【第32話:アニメと現実の境界線】
「あ、そのアニメ、私も観ました!」
「そうなの? みやちゃんも知ってるんだね。面白い?」
「はい、りんちゃん。めちゃくちゃ面白かったですよ!」
京乃さんも『カフェ萌え』観たんだ。なんだかとても親近感が湧く。
「ほぉほぉ、どんなお話なの?」
「カフェが舞台で、店長の男性が主人公なんですよ。そしてそこで働く女の子がヒロインで、一緒に繁盛店を作っていく物語です」
「ふぅーん……どこかで聞いたようなお話だね」
浜風さん、頼むから前野の前でそういう発言はやめてくれ。
「理想のカフェ作りに燃える主人公がカッコいいんですよ。ヒロインの女の子をとても大切にして、色々と困難を乗り越えていくんですよ」
「なるほどね。確かにそんな店長ならカッコいいねぇ!」
浜風さんが俺をチラリと横目で見ながらそんなことを言うもんだから、まるで自分のことを言われているような気がしてドキリとした。
いや、これはあくまで『カフェ萌え』の話だ。
身の程をわきまえている俺は勘違いなんかしない。
「そうですよね。何かに打ち込む人って素敵です」
京乃さんも俺をチラリと見てそんなことを言うもんだから、これまたまるで自分のことを言われているような感じがしてドキリとした。
心臓に悪いから、アニメの店長の話をする時に俺を見ないでほしい。
「お二人さん。それになんと言っても、ヒロインがとても可愛いんだよね。カフェの制服が可愛くて、うーん萌える」
前野が美女二人の会話に割って入った。
目はカフェスタッフのメイドに向いてその発言。
なんだかリアルにキモいぞ。それくらいにしておけ。
「秋月さんもあのアニメ観たんですよね? どうでしたか?」
「ふむ。あたしも秋月くんの感想を聞きたいなぁ」
二人の美女の4つの目が俺を向いた。
なんで俺に、カフェの店長の話を振るんだよ。
いや、店長の話じゃなくてカフェを舞台にしたアニメの話か。
どちらにしても前野に不審がられないか心配だ。
「そうだな秋月。僕も聞きたい」
会話の流れをぶった切る勇気は俺にはない。仕方ないから感想くらい言うか。
「そうだな。ヒロインはもちろんめちゃくちゃ可愛いんだけど……俺はあの店長が不器用だけど、理想に燃えて諦めないところがすごくカッコいいと思う。それにヒロインが困った時には、不器用なくせに自分を犠牲にしても助ける、バカみたいにお人好しなところが好きだな」
「そうですよね、そうですよね! とても優しくて頼りになる店長、わたしも大好きです」
京乃さん。うっとりした眼で俺を見て、そんなことを言わないで。
まるで俺が言われてるように錯覚してドキドキが止まらない。
「そんな店長、いいねぇ。あたしもてんちょーカッコいいと思うよ!」
浜風さんもキラキラした眼でそんなことを言うのはマジでやめて。
二人ともアニメの話をしているんだと分かっているのに、現実との境界が曖昧になって、すごく恥ずかしいんだよ。
***
それからしばらく飲み物を飲みながら、『カフェ萌え』の話題を中心に、4人で会話をしてるうちにあっという間に時間が過ぎた。
時間制ということもあって、延長はせずに店を出た。
「いやあ楽しかったねっ!」
「はい、楽しかったです」
「すごいよねメイドさん。お客を楽しませようとする気持ちがすごい」
「ですね。見習わないといけませんね」
二人とも楽しんでくれたのはよかった。
スタッフの女の子がお客を楽しませようとする姿勢は見習わなきゃな。
「楽しかったよ、ありがとー! じゃあねぇ!」
「ありがとうございました。それではまた」
女子二人はもう少し買い物してから帰ると言って、メイドカフェ前で別れた。
俺と前野は最寄り駅に向かって歩く。
「なあ秋月氏」
「ん?」
「もしかして僕たち、今日で浜風さんと京乃さんと少しは仲良くなれたのであろうか」
「ん……まあ、そうだな。少しくらいはな」
「そうであるか」
「どうした?」
「いや、僕たちすごいな。あの雲の上の存在であるTOP3美女と、一緒にカフェに行って、少しは仲良くなったのだぞ」
メガネの奥で目を細める前野。じんわりと嬉しさを噛みしめている様子だ。
それだけオタク男子にとって……いや我が校の男子にとって、TOP3美女は特別な存在なのだと言える。
「まあ……そうだな」
「ありがとう秋月氏」
「なんで俺に礼を言うんだよ。俺は何もしていないし」
「いや、やっぱりキミがいたから、彼女たちは一緒にカフェに来てくれたって気がする」
「なんでだよ。そんなことないだろ」
「彼女たちの態度や会話を見たら、なぜだかわからないけど、秋月氏には親しみを感じているのがわかる」
前野って割と鋭いな。
「だから彼女たちが一緒に来てくれて、親し気に接してくれたのはキミのおかげだ。おかげでとても楽しかった。ありがとう」
「あ、いや……どういたしまして」
前野とここまで話し込んだのは今日が初めてだけど、いいヤツだな。
「こちらこそありがとう前野」
「それこそなぜ秋月氏が礼を言うんだよ」
「いや、なんとなく」
「そうか。じゃあ僕もなんとなく言い返そう。”どういたしまして”」
前野と親しくなれた気がして嬉しかった。
「ところで浜風さんと京乃さんは、秋月氏に親しみどころか好意を持ってるまでないか?」
「いやいやいや、何言ってんだよ。そんなことあるはずないだろ」
根も葉もないことを言わないでくれ。
「いや、なんとなくだよ」
「そんなこと絶対に他で言うなよ。彼女たちやイケメンABCの耳に入ったら、なにいい加減なことを言いふらしてるんだって、思い切り怒られるぞ」
「ん……まあ確かに、それもそうだな。承知した」
マジでそんなおかしな発言は、他で絶対にしないでくれよ。頼むぞ前野。
「じゃあまた明日学校で」
「うん。ありがとう秋野氏」
この街はターミナル駅で、JR、地下鉄、私鉄が乗り入れている。
前野は地下鉄、俺はJRで帰るため、途中で別れてそれぞれの駅に向かった。
*
「あちゃっ……」
JRの駅に着くと、人身事故で電車が運転見合わせしていると掲示が出ていた。
仕方ない。歩いて帰るか。
俺の自宅はここからJR線で1駅だ。歩いても20分くらいで帰れる。
いつ復旧するかわからない電車を待つよりも、精神衛生上もその方がいいな。
そう思って今来た道を取って返し、駅ビルから外に出た。
「あれぇっ、秋月っち!? どうしたの? 一人?」
「前野さんはもう帰られたのですか?」
横からかけられた声に振り向くと、驚いた顔をした浜風さんと京乃さんが立っていた。