【第24話:雄飛の母、日向の理想】
「俺が理想とするのは……」
浜風さんと京乃さんがごくりと唾を飲む。
神ヶ崎も黙って俺を見ている。
「『お客様が幸せになる美味しいスイーツと、楽しく癒される空間を提供したい』だ」
「えっと……割と普通?」
浜風さんが肩透かしを食ったような顔できょとんとしている。
「まあな」
しまった。もったいつけたせいで、もっと何か壮大な理想があると思われたのかも。
だけど母が理想としたこの思いは、俺にとってとても大切なものだ。
それを伝えるには、やはり母さんのことを話す必要がある。
「これは4年半前に父と母がこのカフェをオープンするにあたって、母が理想としたことなんだ」
父に目を向けた。女子三人もつられ親父を見る。
父・秋月祐也はこくりとうなづいた。
父と母は高校生の頃から付き合っていて、いつかは自分たちのお店を持ちたいとずっと願っていた。二人でお金を貯めて徐々に準備を進めて──そして俺が小学校を卒業したのを機に、父が勤めを辞めて、お店ををオープンした。
それがこの『café de HINATA』だ。
「そう言えば前から気になってたんだけどさ。秋月っちのお母さんって、どうしてるの?」
「私もそうです。確か昔この店に来た時には、とても綺麗な女性がいらっしゃって……あの人は秋月さんのお母様なのかなって思っていたんです」
「そうだね。この店は父と母二人だけでやってたし、それは間違いなく母だ」
母のことをどう説明したらいいのか……
うまく言葉が見つからずに、気まずい沈黙が流れた。
俺と女子達のやり取りを黙って見守っていた父が静かに口を開いた。
「雄飛の母、日向は2年前に交通事故で亡くなった。だからこのカフェは閉じた。だけど半年ほど前に雄飛がどうしても復活させたいって言いだして、3か月前に、日曜日限定で再オープンしたんだよ」
「そうなんだ」「そうなんですね」
三人とも表情を曇らせた。
このままだと重苦しい雰囲気になる。それだけは避けたい。
「三人にお願いがあるんだけどいいかな?」
こくりとうなずく美女3人。
「母が亡くなった話をすると、皆がすごく気を遣ってしまうと思って、今まで黙っていたんだ。だけど俺が願う”いい店”の話をするなら、母のことは避けられない。それでみんなにお願いと言うのは……母が亡くなったことを知ったからと言って、深刻にならないでほしい。変に気を遣わないで、今まで通り俺達と接してほしいんだ」
「そうだな。日向はとても明るくて、いつも周りを照らす太陽のような人だった。だから変に気を遣われたり、しんみりするなんてすごく嫌がるんだ。だから俺からもお願いする。日向のためにも、この店では明るく過ごしてほしい」
そう。母の口癖は『笑顔は翼』だった。とても笑顔を大切にする人だった。
だけどこんな話を聞いた後で、すぐに親父の言うように明るく振る舞うのは難しいよな。
「なるほどっ! わっかりましたぁ!」
いや、早速めっちゃ明るいな浜風さん!
さすが天真爛漫ガール。
「ありがとう鈴々ちゃん。そう言えばキミ、その明るい性格やすごく美人なところとか、とても日向に似てるな」
「ええ~っ、そーですか!? ありがとーございます!!」
ちょっと待て親父。性格はいいとして、さらっと美人とか言うな。セクハラだぞ。
しかもいきなり下の名前呼びしているし。
この親父、コミュニケーション苦手って本当なのか? もしかしたら擬態しているとかじゃないだろうな。
「うん。とにかく前向きで、しんどいことがあっても笑顔を絶やさない人だった」
「あ……だからお母さまは『笑顔は翼』っておっしゃっていたんですね」
「なんだ雄飛はそんなことまで教えたのか」
「はい。笑顔は心を軽くして、前向きな気持ちで高く飛べるようにしてくれるという意味だと教えてもらいました。とても素敵な言葉ですね」
「ありがとう。そう言ってくれたら日向も喜ぶよ」
「あ、あの……お父様。わたしもがんばって、素敵な笑顔でいられるようにします」
「うん、ありがとう雅ちゃん。よろしく。お父様なんて呼ばれたら照れるな。なあ雄飛」
「きゃっ……す、すみません……」
あ~あ、かわいそうに京乃さん、真っ赤になっちゃってる。
「母と父は高校時代からの夢だった自分たちの店は持つことができた。だけど母が理想とした店づくりは志半ばで終わってしまった。だから俺は、母の理想である『お客様が幸せになる美味しいスイーツと、楽しく癒される空間を提供』できる店にしたいんだ。ありふれた内容かもしれないけど」
女子三人がじっと俺を見てる。
やべ、恥ずかしい。母親語りが過ぎて、マザコン認定されたかもしれない。
でもまあいいや。仕方ない。
「でも母が望んだからってだけじゃない。俺もそんな店を作りたい。一人でも多くの人の心を癒すことができたら嬉しい。心からそう思ったから、そういうコンセプトでこのカフェを復活させたいって、父に無理をお願いしたんだ」
父は前にカフェを閉店してから、またサラリーマンに戻った。
今は父は平日は会社勤めをしながら、日曜日はこの店で働いている。
俺のわがままに応えるために、だ。
「秋月っち……あ、あ、あ、あたし……かんどーしたひょっ!」
浜風さんがいきなり片手を出して握手を求めてきた。
目には涙を浮かべ、鼻をぐずぐずとすすっている。
「あ、そりゃどうも……ありがとう」
「秋月さん。私もめちゃくちゃ感動しました。ぜひ秋月さんの理想のお店を実現しましょう。私も手伝います」
マザコンだと笑われるか。
それとも、そんな理想をマジで追いかけるなんて重いよねって引かれるか。
そのどちらかだろうと不安だった。
だけど二人はわかってくれた。感動したとまで言ってくれた。ありがたい。
ところで神ヶ崎は……と思って目を向けたら。
めっちゃ鋭い目つきで睨まれてた。