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92 帰省の目的

 領地の滞在は長くない。

 騎士団長を努める父親は長く王都を開けられないからだ。


 次の領主が誰かなんて正式に決まってはいないが、領主リディアーヌの子である私たちは注目の的。

 昨夜は夜会が開かれ、成人済みのオレリアンが参加した。

 今日も午後からお茶会が開催される。それには私もアルチュールも主賓の一人として呼ばれている。

 カンブリーブ領に住まう伯爵や子爵が集まる大規模なものとなるとのこと。

 馬車旅の数日間で家名と爵位、出席が予想される子息令嬢の名前は覚えさせられた。

 が、顔写真がないとね。

 挨拶されても覚えられそうにない。




 海からの風でストールが大きくはためいた。

 私達が海に来ているのは、来客を迎えるための準備で屋敷内が慌ただしいため、午前中は領地を案内するという名目で外へ追いやられたからだ。


「セレスティーヌ様、あちらの船が見えますか?」

 ケヴィンが指さす方に何か見える。

「えぇ、かなり小ぶりね」

 この砂浜から見える岩の多い当たりに数隻漂うような舟。

「あれは漁師の舟です。素もぐりで貝を取るのですよ」

 そうだった。カンブリーブは魚介類の中でも魚よりは貝類が豊富に捕れる設定だ。

「岩肌の多いカンブリーブの海では大型船は無いのでしょう?」

 最近、すっかり頭の隅っこに追いやっていたが、バッドエンドで国外追放って可能性もあったな。

 まぁ、カンブリーブまでの道のりと船の規模を考えれば、もしもの時は、やはりブロンデル領から外国へ向かうルートが正解だと思う。

「大型船、ですか。……それはデュドネ様の方がお詳しいでしょう」

 あーほら、やっぱりブロンデルが船については強いんだ。

「お噂で伺っていた通り、好奇心旺盛で知識欲のあるお方なのですね」

「あら、どのような噂かしら。恥ずかしいわ」

 知識欲。私のエンディングに向けた思考をケヴィンはそんな言葉で流してくれた。


 切り立った崖と少しばかりの浅瀬、埋め立て技術のないここで大型船を造る意味がない。

 そもそも、外海に出る必要がないのだから大きな船は必要がなかった。

 なるほど、唯一外国と取引のあるブロンデルはかなり特別と言えよう。


 視線の先には波と戯れるシルヴィが見える。

 靴と靴下をを脱いで手に持ち、素足で波と戯れる。

 オレリアンとアルチュールは戸惑いながらも一緒に寄せる波に靴を濡らしている。

 あ、これってアニメなら水着回かも。もちろんこの世界にあんなに肌を見せる水着はない。

 確かパトリシアがブロンデルには海開きだかの祭りがあるって言ってたが、泳ぐにしたって濡れても良い服を着るはず。

「妹のお見苦しいところを」

「いえ、お気になさらず」

 ちゃんとした服を来たままだから、私としては何とも思わないが。世界観的に足を見せるだけでもかなり際どいもんな。

 王都の北にある聖なる湖へ涼みに行ったとき、私は水に手をつけるだけだった。

「シルヴィ様は年齢より可愛らしいわ」

 彼女はアルチュールとコレット姫と同年だ。

 地方の貴族とはどこもこんなものなのか、カンブリーブが『領地が広いだけの田舎者』と思われる所以がこういった行動にあるのかはわからない。

 まてよ、サビーナが領地で雪合戦をしているのだ。地方では躾が緩く羽目を外すぐらいが標準なのでは?

 だって、遠目で見守る使用人も止めに入らない。

「これでも少しは良くなったのです」

 ケヴィンはゆっくりと砂浜を歩きながら話をする。

 私はなんとなく隣を歩きながら話を聞く。

「セレスティーヌ様の演奏を拝聴するため王都へ出向いた際、いろいろと刺激を受けたようで」

 あぁ、あの時のシルヴィまだ幼く行動が田舎っぽいとは思わなかった。それに、私はコレット姫の無茶より扱いやすいとすら思っていた。

「今回、皆様とご一緒することで、淑女らしくなればと思っております」

 そうなんだ。

 ケヴィンは、ピアノの練習を通じて、カンブリーブの名に恥じぬ振る舞いが増えてきたと言う。

 なるほど、では今回の帰省は私がシルヴィをどう扱うかがメインシナリオで、ケヴィンとの恋愛は発動しない感じ?

 良かったー。

 もぉ、それならそうと早く言ってよ。

 大体、ケヴィンの声って悪くはないけど誰か声優さんの声じゃないもんね。ってことはメインキャラじゃない。

 ならば攻略対象でもない。

 よしよし。

「そろそろ時間ではないかしら。私、三人に声をかけてきますね」

 そして、少しだけシルヴィをたしなめておこう。憧れのお姉様らしく。

 それが私のするべきことなのならば。


 まさかの六人目問題が解決したので、私はご機嫌の笑顔で波の寄せる浜へ足を向けた。




 領地を持たない貴族というのもいるもので、カンブリーブ領にいる今、ここに集まった者たちは皆、そんな身分らしい。

 王都でも、ヤニック先生のご実家であるボーボワールは学術やカラクリ研究で地位を高めていった為、領主ではない。

 そう、私の目の前に並んで挨拶のタイミングを探っているのは、カンブリーブに土地を充てがわれている家臣たち。


 都会からの客に興味津々って顔してるくせに、なかなか話しかけられない様子は……ほら、転校生がきた教室のようだ。

 家名と家格。

 家業の特徴と重要度。

 海から帰るとオーバンから渡された資料。それは馬車の中で暗記したものよりさらに詳しかった。

 参加者の変更も考慮して最新の情報を。なんて言わないでもっと早く見せて欲しかったね。

 ふぅ。

 ドレスのスカートをちょこっと持ち、ゆっくり腰を落としながら私が見るのは相手の身だしなみ。

 それだけで大体の人物像はわかる。

 私がにっこり微笑むだけでシドロモドロになる者もいれば、挑戦的に声をかけてくる者も。

 隣で私と同じように挨拶の応酬を受けているアルチュールも、最近板についてきた当たり障りない微笑みで人の波をやり過ごしている。


 さて、一通り挨拶が終わり自由に動けるようになって。

「セレス、風にでも当たりにいくかい? 人に酔っただろう?」

「それよりも何かお飲み物を、セレスティーヌ様」

 オレリアンとケヴィンに前方を塞がれた。

 あー、どっちの提案も受け入れる気はないんだよね。

「いいえ。姉上には気になる方がおいでのようです。話を聞きに参りますか?」

 私の返事を待たずに手を取られたのはアルチュール。

 珍しく強引だな。

「まぁ、よくわかったわねアルチュール」

 本当は特に話を聞きたい人物などいない。

 が、第六感的感覚で、二人の手を取ってはいけない気がした。

 オレリアンと風に当たりに行く? 二人きりでなにすんの?

 ケヴィンの案に従う? 仲睦まじいって周知されちゃう?

 やだやだ。

 だったらアルチュールについていくのが一番安全な気がする。

「今の時間、ずっと隣におりました。わからない方がどうかしています」

 ……そうですか。

  

 カンブリーブでは真珠が採れると知っていたので、収入源は宝石と魚介だけと思いがちだが、ヤニック先生の資料ではまだ他にも。

「僕も自力で情報を得て、成長している姿を見せなければならない歳です」

 そっか、アルチュールには今回の帰省で課題が出されているんだね。

 南の暖かな土地ならではの特産品。少ない流通でプレミア感のある品。それを扱う伯爵家。

 花と果実に強い者。

 今から話を聞きに行くのはそこの子息ってわけね。

 弟の好きな分野に長けた家と親密になれば、今後の領地の発展に。等々。

 なるほどね。

 我が家の温室に時々新しい花や果実がやってくるが、一番喜んでいるのはアルチュールだもんね。

「あら? アルチュール。伯爵家ご子息は反対のテーブルで……」

 ご歓談中よ。

 そう言おうと私は足を止める。

 なぜかアルチュールが明後日の方向へ向かっている。

「申し訳ございません、姉上。僕が話をしたいのは姉上なのです。それも秘密裏に」

 はぁ。なんだろ。

 今更、弟との恋愛フラグが立つとは思えないので、二人になってもアルチュールルートのイベントでは無さそうだが。

「では、あちらの柱へ参りましょう」

 ドリンクが置かれたテーブルの脇なら何をしていたかあとから聞かれても『喉が渇いて』と言って誤魔化せる。

 それに、壁を背にすればホール全体を見渡せて次の手を打ちやすい。


「今回の帰省は成人する前に姉上を領地の者と顔合わせさせるのが目的ですよね」

「えぇ」

「けれどそれは建前です」

 はい、でしょうね。

 成人し他領へ嫁げば二度とカンブリーブ領へは足を踏み入れないだろうから、とか。

 今年成人することを報告すべきだとか。

 あとは、女性の長旅は大変なので家族皆で行こう。だったか。

 なんか、帰省理由は聞くたびに違ったな。

 本当は重要なイベントっていうか、ゲームではコランタン王子やヴィクトーもこの地へ来て私と親密になるシーンがあったんだよ。

「女性の長旅は確かに大変ですが、母上は年に一度や二度行っていることです」

「そうね」

 二人で話をしているだけだが、それが気になったのか使用人が『何かお手伝いできることでも?』と言いたげな顔で寄ってくる。

 こちらも視線だけで『結構よ』と返す。

「姉上。兄上は、クレマン侯爵家とどの程度の仲だと思われますか」

「リュシー様と?」

 ちょ。なんでここで。

 それも名前ではなく家名でリュシー様のこと聞いてくるなんて。

 確かにオレリアンはデビュタントのエスコートを彼女に頼んだ。

 でもそれは、細工師や細かい技術の得意な領地の……

「昨晩の夜会で、兄上はヴィオレット叔母上と踊っただけで、他の令嬢の手を取らなかったそうですよ」

 それは、どーゆー?

「母上は、クレマン家と契約するのか、しないのか。少ししびれを切らしているご様子。ならば領地の令嬢……姉上、こちらのドリンクは綺麗な色ですね」

「まぁ本当」

 突然、アルチュールが話を変えた。

 視線の先のオレリアンが、シルヴィの相手をしながらもこちらを見たからだ。

 距離はあるが『話をしたい人がいる』と離れた私達が、ずっと壁にいるのは不自然だ。

 アルチュールもそれは理解したようで、当初の予定通り我が家の温室管理を任せている伯爵家の者のところへ向かうことにする。


 そっか。

 母親がオレリアンの相手を心配かぁ。後を継ぐなら領地の娘が都合良いと思っているのだろうか。

 でもゴメン。

 兄の相手は私の相手がハッキリするまで決まらないだろう。

 もし万が一、年末までに何かが起こり、デビュタントのエスコートがコランタン王子ではなく、オレリアンになる可能性が無いわけでもない。

 かもしれない。でしょ?

 この世界のシステム上0.01パーセントだって可能性が残っていれば、オレリアンは私以外の特定の女性を、まだ作れない。

 ほら、今だって。

 領地の若い令嬢に囲まれていても、いつもの品のいい微笑みであしらっている。


 アルチュールがお茶会で女性ウケの良い草花や、王都で主流の庭について話をしている時に、私は半年後に迫った自分の成人を考えている。

 ドレスだってソフィアがデザイン案をいくつか持ってきているし、上質な生地も織り上がっている。

 今は、何色に染めようかって段階だ。

 コランタン王子の衣装と合わせるなら。彼の髪色や瞳の色と合わせるなら。

 もう、母親に言わなくてはいけない時期だろう。


「セレスティーヌ様もアルチュール様のように花々がお好きなのですね」

「えぇ。我が屋敷の温室は社交界でも注目の的ですの」

 やばい。

 話の内容が入ってこない。

 温室は攻略対象との出会いの場所。

 思い出の多い場所をもっと良くするんだと考え直して、伯爵との話に集中しよう。

 あーあ。

 ゲーム同様、コランタン王子もこの地へ来ればよかったのにな。




「姉上」

 それはお茶会も終わり、私の使う客間までアルチュールがついてきてくてた時のこと。

 閉じかけた扉に体を半身寄せて。『また、後ほど』と一言で部屋に帰る様子もなく。

 レディの部屋に入るのは失礼だが、廊下で話すことではできない。

 そんな中途半端な格好だ。

「おわかりだとは思いますが」

 なんだろ、そんなに声を小さくして。

「このままですと、姉上のデビュタント。お相手はケヴィン様か僕ですよ」


 ん?

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