WALK4話
試合が終わり、俺たちは球場の外へ出た。
「ふぅ…たくさん応援したせいかな? なんだかお腹減ってきちゃった」
美樹ちゃんがそう言うと、俺は携帯で時間を確認する。
「あー、確かに。もうお昼に近いしね。じゃあ今日は……」
解散を提案しようとしたその時、森川が口を挟んだ。
「せっかくだし、みんなで駅のほうに行って昼メシでも食べようぜ」
「お、いいね! 一回行ってみたいお店があったの!」
美樹ちゃんは嬉しそうに両手を合わせて喜ぶ。
まったく、コイツはいつも勝手に決めやがって——。
そう思いながら視線を向けると、球場の通用口から野球部の部員たちがゾロゾロと出てくるのが見えた。
美樹ちゃんもそれに気づいたようで、さっきまでの笑顔が曇る。
少し緊張した面持ちで、俺たちに一言だけ告げた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
そう言い残し、美樹ちゃんは野球部員たちの方へ駆けて行った。
遠くから、美樹ちゃんと山本が話しているのが見えた。
距離にして百メートルもないくらいだろうか。
だけど、その瞬間、俺と美樹ちゃんの距離はとてつもなく離れているように感じた。
胸の奥に、言いようのない寂しさが広がる。
山本と美樹ちゃんが握手をしているのが見える。
遠目でも、山本の目がまだ赤くなっているのが分かった。
美樹ちゃんが山本に手を振り、こちらに戻ってくる。
「お待たせ、待たせてごめんね」
そう言う美樹ちゃんの目は、少し潤んでいるように見えた。
「山本と何を話してたの?」
無粋だとは分かっていたが、気になって口をついて出た。
「うーん……なんて言ったらいいかな? 気持ちの整理……かな」
「そっか」
それしか返せない自分に、少し情けなさを感じる。
美樹ちゃんは俺を見ると、少し落ち着いた表情で、俺と森川の間を通り過ぎて行った。
「ところで、美樹ちゃん、ここまでどうやって来たの?」
駐輪場に着くと、森川が美樹ちゃんに尋ねた。
「バスを乗り継いで来たんだけど?」
俺と森川は顔を見合わせて驚いた。
「ここまでだったら、自転車で二十分くらいで来れるよ。しかもタダだし」
ハッとした美樹ちゃんは、あごに手を当て、小さく首を傾げた。
「そうだよね……私、開会式に間に合うことばかり気にして……何やってるんだろう?」
照れくさそうに笑いながら、つぶやく。
「でも、ここから駅までバスで行って、帰りもバスってなるとちょっと大変そうだな」
俺がそう言うと、美樹ちゃんは携帯を取り出し、時間を確認した。
「えーっと……次の駅までのバス、確かあと三十分くらい待たないと来なかったと思う」
少し困ったように顔を上げる。
「だったら、お前の後ろに乗せて駅まで行けばいいじゃん」
森川が軽い調子で言った。
「えっ?」
俺は思わず森川の顔を見返す。
「えっ、二人乗り?」
美樹ちゃんは驚きつつも、どこか楽しそうだった。
「裏道通っていけば全然大丈夫だって。お腹も空いたし、時間ももったいないしさ」
森川がニヤッと笑う。
「まあ……確かに、それはそうかもね」
美樹ちゃんはちょっと考えて、俺の方をちらりと見た。
「俺は……その、美樹ちゃんが嫌じゃなかったら別にいいけど」
俺が言うと、美樹ちゃんは小さく笑って「大丈夫」と頷いた。
「よし、決まり! じゃあ行くか」
森川が自転車にまたがると、颯爽と先に走り出す。
「えへへ、なんかちょっとドキドキするかも」
美樹ちゃんが後ろに乗り、そっと俺の肩をつかんだ。
俺はペダルを踏み込み、自転車を進める。
夏の風が頬をかすめ、汗ばむ肌を少しだけ冷やしてくれる。
「大丈夫? 重くない?」
後ろの美樹ちゃんが、気遣うように尋ねる。
「大丈夫、これくらい全然平気だよ」
俺は振り返らずに答えた。
風を切る音にかき消されないように、俺たちの声は自然と少し大きくなる。
「さっきね」
美樹ちゃんが、少し声を張って俺に話しかける。
「私のせいで試合に集中できなかったんじゃないかって、謝ってたの」
美樹ちゃんが、少し照れくさそうに言う。
俺はペダルを漕ぎながら、黙って話を聞いていた。
「でも、本当にいい試合だったって伝えたの。ありがとうって。見ててすごく楽しかったし、これからもずっと友達でいようねって」
やっぱりそういうことか……。
森川の言っていた、「美樹ちゃんが一年の時から好きで告白して振られた人」。
試合を見ている時からそうじゃないかと思っていたが、今、それが確信に変わった。
「ありがとうね」
ふと、美樹ちゃんがお礼を言ってきた。
「え? 俺?」
驚きながら聞き返す。
「お礼を言われるようなことなんて、何もしてないけど?」
「さっき、私のこと気にしてくれてたでしょ?」
少し言葉を詰まらせながら、美樹ちゃんは続ける。
「だから……ちゃんと話したほうがいいかなって」
顔は見えないけれど、美樹ちゃんの声が少し震えているのが伝わった。
「……泣いてないよな?」
心配になりながらも、俺はペダルを漕ぎ続けた。
「話してくれてありがとう」
美樹ちゃんは、小さく「うん」と答えた。
住宅街を抜けて、川沿いの道に出た。
夏の太陽が川面を照らし、キラキラと輝いている。
「うお! あぶねー!」
舗装されていない道がでこぼこで、自転車がガタッと揺れた。
「キャッ!」
美樹ちゃんがびっくりして、俺の肩に回していた手を腰にギュッと回した。
「大丈夫!? ごめん!」
俺は一度自転車を止め、後ろの美樹ちゃんの様子を確認した。
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだよ」
美樹ちゃんはそう言って、顔を俺の方へ向けた。
「……!」
慌てて、腰に回していた手をほどく美樹ちゃん。
顔が真っ赤になっている。
俺もバッと前を向いた。
「ご、ごめんね」
美樹ちゃんが小声で言うと、俺も焦って「こ、こちらこそゴメン」とぎこちなく返した。
やがて駅の近くに差し掛かると、俺は速度を緩めた。
「ここからは歩いて行こうか」
そう言って自転車を止めると、美樹ちゃんが後ろから降りた。
「うん、ありがとう」
笑顔でお礼を言う美樹ちゃんに、俺は「う、うん」と軽く照れ隠しのように頷いた。
美樹ちゃんの手の感触が、まだ肩に残っている気がする。
駐輪場に向かうと、すでに森川が待っていた。
「ずいぶん遅かったな」
森川がニヤニヤしながら言う。
「ちょっと、いろいろあってな」
俺が適当に返すと、森川は「ふーん…」と、何か勘ぐるような視線を向けてきた。
「えーっと…そういえば美樹ちゃん、行ってみたい店があるって言ってたよね?」
俺は話題を逸らすように、美樹ちゃんに話を振る。
「うん、そうなの! ずっと気になってたお店で、話を聞いてから絶対行きたいって思ってたの」
俺は自転車を駐輪場に停めた。
美樹ちゃんがそんなに楽しみにしている店って、一体どんな店なんだろう?
気になりながら、俺と森川は美樹ちゃんの案内する方へとついて行った。
遅筆ですが、コツコツと更新できたらと思います。




