【第12話:学校では内緒】
浜風さんがうっかり俺を『秋月っち』なんて変なあだ名で呼んだ。
だけど近くにいるイケメン男子達には聞こえなかったみたいだ。
よかった……と一種胸をなでおろしたけど。
足立が怪訝な顔で口を開いた。
浜風さんと仲のいいバスケ男子だ。
「あれっ? 鈴々、いつの間に秋月と仲良くなったん?」
「ん? なんの話?」
「だって今『秋月っち』って呼んだっしょ。今までそんな呼び方してないよね?」
ドキリと鼓動が跳ねた。
彼らの横を何げなく通り抜ける途中で、思わず足が止まった。
「ううん。秋月くんって言ったよ」
浜風さんの目が泳いでいる。白々しすぎる。隠すの下手すぎかよ。
だがここは、足立が信じてくれることを祈るしかない。
「噓でしょ?」
「ホントだよ。足立君の聞き間違いだよ」
「そうかなぁ……」
足立が怪訝な顔で、今度は俺を見た。そんな顔してもイケメンだなコイツ。
やっぱ、そう簡単には納得しそうにない。
まさかこの流れで、浜風さんが俺んちのカフェでバイトしていることまでバレてしまうのか? それはヤバいぞ。
──その時。 まるで天使のような救いの声が聞こえた。
「鈴々は秋月くんって言ったわ。足立の聞き間違いよ」
うん、天使じゃなかった。”天敵”のクールな声だった。
「そっか?」
「そうよ」
神ヶ崎の念押しの言葉のおかげで、足立は俺から興味を失ったようだ。
また視線をグループの皆に戻した。
俺もホッとして自分の席に座った。
それにしても意外過ぎる。
俺を敵視しているであろう神ヶ崎が、わざわざ俺を助けるような行動をするなんて。
「ところで鈴々。バイトしたいって言ってたよな」
「ぶふぉっ……!」
「ど、どうした秋月っ!?」
急に足立が口にした『バイト』のワードのせいで過剰反応してしまった。
足立はびっくりしてこちらを見た。きっと不審がられたよな。ヤバいヤバい。
「な、なんでもない」
「そ、そっか」
足立はまた仲間の方に向き直る。
「でさ鈴々。親の知り合いにコンビニ経営してる人がいてさ。バイト募集してるんだって。俺もやろうと思うんだけど鈴々も一緒にどう?」
「足立は部活あるじゃん」
「土日だけでもいいんだって。だったら試合の時以外はやれるし」
「そっか。うーん……」
あごに手を当ててうなる浜風さん。
付き合ってると噂の足立から誘われたんなら、きっとそっちに行くよな。
だったら日曜日だけのウチのカフェバイトは、やっぱり辞めることになるだろう。
「やめとくよ」
「え、なんで?」
──え、なんで?
心の中で足立とハモってしまった。
「コンビニのバイトって、なんとなくあたしには合わないかなって」
「鈴々は明るいから接客のバイトはぴったりだよ」
「うん、あたしも接客のバイトはいいと思うんだけどね。コンビニってほら、クリスマスの時にはサンタコスしなきゃいけないじゃん。あれがどうもね……」
「鈴々、何言ってんの?」
──浜風さん、何言ってんの?
また心の中で足立とハモってしまった。
足立とは、案外気が合うのかもしれない。
「そんなの年一回のことだし、嫌なら断わったらいいよ。きっと無理強いはされないから」
「そ、そうだよね。あたし何言ってんのかなアハハ」
その時朝のチャイムが鳴った。
すぐに担任教師が教室に入って来る。
「はーい、ホームルームするぞぉ。席につけよ~」
けだるそうな様子はベテラン感あふれてるが、担任教師はまだ20代半ばの女性だ。
濱野 果林26歳。趣味はカフェ巡り。自称スイーツオタク。
「じゃあ鈴々、またバイトのことは考えといてや」
「あ、うん。わかった」
「雅と涼香もよかったらどう? 一緒にバイトしないか?」
「えっと、わたしは……」
「ありがとう。考えておくわ」
そんなやり取りを残して、美女&イケメン達はバラバラと自分たちの席に散っていく。
でもまあ、あれか。
やっぱり最終的には浜風さんはウチのカフェは辞めて、足立と一緒のコンビニバイトに行くんだろうな。
神ヶ崎も俺に不満があるようだし、この話に乗っかりそうだ。
そうなると元々ウチのカフェでバイトをしたかった京乃さんだって、友達付き合いであっちに行ってしまう可能性もある。
「なあ秋月氏」
前の席の前野君が振り返って話しかけてきた。
なんで『氏』付けなんだよ。ひと昔前のオタクのステレオタイプを目指してるのか?
「なに?」
「キミはすごいな」
「何が?」
「トップ3美女の一角、アイドル浜風さんから名前を呼ばれるなんて。羨ましすぎる。キミも僕も平凡男子仲間なのになぜなんだ」
知らない間に仲間になってたみたいだ。
「知らないよ。たまたま目が合ったからだろ」
「なるほど。それにしても羨ましすぎる。殴りたくなる」
「やめてくれ」
「冗談だ」
言って、前野はまた教壇の方を向いた。
真顔で恐ろしい冗談を言うのはやめてくれ。
俺がウエイトレス姿の彼女たちと一緒にバイトしていることがもしも前野に知られたら、こりゃマジで殴られるな。
やはりこの秘密は守り通さないといけない。秘密、厳守、絶対。
***
一限目が終わり、トイレに行こうと教室から廊下に出た。背後からタッタッタッとリズミカルな足音が近づいて来た。
歩く俺の横に並んで、声をかけてきたのは浜風さんだった。
「さっきはごめんね〜」
『秋月っち』のことを言ってるようだ。
「いいよ。今後はうっかりには気をつけてくれたら」
カフェでの仕事も意識しつつそう言った。
つまり仕事でもうっかりには気をつけようぜって意図。
「はい、ごめんなさい」
浜風さんはしおらしい顔で頭を下げた。
ブロンド色の髪がふわふわ揺れた。
こんなに落ち込ませるつもりはなかったのに。
浜風さんって打たれ強い印象だけど、案外弱いのかな?
「いや……そ、そんなに気にしないでいいよ。それよりわざわざ謝りに来てくれてありがとう」
「うん! これからもよろしくね、てんちょ!」
ついさっきまで落ち込んでたのに、もうこれか。立ち直りが早いな。
でもそれくらいの方が、こっちもあまり気を使わなくて済むからありがたいけどな。
それにしてもウチのバイトを辞めるって話は出なかった。
俺に気を遣って言い出しにくかったのかもな。
まあそのうち言ってくるだろうから、こちらからは何も言わないでおこう。
──そう考えた。