【第1話:俺のクラスにはトップ3美女がいる】
新連載です。楽しんでいただけたら嬉しいです。
『お客様が幸せになる美味しいスイーツと、楽しく癒される空間を提供したい。』
2年前に亡くなった俺の母さんが理想とした店は、そんなカフェだった。
***
「なあ雄飛。バイト雇うぞ」x
「バイトを雇う!? なんで?」
ある日の夕食時だった。親父が突然おかしなことを言い出した。とち狂ったか、このオヤジ。
「だってホールがお前一人だと大変だろ」
たまたま店に来た客に『バイトを募集していませんか』と言われ、来てもらうことにしたらしい。
なんか軽いノリみたいに聞こえるから、素直に賛成できない。
「親父がキッチンをやって俺がホールをする。それでいいじゃんかよ」
俺たちのカフェはテーブル席が10組とカウンターが10席ほどの店内。
確かに満席になれば一人でこなすには大きめのホールだ。
だけどめったに満席になんてならない。
「なあ親父。あの店は母さんが理想とした店にしようって話し合ったよな」
「おう、そうだな」
「だったら他人を入れるより、俺たちだけで運営した方がいいだろ」
「いや。お前一人でホールをやってるせいで、お客さんを待たせたり、目が行き届かないことも多い」
それは確かにそうだ。だけど赤の他人を店に入れるっていうことには抵抗感がある。
「雄飛。日向が理想とする店ってどんなだ?」
日向というのは俺の母。そしてカフェの名前は『café de HINATA』。
今俺と父が経営するその店は、昔、母と父が二人で始めた店だ。
「それは──」
母の生前に幾度となく聞かされた言葉。
「『お客さんが笑顔になる美味しい食べ物と、楽しく癒される空間を提供したい』だよ」
「だよな」
俺の母は『笑顔は翼』がモットーで、周りの人を楽しくさせる、明るく天真爛漫な人だった。
多くの人に愛される、可愛くて太陽のような人だった。
2年前に母さんが亡くなって、親父一人では店運営ができないと、『café de HINATA』は閉店した。
だけど俺は、母さんの思いが詰まったこの店を再開したかった。だから父に頼み込んだ。
父は言った。「お前がホールと店長をするならいい。自分は調理に専念する」と。
父は料理やお菓子作りが天才的に上手い。だけど俺は料理は苦手だ。
逆に父は接客なんて大の苦手。俺も他人との関わりは得意じゃないが、父に比べたらまだマシだ。
だから俺は父の提案を承諾し、毎週日曜日だけ店を復活させることになった。
三か月前のことだ。
「だったらもっと人手があった方がいいだろ」
「母さんのことを知らない人が、俺たちの理想をちゃんと理解してくれるか疑問だよ」
「感じのいい人だったぞ」
「感じが良けりゃいいってものでもないだろ」
「雄飛、無理だと決めつけなくてもいいだろ。とにかくバイトに来てもらって様子を見ようや」
俺一人で回さざるを得ないホールを手伝ってくれる人がいたら、確かに母の理想とする店に近づくかもしれない。
「まあ親父がそう言うなら」
もしその人が理想の店づくりに邪魔になるような人なら、辞めてもらったらいいか。
この時はそう軽く考えた。
***
私立阿野高校。俺が通う高校だ。
カフェの店長をしているが、実はまだ高校2年生なのである。
だから『カフェドひなた』は日曜日だけの営業。
接客はやるが、俺も元々明るい方ではない。
皆とワイワイやるよりも、一人でいる方が気楽でいいってタイプだ。
学校では大人しくて目立たない、空気のような平凡男子なのだ。
昼休みの教室──
「ねえ雅。そのアクセサリーいいじゃんね! ちょっと見せてよ!」
「壊さないでくださいよ」
「壊さないよぉ〜 わたし、そんなうっかりさんに見える?」
あれは我が校のトップ3美女と言われる女子達。
阿野高の奇跡と呼ばれるほど飛び抜けて容姿が良く、校内でも特別な存在なのである。つまり雲上人。
一人ずつ見ても高嶺の花オーラが強くて、俺たちのような平凡男子は話しかけるのも畏れ多い。
一人でもそんな存在感の女子が、なんと3人とも同じクラスに集まってしまった。
しかも仲が良くて、いつも集まってワイキャイしている。
眩しすぎて直視できない男子続出なのである。
もちろん俺も直視もしないし、会話することもほとんどない。
「なにを言ってるのですか。りんちゃんは、うっかりが服を着て歩いているような人でしょ」
うっかり者扱いされているのは浜風 鈴々。
フランス人とのハーフらしく、ブロンドの髪にパッチリ大きな瞳。
とても可愛い上に明るい性格で、トップアイドルのような美少女だ。
そして彼女にツッコミを入れているのは京乃 雅。黒髪が美しくおっとりした清楚系美少女。やや幼い顔つきもあって年下女子が好きな男子達から、圧倒的な支持を受けている。
「ああーっ、みやみや、ひっどぉーい! ねえ、涼香ちゃんどう思う?」
「雅の言うことは、寸分違わずそのとおりだと思うけど?」
浜風さんに冷静で辛辣なツッコミを見舞ったのは神ヶ崎 涼香。
すらりとしたスタイル。やや切れ長の目と小顔。
知的で大人っぽいクールビューティだ。ちょっと近寄り難い雰囲気がある。
このトップ3女子と俺は、高校2年でたまたま同じクラスになった。
だけど俺は彼女達と交流することなんてほぼない。
「ふむ。尊きかな。よきことかな。眼福眼福」
俺の前の席で気持ち悪いセリフをつぶやいているのは前野君。オタク気質の眼鏡男子だ。
彼のようにトップ3美女に興味は持つが、遠くから見ているだけという男子は多い。
彼に限らず、トップ3美女とまともに会話できる男子は少ない。
彼女たちのような高嶺の花と対等に話せる男子といえば──
「なあ鈴々。今日帰りにみんでカラオケ行かね? 部活休みなんだよ」
「おう、行こうぜ行こうぜ。歌おうよ」
「俺も行くから行こうよ」
物おじせずにトップ3女子をカラオケに誘っているのは、イケメン男子3人組ABCだ。
最初に浜風さんに話しかけたのがバスケ部エースの足立。
そしてバンドボーカルやってる坂東、読者モデルの千葉というモテ男子三人。
「カラオケかぁ、いいね! 涼香ちゃん、みやちゃん、どうする?」
トップ3女子とイケメンABCは、誰と誰が付き合うのだろうか。
それがこのクラスで、今最もみんなが関心を寄せる話題なのである。
美人とイケメンが恋人同士になる。これが世の摂理だからな。
2年生になって半年が経つし、そろそろカップルが誕生してもいい頃だと、みんなの関心が高まっているのだ。
「わたしはいいわ。やめとく」
「ええっ、涼香、そんなこと言わずに行こうや」
「行かない」
坂東の誘いにも神ヶ崎はけんもほろろだ。かわいそうに。
「そうなの? じゃあ、京乃さんは?」
「わ、私もやめときます」
「ええっ? 京乃さんまで? うわぁ、残念だなぁ」
千葉君は京乃さん推しか。
「鈴々は一人でも参加するよな。じゃあ4人でカラオケ行こうぜ」
足立が浜風さんに親しげに話しかけている。そう言えばこの二人は普段から距離感が近くて、既に付き合っているという噂もあるんだよな。
「いや、二人が行かないならあたしもやめとくよ。また今度行こ~ね」
イケメン三人組、全員撃沈か。かわいそうに。
でも三人ともイケメンだし、近いうちに誰かカップルになってるんだろうな。
──まあそんなことはどうでもいいか。俺には関係のないことだ。
俺にとって大事なのは、ほとんど関わりのないトップ3女子のことなんかよりも──
どうやったらカフェの運営がうまくいくかの方だ。
次の日曜日から来るバイトの人と、うまくやっていけるのか。
理想とする店づくりの方針に沿って、ちゃんとやってくれるのか。
──それが俺の一番の心配ごとなのである。