【第4話:その秋月がなぜ店長なの?】
「同じクラスの秋月だよ。この前廊下でぶつかったよね。あの時はごめん」
クールな口調の神ヶ崎は怖いけど、がんばって素直に謝った。
「覚えてない」
うわぁぁぁぁぁ、やっぱり!
知ってたよ。俺が印象に残らない平凡男子だって知ってた。
だけどもしかして知られているかもっていう一縷の望みを、今粉々に打ち砕かれた。
「なに言ってんのよ涼香ちゃん。おんなじクラスの秋月くんじゃん」
「へぇ、そうなの」
そうなのですよ。あなたは知らないだろうけど。
「へえ、三人とも同じクラスなんだな雄飛」
「ああそうだよ」
「知らなかった。履歴書出してもらったらよかったな」
履歴書も無しに採用を決めたのかよ、バカ親父。
やっぱ見た目だけで決めた適当な採用だったんだろう。
「で、その秋月がなぜ店長なの?」
「えっと……このカフェは俺と親父、二人で経営してる。親父がキッチンの責任者で、俺がホールの責任者兼店長。そ、そういう役割分担なんだ」
ただでさえ圧が強い神ヶ崎。
そんな彼女に冷たい口調で詰められたら、さすがに噛んだ。
「高校生が店長なんて、まるで学祭みたいだけど、この店は趣味でやってるの?」
「ぐふぁっ……」
さらに冷たい言い方にショックを隠せなかった。
「いや、そんなつもりじゃない。俺なりに真剣にやってる」
「なぜ高校生でカフェの店長をやってるの?」
それは──母が理想としたカフェを、母の意思を継いで実現したいから。
だけど女子にいきなりそんなことを言ったら、マザコンかとドン引きされる。
「カフェの経営が楽しそうだから……かな。あはは」
この答えも嘘ではない。
「ふぅ~ん、やっぱり趣味ってことよね」
神ヶ崎が小声でつぶやいたのが聞こえた。
俺は、明らかに信頼されていない感じだ。
と思っていたら、神ヶ崎はクールな口調で、俺の心に突き刺さるセリフを吐いた。
「店長なのに遅刻して、本当に真剣にやってるって言えるのかしら?」
ああ、しまった。そう思われても仕方ない。
道理で最初から信頼されていない感じがしたのか。
「まあまあ涼香ちゃん。いいじゃん。高校生でカフェの店長。カッコいいじゃん! 服装とか髪型も決まってるよ。いつもと見違えちゃった。キリっとした感じがなかなかいいよ。ねっ、秋月くん!」
浜風さんがぱっちり大きな目を片方閉じて、俺にウインクをしてきた。可愛すぎる。
「そのウエイターの服も似合ってるよ。うん、カッコいい!」
「あ、ありがとう」
カッコいいって言われた。しかもこんな美人に。
人生でもレアな体験だ。ヤバい。ドキドキが止まらない。落ち着け。
ほとんど関わりのない俺のことを、こんなに褒めてくれるなんて嬉しいな。
いや待てよ。そう言えば、浜風さんって誰に対してもポジティブなことを言う人だった。つまりお世辞。
いや、中には浜風さんって裏では腹黒いなんて噂も聞いたことがある。
──あまり真に受けないように気をつけよう。
「それで秋月さん。私たちはやっぱり雇ってもらえないのでしょうか?」
クラスメイトだとバレた今、クビだなんて非常に言いにくい。
だけど勇気をもって言おう。
「そ、そうだね。みんななら、ここよりもいい条件のバイトが山ほどあるよ」
「ええ~っ、そんなこと言わないでさ秋月くん! 雇ってよ!」
「クラスメイトとわかって拒否するなんて、あなたは冷たい人なのね」
「うぐぅっ……」
氷属性の神ヶ崎に冷たいと言われるのは、なんか理不尽な気がして仕方ないぞ。
「秋月さん、私もお願いします」
──京乃さんまで。
まったくの予想外だ。
浜風さんも京乃さんも、同級生男子が店長の店でバイトすることが、嫌じゃないのか?
さすがに神ヶ崎はさっきから硬い表情のまま、雇って欲しいとはひと言も言わない。
このクール美人はさすがに俺の下で働くことに抵抗感を抱いてるのだろう。
「……じゃ、じゃあこういうのはどうですか? 今日一日私たちの仕事ぶりを見てもらって、それから雇うかどうか決めるのは?」
「うーむ……」
別に雇ってやるとか偉そうに思ってるわけじゃない。だから冷たいとかでもない。
気になっているのは、同じ学校の高嶺の花を部下にするのが申し訳なさすぎるのが一番だ。
「そうだよ秋月くん! あたしもそうしてほしいなっ!」
浜風さんまで……
確かにこのまま断わるのは、悪いことをしてるようで気が引ける。
それならば今日一日様子を見てから決めるというのも一つの手かもしれない。
「そうだよ雄飛。そうしようじゃないか」
親父までそう言うのか。つまり神ヶ崎さん以外は、全員それを望んでいるってことだ。
──いや親父は諸悪の根源な訳なんだが。
いずれにしても、カフェの仕事は見た目よりも体力が必要だし大変なんだ。
時には横柄な客の相手をしないといけないこともある。
ちやほやされているような女子たちは、一日やってみたらきっと音を上げるだろう。
「わかったよ。そうしよう」
「やった! ありがと秋月くん!」
「ありがとうございます秋月さん」
小柄で幼い顔つきの和美人、京乃 雅さん。
ここで彼女はとても意外なことを口にした。
「私はこのお店でバイトしたかったので嬉しいです」
「え? そうなの?」
「はい。実は私、中学の頃から何度かこのお店に来たことがあって、ここのケーキの大ファンなのです」
本当だとすればとても嬉しいことだけど、それは俺がまったく知らないことだった。