【第30話:京乃さんまで現れた】
「ところで秋月氏。この前も教室で不思議に思ったのだが、キミはここ最近、なぜ急にTOP3美女とそんな自然に話せるようになったのであるか?」
確かに彼女達と自然な感じで話せる男子は、イケメンABC以外にはほとんどいない。俺だって今まで、まともに話したことはなかった。
ヤバい。前野って案外ちゃんと見てるんだな。
気をつけなきゃいけない。
「べ、別に自然に話せてなんかいないさ。たまたまだよ」
「それならば、浜風さんが秋月に対して親しげなのはなぜだ?」
──ドッキぃぃぃ!
「いや、別にそんなことないぞ。浜風さんって元々、誰に対しても天真爛漫で明るいキャラだろ」
「そうかなぁ……?」
「そうだよ」
「ふむ。まあ信じておくよ。僕もキミみたいに上手く話せるようになりたいぞ」
「いや、俺だってたまたまスムーズに話せただけだが……あえて言えば、大事なのはチャレンジ精神ってやつかな」
「なるほど、チャレンジ精神か。ありがとう」
納得してくれたようで助かった。適当なこと言ってごめんな。
「ねえねえ秋月……くんと前野くん。何をぼそぼそと話してるの?」
前野をついでのように呼ぶのはやめたまえ。不自然すぎるぞ。
「別に。大したことは話していないよ」
「そっか。じゃあさ、じゃあさ」
「ん? なんだ?」
「これからどこ行くの?」
もう帰る……って言おうとした瞬間。横から前野に差し込まれた。
「近くに『スイートデイズ』っていうお勧めのカフェがあるらしくて、そこに行くのです」
もしかして、早速チャレンジ精神を発揮してる?
「へぇ、いいねぇ」
「いいでしょ?」
良くない! カフェの話題はやめてくれ!
浜風さんがポロっとカフェバイトのことをお漏らししそうで心臓に悪い。
「あれっ? 秋月さん……と前野さん?」
突然聞き慣れた清楚な声が耳に届いた。
さっき浜風さんが言ってたように、京乃さんが買い物を終えて、店から出てきたんだ。
「あ、みやちゃん。ぐーぜん秋月……くんと前野君に会ったんだ」
「そうなのですね」
前野が横で、俺にだけ聞こえるような小さな声でつぶやいた。
「ああ……京乃さんもめちゃくちゃ可愛いな。黒髪清楚な感じが、俺にとっては一番推しだ。浜風さんもいいが、触れたら壊れそうなこの幼くて清楚な感じはまさに至高の芸術品と呼べよう」
前野がこれまたキモいことをつぶやいている。
だけど幸い二人には聞こえなかったようで、普通に会話を続けている。
「そうなんだよ。それでこれから二人はカフェに行くんだって。『スイートデイズ』ってお店」
「へぇ、いいですね。なんだかスイーツが美味しそうなお店の名前ですね。私、スイーツが大好きなのです」
うん、知ってる。
だけどそんなことを言えるはずもなく、ただ苦笑いする男になっている俺。
「あああ、あの……も、もしよかったら、お二人も僕たちと一緒にカフェに行きませんか?」
おいおいおい! 前野、チャレンジ精神を発揮しすぎだぞっ!
一緒にカフェに行くなんて、そんな恐ろしいこと言わないでくれ。
「うーん、どうしよっか?」
「そうですね……」
いやいや、迷わなくていいよ。二人とも断わってほしい。
俺とクラスメイト男子とTOP3美女が校外で一緒にいる。こんなシチュエーション、これ以上心臓が持たない。
だから俺は二人に『わかってるよね。断わってくれよ』というメッセージをアイコンタクトで送った。
「なるほど」
うん、そうだよ浜風さん。
俺は前野に気づかれないように、小さくうなずく。
「わかった。一緒にカフェ行くよっ!」
──え? ええっ? ええぇぇぇぇっっっ!?
「え? ホントですか、りんちゃん」
「うん、行くよっ! だってみやちゃんも、美味しいスイーツ食べたいでしょ?」
「ええ、それはまあ」
「はい、決まり! じゃあ行こう、秋月……くんと前野君」
「りょ、了解したでござる」
うわぁぁぁぁぁぁぁ。
もう流れ的に、俺だけ行かないって、すごく言いにくい。
やってくれたな浜風さん。
──と思って彼女を見たら、にこりと笑って得意げにブイサインしてやがる。
浜風さんは、マジで俺のメッセージを間違えて受け取ったみたいだ。
悪気がないから憎めないんだよなぁ。
仕方ない。せっかくだからカフェ経営の参考にするために、前向きな気持ちで行こう。
そう思ってみんなで移動したのだが。
前野に連れられて『スイートデイズ』という店の前まで来て気づいた。
そこはなんと……本物のメイドカフェだった。
──マジかよっ!?
そんなところに、いきなり女子高生を連れて来るヤツがどこにいるっ!?
「メイドカフェだなんて……浜風さんと京乃さんは嫌だよね? 帰ろうか」
「おおぉぉ……これが噂のメイドカフェなんだね」
そう言えば浜風さんは、初めてウチの仕事をした時に、メイドカフェを知らないと言っていた。
あれからメイドカフェをネットで調べて、知識だけは仕込んだらしい。
ヤバい。天真爛漫ガールが興味津々な顔してる。
「面白そうじゃん! 入ろうよ!」
こうなったら頼みの綱は京乃さんだ。
スイーツが美味しそうな店だと勘違いしてたくらいだし、当てが外れて帰りたいに違いない。
「ねぇねぇみやちゃん。面白そうだよね?」
「そ、そうですね。面白そうですね」
ちょっと待って。京乃さんまで興味深そうだ、マズい。
「秋月氏。よかったな」
いや、俺は全然嬉しくない。浜風さんと京乃さんに、俺がメイド好きだなんて誤解されるのは絶対に避けたい。
そしてこれ以上一緒にいたら、前野が俺と女子達の関係に気づくんじゃないかと、気が気じゃない。だから早く帰りたい。
だけどそんなことを言ってられない状況に陥ってる。俺一人だけ帰るなんて言ったら、せっかくみんなが盛り上がっているのに水を差す。
──うーん……仕方ない。
覚悟を決めて、一緒にメイドカフェに入ることにした。
しかしいざ店内に入ろうという段になって、なぜか青い顔をした前野が近づいてきて囁いた。
「秋月氏、ホントによかったのだろうか?」
「なにが?」
「学園のトップカーストの女子をメイド喫茶に誘ったことだよ」
「どうしたんだよ急に」
「いざとなったら急に冷静になってしまった。僕、彼女達に絶対キモがられてる」
なんだそれ。賢者タイムかよ。
「大丈夫だろ。二人とも興味ありそうだし」
「あれはきっと誘った僕に気を遣って、表向きは興味ありげなふりをしてるだけに違いない」
「心配しすぎだよ。二人とも喜んでるじゃないか」
「そうかなぁ……」
何もそこまで卑屈にならなくてもと思うが……自分がすることにTOP3美女がそこまで喜んでくれるなんて、簡単には信じられないんだろう。
俺もそういう気持ちはあるからわかるぞ前野。
気の毒に、いつも厚顔無恥な前野が不安で縮こまってしまってる。よし、確認してみるか。
「あのさ、浜風さん、京乃さん。二人がホントはメイドカフェに抵抗感があるんじゃないかって、前野が心配してくれてるんだよ。正直なところどうかな? 大丈夫だよね」
「うん、大丈夫だよ。……ってか、めっちゃ楽しみ!」
「はい。私も大丈夫です」
二人の笑顔を見ると、本心だとわかる。
「ほら、大丈夫だよ。安心しろ前野」
「お……おう。わかった。ありがとう」
前野は嬉しそうに表情を崩した。よかった。
「それにしても秋月氏。キミはすごいヤツだな」
「なにが?」
「TOP3美女相手に、あんなにスマートに会話できるなんて」
──あ、しまった。
前野を安心させたい一心で、ついいつものノリで彼女達に話しかけてしまった。
眼鏡の奥から俺をじっと見てる。ヤバい。不審がられたか?
「俺に気配りしてくれてありがとう。嬉しいぞい」
あ、それが言いたかったのか。いいヤツだな前野。
「じゃあそろそろ入ろうか。美女たちがお待ちだ」
浜風さんと京乃さんは待ち切れない様子で、店のガラス扉から身を乗り出して店内を覗きこんでる。
二人とも小柄だし小学生かよ。
こうして俺たち4人はメイドカフェに入店した。