【第13話:浜風さんって愛されてる?】
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昼休み。弁当を食べ終わってコーヒーが飲みたくなった。
校舎から一旦外に出て、自販機が設置されている場所に向かった。
──あれは?
自販機の前で腕を組んで、じっと見つめているスリム体型の女子がいた。
神ヶ崎だ。何をしてるんだ?
何を買うかそんなに悩んでるのか?
今自販機の前まで行ったら、あのクール女子と顔を合わせてしまう。
さっきは彼女のおかげで、浜風さんが俺を秋月っちと呼んだのがバレずに助かった。それは感謝だ。
だけど、やっぱり神ヶ崎はちょっと苦手なんだよなぁ。あの厳しい目で睨まれたら緊張する。
彼女は誰に対しても塩対応だし、特に俺が嫌われているわけじゃないと思う。
いや……ホントに嫌われてないよな?
ちょっと不安になってきた。
──などと考えながら、少し離れた場所から神ヶ崎を眺めていた。
すると何の前触れもなく彼女が振り向いた。
俺が見つめていたのがバレた。めっちゃ気まずい。隠れたい。
透明マントを出してよドラえもん。
「……なに? わたしに何か用?」
突き放すような声に身体がこわばる。
だけどドラえもんはいない。透明マントはない。だから答えざるを得ない。
「別に。食後の缶コーヒーを買おうと思って」
「そう。じゃあどうぞ。わたしは買わないので」
自販機の前を俺に譲って、クールビューティが俺の横を抜けて立ち去ろうとした。
まさか、あの神ヶ崎が俺に気を遣ってる?
「待ってくれ」
「なに?」
「神ヶ崎も何か買おうと思ってたんだろ? 先に買っていいよ」
「買いたい物がないからいいの」
本当だろうか。でも本人がそう言うんだから、何か買えよって言うのもおかしいよな。
「そうか」
「じゃあ行くわ」
相変わらずのクールな態度が怖い。
でも俺への気遣いをしてくれたっぽいし、礼は言っておこう。
それに『あの件』のお礼もまだ言ってなかった。
「待ってくれ」
「まだ何かあるの?」
「ありがとう」
「なにが?」
「今自販機を譲ってくれたこと」
「別に大したことじゃない。あ、いえ、別に譲ってないし」
「それに浜風さんの『秋月っち』発言をフォローしてくれたことも」
それも大したことじゃないわ。
なんて冷たく返されることを想像していた。
しかし──しばらく無表情でじっと俺の顔を見ていた彼女の表情がふと緩む。
「どういたしまして」
相変わらずのクールな顔つきだが、ほんの少し柔らかみを見た気がした。
こんな顔するんだな。
「こちらこそごめんなさい」
「何か謝られるようなこと、あったっけ?」
もしかしていつも塩対応なことを反省して、詫びてくれたのか?
一瞬そう思ったが、神ヶ崎が謝ったのはまったく別のことに対してだった。
「鈴々がうっかりあなたを『秋月っち』なんて呼んでしまったことよ」
「え? なんでそれを神ヶ崎さんが謝るんだ?」
「もうわかってると思うけど、あの子、ああいううっかりなところがあるのよ」
「うん、知ってる」
「だけど悪気はないから、許してあげて」
「許すも何も、初めから何も思ってない。それに浜風さんも謝りに来てくれたよ」
「そう。それならいいわ。じゃあ」
神ヶ崎はすたすたと歩いて行ってしまった。
浜風さんのうっかりをなぜ神ヶ崎が謝るのか。
結局その答えは返ってこなかったけど、友達を擁護するためなのだろう。
神ヶ崎って敵と味方をはっきり分けるタイプなのだろうか。
浜風は味方だから優しくする。俺は敵で、だから塩対応になる。
俺は神ヶ崎にとってずっと『敵』なのか。
それともいずれ『味方』と思われる日がくるのだろうか。
うーむ……それはハードルが高そうだな。
前途多難だ、あはは。
***
一日が終わり、下校の途に就いた。
俺は部活も何もやっていないから、終業のホームルームが終わると即下校だ。
自転車置き場に向かい、ずらりと並んだ自転車から自分の愛車を引き出す。
サドルにまたがったところで、背後から俺を呼ぶ声が耳に届いた。
「秋月さん」
振り向くと京乃さんだった。息を切らせている。
「どうしたの?」
「ちょっと謝りたいことがありまして」
「それでわざわざ追いかけて来たの?」
「はい。クラスメイトの目のない所の方がいいと思いまして」
京乃さんってやっぱり真面目で律儀なんだな。
「それで謝りたいことって?」
バイトの初日に、なかなかスムーズに接客ができなかったことかな。
一瞬そう思ったが、まったく別のことだった。
「りんちゃんが秋月さんをうっかり『秋月っち』なんて呼んでしまったことです」
「え? わざわざそれを謝りに?」
「はい。既にお気づきかと思いますが、りんちゃんって、うっかりなところがあるのです」
「うん、知ってる」
さっきそれとまったく同じセリフを聞いた。
「だけど本当に悪気はないから、許してあげてほしいです」
驚いた。神ヶ崎に続いて京乃さんまで、浜風のために俺に謝りに来るなんて。
「大丈夫。俺は何も気にしてないよ」
「本当ですか?」
「うん、本当。それに彼女もわざわざ謝りに来てくれたし、何も問題はない」
「それならよかったです」
ホッとしたように目を細めるおっとり美人。
健気な雰囲気にあふれていて可愛い。
「それでは私はこれで。一緒にいるところを見られない方がいいですもんね」
「ああ、そうだね」
俺が学校で内緒にしたいのは、カフェの店長をしていることだけだ。
だけど元々接点のないトップ3美女と親し気にしてるところを見られたりしたら、関係性を疑ぐる者も現れるだろう。
そうなれば結果として、カフェのことがバレる可能性が高まる。
慎重に行動するに越したことはないのである。
「そうですね……では」
京乃さんは踵を返すと小走りで立ち去った。
それにしても、友達がみんな代わりに謝るなんて、浜風さんって愛されているんだな。
それとも一人の失敗をみんなでフォローするのは、彼女達のチームワークの良さだろうか。
いや。まるで示し合わせたように、二人にうっかり者扱いされてるところを見ると……。
もしかして彼女たちの仲間内において、浜風 鈴々って子は手のかかる子供みたいなポジションなのか?
だとすると、浜風 鈴々はカフェでも今後もずっと手が掛かるってことなのか?
──それは困る。ゾッとした。
いや。浜風は足立と一緒に、コンビニバイトに移る可能性が高いんだった。
もしかしたら、もう次回は来ないかもしれない。他の二人だって……
……え?
今一瞬、心の奥にきゅっと寂さが差し込んだ気がした。
──いや、そんなのは気のせいだよな。
素直だけどおっちょこちょい。
真面目だけど不器用。
そして優秀だけど反抗的。
ウチのカフェはそんな三人がいなくても何も困らない。
なんてったって、俺という優秀な店長兼ウエイターがいるのだから。
うん、そうだよ。俺がいれば大丈夫なんだよ。
元々あの三人はいなかったのだし、たった1回バイトに来ただけだ。
だから何にも問題ない。
──だよな。