿も可愛い。
京乃さんってどんな仕草をしても健気に溢れていて可愛いんだ。
「あ、ありがとう。京乃さんこそ、クラスでの俺の立場が良くなるようにしてくれたし、カフェでも調理を担ってくれて助かってるし、いつも俺に気配りしてくれるし……とにかく感謝することが多すぎて、なんて言えばいいのか……ありがとう」
「い、いえ……私こそ『カフェ・ド・ひなた』で働けて嬉しいです。ありがとうございます秋月さん」
浜風さんと京乃さんはこの前、一緒にメイドカフェに行ってくれたし、クラス内でも色々とフォローをしてくれた。だからこの機会にきっちりとお礼を言っておきたかった。
そしてもう一人──
「神ヶ崎」
「ふわっ!?」
このクール美人は、まさか自分に矛先が向くとは予想だにしていなかったのだろう。
俺が突然目を向けたら、普段の彼女からは想像できない間抜けな声が出た。
「あ、いえ……な、何かしら?」
焦って取り繕って、何ごともなかったように答えるクール美人。
神ヶ崎もこんなふうになるんだ。案外可愛い所があるじゃないか。
「キミにも本当に感謝している。ありがとう」
「わたしはお礼を言われるようなことは何もしていないわよ?」
「いや。今回はカラオケに一緒に行ってくれたのは、俺に気遣ってのことだろ?」
「いえ……あ、まあ。そうかもしれないわね」
ほらやっぱりそうだった。素直にそうだって言えばいいのに。
神ヶ崎って本当はクールというよりも、極端な照れ屋じゃないのかな?
「それだけじゃない。忙しい時にこのカフェがちゃんと回るのは、冷静でテキパキとした神ヶ崎がいるからだ。ありがとう」
「えっと……秋月にそんなに素直にお礼を言われたら、背筋がくすぐったいわね」
神ヶ崎はまんざらでもなさそうな顔をしている。
これで3人全員に、きちんとお礼を言えた。よかった。
「あ、あのさ秋月っち。言いにくいんだけど……」
浜風さんがやけに真剣な目で俺を見た。
「ん? なに?」
「改まってみんなに丁寧にお礼を言うなんて……もしかしたら秋月っちが死んじゃうフラグ?」
「おいおい、勝手に人を殺さないでくれ!」
「だって、これから死地に向かう戦士が、友人に最後の別れをしてるみたいだもん」
「いやいや、死地になんて向かわないから!」
浜風さんお得意のボケかと思って、少し強めにツッコんだのだが──
「だよね。安心したよ」
なんでそんなマジに泣きそうな顔をしてんだよ?
強めにツッコんだのが、ちょっと気まずいじゃないか。
「あ……そうだ。みんなそろそろ着替えてきてよ」
「そうですね」
女子達は更衣室に向かった。
再び静寂に包まれる店内。
それにしても──
ほんのちょっと前まで、俺がクラスでまともに話すのは前野君だけだった。
それがTOP3美女と呼ばれる圧倒的美人と友達になるなんて。
しかも1人じゃなくて3人全員だぞ。普通あり得えない。
以前の俺にそんなこと言っても、絶対妄想だって信じてもらえない自信がある。
そんなことを思いながら、店内清掃の続きを再開した。