91 領地の人々
まるで謁見の間のような。
天井は高く、窓のない広い部屋。
雰囲気漂うホールにて、前領主である祖父に対面した。
一族が並ぶ中、杖をつきながらゆっくりと入室したその人は、あたかも王座のごとく豪奢な椅子に座す。
ここは、城だ。私の想像できなかった世界。
普段、私は王都にいて。そこには当たり前に王城があって。
我が家はただの貴族でしかないと思いがちだが、公爵といえば王家と同格。
領地へ戻れば、他の者と比べる必要のない唯一無二の存在だった。
本来……このシナリオって、これほど緊張する場面じゃないよ?
なのに、空気は重く瞬き一つも許されない。
祖父のことは、知っている。
髪はターコイズブルーに近い水色で、頭部はだいぶ薄くなっている。
その分なのかかなり立派な髭を持っていた。
細部の設定がされていないキャラの為、スチルで見たときは長い髭しか印象に無かったな。
こんな顔、なのか。
我が家にある肖像画で見ていたのは、若かりし頃の勇敢な顔つき。
まだ髪もフサフサとあった。
やだなぁ、隔世遺伝とかでオレリアンとアルチュールが将来、髪の毛が心もとなくなってしまったら。
うーん考えないようにしよう。
攻略対象の二人が薄毛キャラになるわけがない、大丈夫。
「リディアーヌ、よく戻った」
わー、渋い声。
ボイスの付かないゲームでは、普通のおじいちゃんで。孫との出会いを喜んでくれたのに。
「はい父上。お変わりなくお過ごしのご様子。安心しました」
いつも威厳ある母親も今日は萎縮して見える。
「うむ。道中の話は後で聞こう、まずは……」
祖父のゆったりとした嗄れ声。それは年齢を重ねた貫録で、低く重みのある音。
体はよる年波に抗えなくても、意志はまだまだはっきりとしているようだ。
「それがお前の子か」
こっち見た。
ゾワッとする。
その威圧感、もう王様だよ。
大昔は別の国だった、って薄い設定が本当なんだって思えてしまう。
それぐらいの覇気が私を襲う。
思わず後退りしそうになるが、何とか踏みとどまっている。
気を抜けば膝をついて土下座しちゃいそうだ。
「義父上様、まずは久しくお会いできずにいたことを詫びましょう」
このホールの空気感をなんてことない事だと言わんばかりの明るいトーンでぶち破ったのは、父親。
「暑くなる前に日程が調整でき、いやぁ本当に良かった」
しかも、普通に喋ってる。
さすが脳筋、さすが婿養子。
あ、婿は関係ないか?
そして、そのままの明るさで私たちを紹介する。
「手前から長男のオレリアン、次男のアルチュール。そして奥がセレスティーヌです」
私達はその声に合わせて貴族としての最敬礼を。そこにお祖父様の優しい声が頭の上から降ってくる。
「よもや会う機会が訪れようとは。長旅で疲れただろう」
ゆっくりと面を上げると、なんとも言えない感動の面持ちで、今にも泣きそうなお祖父様が見えた。
肖像画で見るのみだった孫たちに会えた喜びが全開って顔だ。
あれ?
さっきまでの威厳は?
なんか、デレた?
まるで冥土の土産でもできたかのような。
祖父は椅子の脇に立てかけていた杖を取ると、少しもたつきながらも立ち上がる。
こちらへ来るつもりか。
そう察した私とオレリアン、アルチュールはこちらから歩み寄るため数歩前に出る。
が、私達より早く手を差し伸べたのはラザール様。
「先代、肩を」
この人は母親の従兄弟で領主の不在時にカンブリーブ領を取り仕切っている『領主代理』だ。
ほぼほぼ王都にいる母親より、この地ではラザール様の方が領主っぽいのではないだろうか。
ぐしゃっ、と祖父がアルチュールの髪を掻き乱す。
「お、お祖父様。お、お元気そうで何よりです」
突然、頭に手を置かれたアルチュールは、ひぃ。と驚いた顔をしたが何とか口に出すのを我慢して、当たり障りない言葉を述べた。
祖父の幼児と戯れるような手の出し方。この場にいる領主一族、ケヴィンやシルヴィを伺えば『またか』そんな顔。
オレリアンなんて成人した大人だというのに、頬をつねられてるし。
……祖父は、サビーナ要素のあるお方のようだ。
「セレスティーヌ、様」
私の番は最後か。なにされるんだ?
あれ? 何もされないけど、にらめっこ?
祖父は私の顔を暫く見つめたあと、おもむろに髪に触れた。
そのまま優しく頭を撫でるのかと思いきや、むんずと髪を掴み引き寄せられる。
痛っ、何急に。
髪が抜けるから!
おっとっと。そんな感じで私は一人、祖父に近づいた。
「……似ておるな」
ごく小さな声で囁かれる、祖父の言葉。
先程までのふざけた雰囲気が一瞬消えた。鋭い眼光で私を見る。
誰に、とかそんな事は言わない。
だって、祖父は知っているのだ。私が、引き取られた子供であると。
だから今のは『本当の親に、似ている』と言う事?
いや。
私は今までにも散々『似ている』と言われていたではないか。
そう、例えばアシュイクア様に。だから祖父の隣にいるラザール様に聞こえていても問題はない。
「セレス、大丈夫かい?」
「姉上、髪を整えさせますか?」
ほら、オレリアンもアルチュールも普段通り。
「義父上様、イタズラがすぎますよ」
父親が慌てて駆け寄ってきた時には、すでに祖父は先ほどの茶目っ気に戻っている。
大丈夫、私の出生について、皆には聞こえていない。
「ほらほら、父上はちゃんとお座りになって。まだ紹介が終わっていなくてよ」
まだ、緊張感の残っている母親がたしなめてその場は収まった。
そう、今は挨拶の時間。
祖父は自室に戻り、残された私たちは応接室でお茶をいただく。
今は持ってきた荷物を使用人が整頓する時間。客間はまだ使えない。
そのため夕食まで親睦を深めようってわけね。
祖母は、ずいぶん前に他界している。
先程祖父を支えていた領主代理ラザール様は、祖父の弟のお子。
ちなみに祖父の弟も既に亡く。
領主一族はここに居るラザールの妻ヴィオレット様とご子息のケヴィン、ご息女のシルヴィのみ。
少ない。
まぁ、新たなキャラ作りって面倒だもんね。制作側がカンブリーブ領の細かい部分まで網羅するのは大変だろう。
彼らの髪は一族らしい薄い青色だっていうのもざっくりした設定らしくて納得だ。
ラザール様は濃い水色。
ヴィオレット様はマットな群青。
ケヴィンが透明感のある薄青でシルヴィが薄いブルーグレー。
私や母親のような水色ではないが、総じて明るく薄い青系。
なんか、ここに居ると私の髪色も普通だって思えるね。
「セレスティーヌ姉さま、お手紙に記した通り、明日は私のピアノを見てくださるのでしょう?」
「えぇ、そのつもりよ」
シルヴィは二年前、王都の音楽会を鑑賞してから適当に弾いていたピアノ練習に火が付いて、暇さえあれば演奏しているのだとか。
凄いねって思ってたら、私のせいで刺繍の時間が減ったとシルヴィの母親ヴィオレット様から遠回しな言い方で嘆かれた。
え、それって私のせいじゃないよね?
シルヴィは、私が『コレット姫のピアノを指導した』との盛りすぎた噂を聞いて、自分も私に演奏を見てもらいたいとお願いの手紙を何度か送ってきていた。
それなのにピアノ練習を一緒にしないなんて選択肢なはい。
馬車から降りた際、私をエスコートしてくれた兄のケヴィンは、騎士団長である父親とその指導を直に受けているオレリアン、アルチュールと滞在中に訓練をしたいと考えているようだ。
音楽会鑑賞で王都へいらしたのは、領主代理ラザール様とケヴィン、シルヴィの三人。よって初めましては奥方のヴィオレット様のみ。
そこで、使用人に呼ばれるまで私達はヴィオレット様との挨拶や情報交換を主におこなって時間を潰した。
彼女は領地を治める立場にあるため、キリリとした女性だが、母親のキレるような面持ちとは違い、透明感のある雰囲気。
陰ながら支えつつ、抜かりない。
そんな印象を受けた。
◇◆◇◆◇
南風が強い。
そして日射しも強い。
さすが南の領地、海の匂いと塩っぽい空気。
紫外線という概念があるかわからないが私は今、布切れを頭から巻いている。
この地域特有の習慣で薄手のストールを頭から乗せ首元でぐるりと回す。
髪や首元を光と風から守ってくれる。
透け感のある生地の縁にびっしり刺繍が施してある高価な生地。
まるで民族衣装のようだ。ドレスに合わせるにはチグハグな気がするが、ここでは当たり前だと言うので言われるままに身につける。
海風に当たるときだけの限定衣装のため、母親が王都で頭に巻いているところを見たことはない。
「素晴らしい景色ね」
ここまで来ると、領城はあれでも海から離れた場所だったのだと思う。
どこまでも続く地平線。
ん? ならば大地は丸いのだろうか。
……面倒くさいので考えないようにしよう。
「砂浜は足を取られやすい、セレスティーヌ様、手を貸しますよ」
「あら、兄さまがセレスティーヌ姉さまをエスコートするなら、私の手をとってくださるのはどなたなの?」
「ではシルヴィ様、僕の手を」
ちょっとだけ不貞腐れたシルヴィの相手をオレリアンが余裕の微笑みで請け負う。
アルチュールも隣でシルヴィの話し相手だ。
ケヴィンとシルヴィは二人で行動することが多いのだろう。いつもと年齢の違う者を相手にするのは社交のいい練習になる。
だから、この地へ来てからやたら私の手をとるケヴィンが六番目の攻略対象ってことは、ないよね?




