【第19話:怒涛のランチタイム】
新たに来店したお客さんの応対は、浜風さんと京乃さんに頼んだ。
その間に俺と神ヶ崎は各席を順番に回った。
「すみませんお客様。この写真投稿してませんか?」
「いや僕じゃない」
「すみません、あなたはこの投稿をした人ではないですか?」
「違うよ」
お客様方に怪訝な顔をされた。
訊いて回るのが気が重い。
だけど……そんなことは言ってられない。
「この投稿してくれた人を知りませんか?」
「知らない」
「すみませんお客様。このSNSの写真を投稿──」
全テーブルを訊いて回った。
お客様全員が怪しく見えてしまう。だけど残念ながら、投稿者は誰もいなかった。
「どう? 見つかった?」
「いや。神ヶ崎は?」
「こっちも手掛かりなしだわ」
「くっ……そうか」
「秋月も必死に訊いて回ってるわね。意外と」
意外とってなんだよ。
「まあな」
同じクラスの女子が、俺の店でバイトしたばっかりにストーカー被害に遭った、なんてことになったら、彼女たちに申し訳なさすぎる。だからつい必死になってしまう。
「私たちのバイト先が秋月のお店だって、足立達にバレるのが怖いからかしら」
「え?」
そう言えば、彼女たちのバイト先が俺の店だってことを、クラスメイトにバレたくないんだった。
彼女たちがストーカーに遭う危険性に気を取られすぎて、そんなことはすっかり忘れてたよ。
「そんなことより、三人の身の安全を考えてるだけだ」
「あら、意外ね。三人って私も入ってるのかしら?」
神ヶ崎は何を言ってるんだ。
「当たり前だろ」
「あらそう……」
なぜか神ヶ崎はふと目をそらした。
一瞬不思議に思ったけど、店内の忙しさが増してそれどころではない。
帰るために席を立つ人がちらほら現れ、新たな客も入ってきた。
「さあ、お客様をお出迎えしなきゃ。ちょっと暑いわね」
片手でうちわのように顔をあおぎながら、クール美人が離れて行った。
暑い? エアコンの効きが悪いのかな?
設定温度を確認したが適正だし、特に暑い感じもしない。お客さんを見回したけど、暑そうにしている人もいない。
熱でもあるのか? 大丈夫かな?
でも見た感じ、特に体調が悪そうでもない。
少し気になったけど、お帰りのお客さんのレジをしなきゃいけない。
追加注文をする人もいるし、店内はかなりバタバタしている。
「俺も働かなきゃ」
忙しく接客する。そして合間を縫って、SNSのことを訊くため客に声をかける。
ただでさえ忙しいのに、目が回りそうだった。
だけど結局投稿者につながる情報は得られないまま、激忙しのランチタイムを迎えた。
***
SNSの投稿のせいで、ただでさえいつもの何倍もの客足だった。
それがランチタイムを迎えた今。我が『カフェド・ひなた』はまるで戦場と化していた。
「ランチセット2つ追加です!」
「マスター! こっちもランチセット追加! こっちは3つね!」
「アフターランチのコーヒー二つ。アイスとホットを一つずつね」
「はいよ! 三人とも了解だ!」
「親父、ランチ一人前だ!」
「おおっ……わ、わかった」
目の回るような忙しさの中、トップ3美女たちはホントによくやってくれている。
浜風さんと京乃さんも、ミスが、ゼロとは言わないまでもだいぶん減ってきた。
それよりも問題はほとんど親父が一人で回しているキッチンだ。
俺も補助的な手伝いはしているが、なかなか追いつかない。
「すみませーん! 食後のコーヒーがまだ来ないんですけど?」
「こっちもまだ来てないよ!」
あちらこちらの客を待たせている。
一人が声を上げると、連鎖して他の客からも催促の声が上がる。
「はーい、すみませ~ん! マスター、ホットコーヒーまだかかりますかっ?」
「あ、もうすぐだから! ちょっと待ってもらって」
「あ…えっと……はい、わかりました」
気の小さな京乃さんはおろおろしている。
まだまだ仕事に慣れていない浜風さんは──
「どどどどど、どうしよーっ!? ねえてんちょーっ!」
二人ともすがるような目で俺を見るが、俺だって一杯いっぱいだ。
洗い物や食器のセット、それにケーキを冷蔵庫から出して食器に盛り付ける作業。
そんなことは俺もやるが、料理とコーヒーは親父しかできない。
「キッチンが全然回ってないじゃない。コーヒーくらい秋月が淹れたらいいんじゃないの?」
イラついた声の神ヶ崎が、豪速球を放り込んできやがった。
「無茶言うな。コーヒー淹れるのって難しいんだぞ」
我が店はコーヒーが旨いカフェだと言ってくれるお客さんが多い。
コーヒーはちょっとした淹れ方の違いで味が変わる繊細なものだ。
急に淹れろと言われて、できるもじゃない。
「コーヒーの粉をカップに入れてお湯を注いで溶かすだけでしょ」
使えない男ね、って言いたげな口調なのだが──
神ヶ崎の発言にぽかんとしてしまった。
淹れ方は繊細だとか以前の問題だった。
「なによ? わたしの顔に何か付いてる?」
そりゃもう、美しいお顔のパーツが付いてますよ。
ムカつくことにこのお方、とても整ったお顔なのである。
「それはインスタントコーヒーだろ」
「え? あ……そ、そうなの? カフェのコーヒーは違うの?」
「ああ、違う。特にウチの店は一杯ずつハンドドリップするから時間がかかるんだよ」
「ハンドりっぷ?」
違う。そんな、手に塗る口紅みたいなネーミングじゃない。
「ハンドドリップだよ。えっと、ハンドドリップってのは……ああっ、もうっ! このクソ忙しい時にそんな説明している暇はない。後で教えるから、とりあえずは働こう」
「あ、はい。そうね」
いつも強気な神ヶ崎が『はい』なんて従順に答えたものだから、そのギャップに思わずドキリとした。
それだけで可愛く見えてしまうんだから、俺ってチョロいよな。
でも神ヶ崎の言葉が妙に心に残っている。
『コーヒーくらい秋月が淹れたらいいんじゃないの?』
確かに今の体制だと、繁忙時間帯はもう少しキッチンを分担しないとバランスが悪い。
料理やスイーツはすぐには無理だけど、コーヒーは練習をすれば、俺にも淹れられそうだ。
特にコーヒーは注文数が多いし手間がかかるから、俺が分担することで作業分担を適正化するのに効果は大きい。
神ヶ崎って言い方は怖かったりムカついたりするんだけど、言うことは的確なことも多いんだよなぁ。
さっきのコーヒーの作り方は別だけどな。
神ヶ崎のあまりの無知にひっくり返りそうになった。
とにかくこのピークを乗り越えなきゃ話にならない。
「ああ~っ、料理が全然追いつかない! 誰か調理も手助けしてくれないか!!」
キッチンの中から親父の悲壮な叫び声が聞こえた。
いつも飄々としているあの親父のテンパった声なんて初めて聞いた。
これはマジでヤバいぞ。