WALK 3話
前書きって本編よりか難しいですね…
なんとかしたいです(;´Д`)
WALK3話よろしくお願いいたしますm(_ _)m
「ヤバい…詰んだ…」
いつ買ったのかも思い出せない服が、ぐちゃぐちゃに押し込まれたクローゼット。
その奥に、無惨な姿の制服が埋もれていた。
俺は呆然と立ち尽くす。
普段から学校と工場を行き来するだけの生活。
そのせいで、まともな私服なんて一枚も持っていなかった。
制服に至っては、夏休みが終わる直前に洗濯すればいいだろうと、修了式の日から放置したままだったのだ。
それに気づいたのは、今朝のことだった。
「ダーハッハッハッ!
だから普段から高校生らしいことをしとけって言っただろ? 作業着でも着て行くか?」
親父が腹を抱えて笑う。
その顔は「ざまあみろ」と言わんばかりだ。
「くっ…」
言い返せない。
壁にかけてあった作業着を乱暴に取り、急いで着替えた。
仕方ない、今日はこれで行くしかない。
―――
「おーい! こっちこっち!」
大きく手を振る森川が、俺の姿を見て顔をしかめた。
「…なんで休みなのに作業着なんだよ、お前?」
「いや…これには事情があって…」
俺は気恥ずかしくなり、言葉を濁した。
「まあ、いいけどさ。
それより美樹ちゃん、先に行っちゃったぞ? 開会式からちゃんと見たいんだってさ」
俺はすぐに携帯の時計を確認した。
約束の時間からかなり遅れている。
「あー…悪いことしちゃったな」
少しの気まずさを胸に、俺たちは美樹ちゃんを探しに応援席へ向かった。
スタンド席に着くと、美樹ちゃんはすでに試合に集中していた。
遅れて来た後ろめたさから、俺は少し離れた席に腰を下ろした。
「なんでそんなとこに座るんだよ、もっと奥つめろって」
からかうように森川が俺を促す。
少し照れ臭かったが、ぎこちない足取りで美樹ちゃんの隣の席へ移動した。
「…遅れてごめん」
そう伝えると、美樹ちゃんは笑顔で「全然、気にしてないよ」と返してくれる。
「それより…」
美樹ちゃんが俺をじっと見つめた。
「面白い格好してるね」
無邪気に笑うその顔に、俺の心拍数は跳ね上がる。
「あー…ははは…これには事情があってさ」
さっきと同じ回答をしてしまったが、相手が違うだけで、こんなにも緊張するとは思わなかった。
試合が進むにつれて、美樹ちゃんの応援に熱が入る。
時折、悔しそうに拳を握ったり、嬉しそうに笑ったり。
俺はというと、美樹ちゃんの仕草や表情のほうが気になって、試合なんてそっちのけだった。
「そんなに野球好きだったんだ」
思わず口にすると、美樹ちゃんは「ううん、そういうわけじゃないけど…応援してる選手がいるの」と答えた。
その言葉に、俺は少し動揺した。
「…誰だろう?」と気になって仕方ない。
「もしかして山本?」
森川が割って入った。
「うん…」
美樹ちゃんが少し照れた様子で頷く。
山本は野球部の部長でエース。
俺たちが一年の時、野球部は廃部の危機だった。
部室を溜まり場にしていた先輩たちが多く、部活動には不真面目だったからだ。
そんな中、当時一年生だった山本だけは違った。
試合が近くなると、先輩たちに頭を下げて試合に出てもらうよう頼み込み、人数が足りなければ他の部活関係者に助っ人をお願いする。
野球に対して誠実に向き合い続けた、まさにチームの大黒柱だった。
そんな山本も、今年が最後の大会。
しかも今回は、助っ人なしの全員野球部員だけでの出場が叶ったのだ。
「自分のやりたいこととか、信じたことにすごく真っ直ぐで…
そういうところが素敵だなって思う」
美樹ちゃんの言葉に、俺はクラクラした。
「そ、そっかー…アイツ、格好いいしモテるもんね」
そう言ってから、少し後悔した。
「フフフッ」
炎天下で火照ったのだろうか、美樹ちゃんは赤い頬のまま、俺を見て笑っていた。
最終回
バッター山本、ツーアウト一二塁フルカウント。
1発出れば逆転、と舞台は揃っていた。
最後の一球が投げられた。
「カキーンッッッ!!」
大きく打ち上がった白球はどこまでも伸びて行く様に見えた。
「入れーっ!」
悲鳴にも近い様な美樹ちゃんの声援に、俺も森川も思わず立ち上がった。
しかし、ボールは伸び切らずライトを守る選手のグラブに「ポスっ」と収まってしまった。
「アウト!ゲームセット!」
主審の声と共に、その場で崩れ落ちる山本の姿が見えた。
「負けちゃったね…あんなに頑張ってたのに…」
「そうだね…良い勝負だったと思…」
俺が言葉を全て言い切る前に、美樹ちゃんの顔を見ると——
「ツー…」
さっきまであんなに笑って、はしゃいで叫んでいた美樹ちゃんの頬に一筋の涙が流れていた。
隣の森川が肘で俺を小突いた。
「何やってんだよ、こういう時はフォローだろ」
少しイラついた様に、小声で俺に促した。
「あ、あの、これ良かったら使って」
俺は咄嗟に、ポケットに入ってたハンカチを、美樹ちゃんに差し出した。
「ありがとう」
美樹ちゃんはそれを受け取ると、涙を拭った。
「でも良い試合だったね。充分胸を張れるよ、お疲れ様って言ってあげないとね」
少し気持ちを落ち着けた美樹ちゃんは凛と、グラウンドに視線を送った。
「そうだね。本当によく頑張ってたと思う」
俺もグラウンドで整列している選手達を見つめた。
「あーっ!」
突然、森川が大きな声を出した。
「えっ?」
何が起きたかわからない美樹ちゃんは、こちらを向いた。
「美樹ちゃん、鼻の下! 真っ黒!」
森川が笑いながら美樹ちゃんの顔を指差す。
「あ…」
作業着を着ていたことをすっかり忘れていた俺は、普段工場で使う汚れたフェイスタオルを渡してしまっていた。
「あーっ! ごめん!」
咄嗟に謝ったが、美樹ちゃんの鼻の下にはヒゲのような黒い汚れがついてしまっていた。
美樹ちゃんがバッグから鏡を出して自分の顔を確認すると、しばらくして肩をピクピク揺らし始めた。
「あのー…」
絶対に怒られる。
そして嫌われると思ったその時——
「あははは! 何これー! もー! 酷いじゃない」
今日一番の笑顔と笑い声があたりに響いた。
「ご、ごめん!」
俺は美樹ちゃんからフェイスタオルを受け取ろうとする。
「大丈夫だよ、これはちゃんと洗って返すからね」
そう言うと美樹ちゃんは俺の汚れたフェイスタオルをバッグにしまった。
「ありがとう。おかげで少し、気持ちが落ち着いたよ」
美樹ちゃんの顔に再び笑顔が戻って、俺はホッとした。
「それよりも美樹ちゃん。顔洗った方がいいんじゃない?」
森川がそう言うと美樹ちゃんは、恥ずかしそうに慌てて顔を隠し、早足で女子トイレへ向かって行った。
「なぁ、森川」
俺は美樹ちゃんの後姿を見つめたまま、森川に質問をした。
「お前から見て、今の俺ってどう見えてる?」
呆れた様に森川が答える。
「どうもこうも、ゾッコンだろ?お前のそんな顔初めて見たよ」
俺の顔はきっと耳まで真っ赤になっている。
心臓の音もドクドクとうるさい。
夏の日差しだけのせいじゃない。
「気になる人」が確信に変わった。
俺は美樹ちゃんの事が好きだ。
きっとこれまでも、これからも。
遅筆ですが、コツコツと更新できたらと思います。