【第29話:まさかの浜風さんエンカ】
「は……浜風さん!?」
「あれぇっ!? ま、前野君!?」
なんという偶然。
前野と歩道で立ち話をしていて浜風さんと会うなんて。
だがここは我が『阿野高校』から地下鉄で一駅の繁華街。
ウチの生徒は、ちょっとした買い物に行くならこの街に来ることも多い。
こんなことも充分あり得るのだ。
「お、おい秋月氏……」
急に前野が俺に顔を寄せて、小声で話しかけてきた。
「どうしよう。浜風さんに可愛い声で名前を呼ばれちゃったぞい。しかもこうやって近くで見たら、やっぱり激烈可愛いな。尊すぎて死ねる」
そう言えば、浜風さんは前野の顔を見た瞬間名前を呼んだ。
『カフェ・ド・ひなた』で初めて俺と会った時もそうだった。
この人は目立たない男子でもちゃんと名前を覚えているんだ。さすがコミュ力強者。
おかげでさっき最初に俺の名前を呼ばれたことが、前野の中で薄れたようだ。
「ねぇ、二人でどうしたの? デート?」
なんでやねん。
「ちちち、違うんだ。僕と秋月は付き合ってはいない」
そこ、真面目に答えるところじゃないよ。
浜風さんはニヤけてるし、明らかに冗談だろ。
「たた、たまたま推しのアニメグッズを買いに来たのです。僕も秋月氏もそのアニメの大ファンなのですよ」
「へぇ、秋月……くんもアニメ好きなんだ?」
「あ、ああ。まあね」
ホントを言えば特にアニメが好きという訳じゃない。
ごく普通に面白いモノがあれば見るし、見ない時は見ない。
話の流れをぶった斬らないように合わせただけ。
「あたしも割とアニメ好きだよ」
へえ、そうなんだ。意外だな。
アニメなんて特に好きじゃない、なんて言わなくてよかった。
「で、秋月……いえ二人が好きなアニメってどんなの?」
そこ食いつく?
俺としては話そこそこに切り上げて、そろそろ解散したいんだけど。
時間がてば経つほど、俺と浜風さんの関係がバレる可能性が高まる。そんな気がして落ち着かない。
「カフェ萌え……いや正式には『俺はカフェで萌える』というラブコメで、カフェでバイトしてる可愛いヒロインと、無愛想な主人公の恋物語なのですが、このヒロインのウェイトレス姿がこれまた可愛くて、萌えること間違いなしなのです。この前までテレビで放送があったのですがそれが終わった今、とうとう円盤……いやディスクが今日発売されたのですよ浜風嬢」
いきなり口数多いな前野。
浜風さんに男子の萌えを熱く語ってどうすんだ。きっと伝わらないだろ。
それと女子の名前に”嬢”を付けるのはやめろ。マジでキモがられるから。
「へぇ……秋月……くんって、そういうの好きなんだ。意外。ヒロインのウェイトレス姿ねぇ……」
いや、なんで俺に流れ弾が飛んでくるの?
熱く語ってたのは前野なんだから。
──あ。
ちょ、待て浜風さん。なんでニヤニヤしてるんだ?
バイト中に俺がウェイトレスをエロい目で見てるとか、完全に勘違いしてないか?
ヤバいぞ。カフェのウエイトレスが俺の性癖だなんて誤解されたら、めちゃくちゃ立場悪くなる。
誤解だ。冤罪だ。晴らさなきゃ。
「ちょっと待てよ前野。俺はウェイトレス姿の女子が可愛くて、このアニメを観たわけじゃない。なんて言うか、人間ドラマの部分が感動的で……」
「ふぅーん……」
まだニヤニヤが止まらない。怖いよ浜風さん。
「まあ、いいと思うよ。だってカフェのウエイトレスって可愛いもんね」
「あ、いや……」
「か・わ・い・い・もんね?」
前野の前では何も言い返せない。
ずるいぞ浜風さん。
「はい」
「ふむふむ。良しとしようじゃないか」
だからハーフ美少女のくせに、そのニヤニヤはやめてくれって。
俺に無理やりウエイトレスが可愛いなんて言わせて、いったい何がそんなに嬉しいんだよ。
前野の前では関係を明かせないのをいいことに、俺をからかって遊んでいるな。
いつもの浜風さんよりもかなり調子に乗ってる感じ。
いや、そんなに調子乗った話し方をしたら、浜風さんが俺と関わりがあるってバレないか?
それはマズい。ちょっとは慎重になってくれよ浜風鈴々。
早く話題を変えたい。
「ところで浜風さんこそ、こんな所でなにしてるんだ? お買い物か?」
「うん。友達と二人でね。そこの店で買い物してるけど、もうすぐ出て来るよ、みやちゃん」
うええぇぇぇ!? 京乃さんまでいるの? マジか!?
「なあ秋月氏。キミ、やっぱり凄いな」
突然前野が身体を寄せて耳打ちしてきた。
「なにが?」
「学園の至宝、TOP3美女とここまでスムーズに会話できるモブ男子は、キミを置いて他にいない」
「モブ男子言うな」
間違ってはないんだけど、自分で言うのいいのだが、他人に言われたら腹が立つ。
しかも前野君。キミだってモブキャラ中のモブキャラ。キングオブモブだよね。
「でも前野だってさっき、流れるように『カフェ萌え』の解説をしてたじゃないか」
「僕のは会話じゃなくて一方的に解説を垂れ流してるだけ。一人の部屋でテレビ画面に向かって語っているようなものだよ」
なんという虚しい例え話だよ。
「ところで秋月氏。この前も教室で不思議に思ったのだが、キミはつい先日までTOP3美女と親しく話すところなんて見たことがなかった。なのになぜ急にそんな自然に話せるようになっているのであるか?」
ぎっくぅ……ヤバい。
前野って案外ちゃんと見てるんだな。
コミュ障って自分がしゃべらない分、よく観察してるものだけど。
気をつけなきゃいけない。