【第28話:思い出したら顔から火が出た】
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自宅に帰ったら、急に疲労感が身体中に広がった。
「はぁ……今日は怒涛の一日だったな」
だけど明日の授業の宿題がまだできていないことに気づいて、夕食後自室の学習机に向かった。そして今、ようやく課題を終えた。
「ああ~っ、疲れた」
椅子の背もたれに背中を預け、ぐいっと伸びをする。
リラックスすると、ふと今日のことが頭に浮かんだ。
女子の目の前で泣いたことが、鮮やかに脳裏に甦った。
「うあああぁぁぁ……」
あまりの羞恥に一人悶絶する。顔から火が出たみたいに熱い。
みんなは大丈夫だって言ってくれたけど、本音ではきっと引いたよな。
小学生じゃないんだから、みんなの前でボロボロ泣くなんてあり得ない。変な男だって呆れられたに違いない。
もしかしたらバイト帰りに三人で「なにあれ?」「キモかったね」「考えられませんね」なんて、陰口を叩かれたまであるかもしれない。
うっわ、明日学校で会ったら、恥ずかしさできっと彼女たちの顔を直視できない。
いや……学校ではまったく関わりがないんだから、顔を見なくてもなんら問題なく学校生活を送れるんじゃないか?
そう考えたら、少しは気が楽になった。
「あ、そうだ」
宿題を終えたら、親父に珈琲の淹れ方を教えてもらう約束をしてたんだった。
俺が珈琲を淹れられたら少しはスムーズに店が回る。だけど単に淹れられるだけじゃ意味がない。
お客さんからいつも美味しいと言われる親父の味。
つまりカフェ・ド・ひなたの味を出せるようにならないとダメだ。
そのために今日から一週間、毎日特訓を受けることにした。
「親父、お待たせ。宿題終わったから頼むよ」
「よし、やるか」
料理にあまり興味がない俺は、今までコーヒーの淹れ方を教えてくれなんて言ったことはなかった。
だからか、親父はなんとなく嬉しそうだ。
こんなことなら、もっと早く教えてもらっとけばよかったかな。
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翌日の学校。今回は特に浜風さんが"やらかす"こともなかった。おかげで俺とTOP3美女は、今までどおり、なんら関わることなく過ごした。
それにしても離れた所から眺めていても、やはり彼女達は別格の輝きを放っている。
同様にイケメンABCもキラキラしてる。多分女子から見たら、それはもう別格に輝いてるんだろう。
足立と浜風さんは実はカップルじゃなかったと知ったが、それでもやはりTOP3美女が彼氏に選ぶのは、ああいう男子なんだろうなぁ……なんて思った。
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数日後。一日の授業が終わり、さあ帰ろうかという時のこと。
前の席の前野君が突然振り返って、メガネの真ん中を指で押さえながらニヤリと笑った。
「秋月氏。いよいよ今日でござるな」
まあわざとオタクのテンプレを演じてるのだと思うが、小太り眼鏡キャラの前野がやると様になりすぎてて笑う。
「なにが?」
「とぼけるのが上手だね。あれだよ。今日は我らが『カフェ萌え』の円盤発売日だよ」
ああ、思い出した。
以前、前野が今のイチオシアニメが『俺はカフェで萌える』(通称『カフェ萌え』)というラブコメだと話しかけてきたことがあった。
ヒロインがカフェでバイトする物語という点でこの作品に興味があって俺も見てた。
もちろんカフェの経営の参考になるという点で、だ。
「おお、あれ面白いよな」って答えたら、前野がえらく喜んで盛り上がったことがあったっけ。
それ以来、前野は俺が『カフェ萌え』に沼ってると信じてる。
「今から街まで買いに行くので、秋月氏も一緒に行こう」
「いや俺は……」
そこまでハマってるわけじゃないし。
そう言おうとしたら、前野のめちゃくちゃ悲しそうな顔が目に入って、言えなくなってしまった。
「行こうか」
どうせ真っ直ぐ家に帰っても暇だ。
それなら、まあたまにはいっか。
***
制服のまま電車に乗って繁華街に出て、大型のアニメ専門店に行った。
この街は『カフェ・ド・ひなた』がある街だ。
前野は円盤以外にも嬉々としてグッズを買い込んでいる。
せっかくここまで来たのだし、俺も円盤とそれにヒロインキャラのアクスタを買った。
アニメショップが入るビルから外に出て、駅に向かおうとしたら前野が名残惜しそうな目を向けた。
「秋月氏。せっかくだから、もう一軒付き合って欲しいでござる」
だからなんで"ござる"なのか。
「まだ何か買うのか?」
「いやそうじゃなくて、近くにオススメのカフェがあるのですよ。『カフェ萌え』観たら行きたくなるでしょう、可愛い女の子のいるカフェに」
「いや、俺は……」
可愛い女の子目的で『カフェ・ド・ひなた』に来る客をウザいと思う俺が、そんな動機でカフェに行くなんてあり得なさすぎる。
やっぱ断ろうと前野の顔を見た。すると彼の後方に、歩道をこちらに向かって歩いてくる女子が目に入った。
遠目に見ても圧倒的な美少女オーラを放つブロンドヘアの女子。浜風さんだ。
最もヤバいヤツに出会ってしまった。
目が合った。「あっ!」と美少女の口が動き、ぱあーっと表情が明るくなる。
浜風さんからは前野の背中しか見えない。
俺がクラスメイトと一緒にいることに気づいていない。
待てっ! 俺に声をかけるな!
心の中で叫び、表情を歪ませて浜風さんにアイコンタクトを送る。伝われ!
「やっほ、秋月っ……」
片手を挙げて、そこまで言った浜風さんは言葉を切った。俺のただならぬ動きに何かを感じてくれたようだ。
おかげで『っち』は寸前で回避された。
だが浜風さんの声は充分俺の耳にも届いていた。
何ごとかと前野が振り向いた。
──ああぁぁぁ……
マズい。俺と浜風さんの関係がバレる!
「は……浜風さん!?」
「あれぇっ!? ま、前野君!?」
驚いた男女の素っ頓狂な声が街に響いた。




