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【第13話:浜風さんって愛されてる?】

***


 昼休み。弁当を食べ終わってコーヒーが飲みたくなった。

 校舎から一旦外に出て、自販機が設置されている場所に向かった。


 ──あれは?


 自販機の前で腕を組んで、じっと見つめているスリム体型の女子がいた。


 神ヶ崎だ。何をしてるんだ?

 何を買うかそんなに悩んでるのか?


 今自販機の前まで行ったら、あのクール女子と顔を合わせてしまう。


 さっきは彼女のおかげで、浜風さんが俺を秋月っちと呼んだのがバレずに助かった。それは感謝だ。

 だけど、やっぱり神ヶ崎はちょっと苦手なんだよなぁ。あの厳しい目で睨まれたら緊張する。


 彼女は誰に対しても塩対応だし、特に俺が嫌われているわけじゃないと思う。


 いや……ホントに嫌われてないよな?

 ちょっと不安になってきた。


 ──などと考えながら、少し離れた場所から神ヶ崎を眺めていた。

 すると何の前触れもなく彼女が振り向いた。

 俺が見つめていたのがバレた。めっちゃ気まずい。隠れたい。


 透明マントを出してよドラえもん。


「……なに? わたしに何か用?」


 突き放すような声に身体がこわばる。

 だけどドラえもんはいない。透明マントはない。だから答えざるを得ない。


「別に。食後の缶コーヒーを買おうと思って」

「そう。じゃあどうぞ。わたしは買わないので」


 自販機の前を俺に譲って、クールビューティが俺の横を抜けて立ち去ろうとした。

 まさか、あの神ヶ崎が俺に気を遣ってる?


「待ってくれ」

「なに?」

「神ヶ崎も何か買おうと思ってたんだろ? 先に買っていいよ」

「買いたい物がないからいいの」


 本当だろうか。でも本人がそう言うんだから、何か買えよって言うのもおかしいよな。


「そうか」

「じゃあ行くわ」


 相変わらずのクールな態度が怖い。

 でも俺への気遣いをしてくれたっぽいし、礼は言っておこう。

 それに『あの件』のお礼もまだ言ってなかった。


「待ってくれ」

「まだ何かあるの?」

「ありがとう」

「なにが?」

「今自販機を譲ってくれたこと」

「別に大したことじゃない。あ、いえ、別に譲ってないし」

「それに浜風さんの『秋月っち』発言をフォローしてくれたことも」


 それも大したことじゃないわ。

 なんて冷たく返されることを想像していた。


 しかし──しばらく無表情でじっと俺の顔を見ていた彼女の表情がふと緩む。


「どういたしまして」


 相変わらずのクールな顔つきだが、ほんの少し柔らかみを見た気がした。

 こんな顔するんだな。


「こちらこそごめんなさい」

「何か謝られるようなこと、あったっけ?」


 もしかしていつも塩対応なことを反省して、詫びてくれたのか?

 一瞬そう思ったが、神ヶ崎が謝ったのはまったく別のことに対してだった。


鈴々(りんりん)がうっかりあなたを『秋月っち』なんて呼んでしまったことよ」

「え? なんでそれを神ヶ崎さんが謝るんだ?」

「もうわかってると思うけど、あの子、ああいううっかりなところがあるのよ」

「うん、知ってる」

「だけど悪気はないから、許してあげて」

「許すも何も、初めから何も思ってない。それに浜風さんも謝りに来てくれたよ」

「そう。それならいいわ。じゃあ」


 神ヶ崎はすたすたと歩いて行ってしまった。


 浜風さんのうっかりをなぜ神ヶ崎が謝るのか。

 結局その答えは返ってこなかったけど、友達を擁護するためなのだろう。


 神ヶ崎って敵と味方をはっきり分けるタイプなのだろうか。

 浜風は味方だから優しくする。俺は敵で、だから塩対応になる。


 俺は神ヶ崎にとってずっと『敵』なのか。

 それともいずれ『味方』と思われる日がくるのだろうか。


 うーむ……それはハードルが高そうだな。

 前途多難だ、あはは。



***


 一日が終わり、下校の途に就いた。

 俺は部活も何もやっていないから、終業のホームルームが終わると即下校だ。


 自転車置き場に向かい、ずらりと並んだ自転車から自分の愛車を引き出す。

 サドルにまたがったところで、背後から俺を呼ぶ声が耳に届いた。


「秋月さん」


 振り向くと京乃さんだった。息を切らせている。


「どうしたの?」

「ちょっと謝りたいことがありまして」

「それでわざわざ追いかけて来たの?」

「はい。クラスメイトの目のない所の方がいいと思いまして」


 京乃さんってやっぱり真面目で律儀なんだな。


「それで謝りたいことって?」


 バイトの初日に、なかなかスムーズに接客ができなかったことかな。

 一瞬そう思ったが、まったく別のことだった。


「りんちゃんが秋月さんをうっかり『秋月っち』なんて呼んでしまったことです」

「え? わざわざそれを謝りに?」

「はい。既にお気づきかと思いますが、りんちゃんって、うっかりなところがあるのです」

「うん、知ってる」


 さっきそれとまったく同じセリフを聞いた。


「だけど本当に悪気はないから、許してあげてほしいです」


 驚いた。神ヶ崎に続いて京乃さんまで、浜風のために俺に謝りに来るなんて。


「大丈夫。俺は何も気にしてないよ」

「本当ですか?」

「うん、本当。それに彼女もわざわざ謝りに来てくれたし、何も問題はない」

「それならよかったです」


 ホッとしたように目を細めるおっとり美人。

 健気けなげな雰囲気にあふれていて可愛い。


「それでは私はこれで。一緒にいるところを見られない方がいいですもんね」

「ああ、そうだね」


 俺が学校で内緒にしたいのは、カフェの店長をしていることだけだ。

 だけど元々接点のないトップ3美女と親し気にしてるところを見られたりしたら、関係性を疑ぐる者も現れるだろう。


 そうなれば結果として、カフェのことがバレる可能性が高まる。

 慎重に行動するに越したことはないのである。


「そうですね……では」


 京乃さんは踵を返すと小走りで立ち去った。


 それにしても、友達がみんな代わりに謝るなんて、浜風さんって愛されているんだな。

 それとも一人の失敗をみんなでフォローするのは、彼女達のチームワークの良さだろうか。


 いや。まるで示し合わせたように、二人にうっかり者扱いされてるところを見ると……。

 もしかして彼女たちの仲間内において、浜風 鈴々って子は手のかかる子供みたいなポジションなのか?


 だとすると、浜風 鈴々はカフェでも今後もずっと手が掛かるってことなのか?


 ──それは困る。ゾッとした。


 いや。浜風は足立と一緒に、コンビニバイトに移る可能性が高いんだった。

 もしかしたら、もう次回は来ないかもしれない。他の二人だって……


 ……え?


 今一瞬、心の奥にきゅっと寂さが差し込んだ気がした。


 ──いや、そんなのは気のせいだよな。


 素直だけどおっちょこちょい。

 真面目だけど不器用。

 そして優秀だけど反抗的。


 ウチのカフェはそんな三人がいなくても何も困らない。

 なんてったって、俺という優秀な店長兼ウエイターがいるのだから。

 うん、そうだよ。俺がいれば大丈夫なんだよ。


 元々あの三人はいなかったのだし、たった1回バイトに来ただけだ。


 だから何にも問題ない。


 ──だよな。

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