9 参加者名簿と港町
不名誉なことがあれば、それは末代まで続く。貴族とは決して失敗が許されない人生。
か、どうかは定かではないけれど。
秋のお披露目に向けて、勉強会でも作法の時間でも先生たちは私にこれからの生活について、うるさいぐらいに話をするようになった。
貴族の子供たちは十歳まで屋敷から出ることなく育つ。
それも私的な区画のみで。だれでも生まれながら完璧に振る舞うことができるわけもない。
そこで、なにか問題を起こしても表沙汰にならないよう公の場に出さずに育てるのだ。
そしてようやく十歳で貴族社会にお披露目をする。そこから成人と認められる社交界デビューの十七歳までは半人前。なにかあったとしても咎は軽い。
もちろん、上級貴族たるもの間違いなど起こすわけもないのだが。
それがこのゲームの設定だった。
確かに、生まれてからの人生ではシナリオ的に長いし、赤ん坊の頃から攻略対象と恋の駆け引きをするわけにもいかないしね。十歳ぐらいが丁度いいのは理解できる。
今、私は執務室にいる。
カンブリーブの屋敷は左右対称の造りで右側が私的な部屋、左側が公的な部屋だった。
どの家も大概は同じような配置らしい。屋敷を上から見たら漢字の『山』に見えるのではないだろうか。
横に長い底辺の右側にそれぞれの部屋があって、その曲がった先、三画目にあたる部分に勉強会の部屋や先王の肖像画があった絵画の間がある。
建物は三階建てたが、天井高なので現世の三階建てより建物自体は高さがある、ように感じる。ベランダから外を覗いて感じた高さが三階とは思えなかったんだ。
一階は使用人たちの仕事部屋。炊事場があるらしい。玄関ホールぐらいしか通ったことはないが、使用人の動きを見ていれば察しがつく。
二階は食堂や応接室、勉強部屋の図書室や書庫など、私的だけれど皆が使う部屋があった。
三階は完全に個室。眺めも良くて居心地もいいが玄関ホールから距離がある。屋敷を出るには必ず誰かに見つかるだろう。それに気づいたらなんか、閉じ込められてる感?
全く出れないわけでもない。限られているだけだ。
来客がなければ前庭に入る許可は出る。馬小屋のある裏庭には騎士訓練や乗馬の練習などをするようになるまで近寄れない。
そこまで徹底しているからこそ、お披露目間近とはいえ、中央の執務室にいる事実に緊張する。
「お兄様の会はいかほど招きまして?」
「あぁ、僕の時はね。中級でも財力のある貴族、あとは騎士団の見習いが何人か来ていたよ。それ以外はこの一覧とあまり変わらないかな」
「騎士団? それはお兄様が騎士を目指しているからですか?」
招待客の人選は両親が決める。
「それもあるけれど、騎士団長の父上と懇意にするチャンスだからね。みんな来たがったのさ」
へぇ、騎士団長。
……は? 父親って騎士団長だったの?
ちょっとまって、知らなかった。それってめちゃくちゃ偉いんじゃない?
「懇意……」
そっか、子供だけの会のつもりでいたけれど、家どうしのコネとか思惑がここから始まるんだ。
思わず漏れた私の呟きに慌てたのは父親だった。
「いや、そんなつもりはないんだぞ? セレスティーヌの晴れ舞台に羊の育成や鉱山の状況を聞きたかったわけではなくてだな」
ん? 羊?
「申し訳ありませんお父様。参加人数が少ないことと、羊は関係が?」
口が滑ったと落ち込む父親に呆れ顔の母親。
「要は中級貴族を呼んで、領地の状況を聞き出したかったのに、それができなくなったということですね?」
なるほど。両親とオレリアンから細かい説明を受けてやっと私も理解した。
お披露目会はやっと半人前の会。失敗しても許されるのは、主催の私ではなく招待を受けた客人もしかり。
そこで、交流の少ない下位の家とも情報交換できる場として親たちは利用する。下位の者達も、上位と繋がりをつくる絶好の機会だった。
オレリアンの時は今後の騎士団編成の為に、私の時は秋の納税前に各領地の産業に探りでも入れたかったようだ。
それが、揃って欠席になってしまったと。
上級貴族である公爵家へ招かれるのも、ギリギリなのに王族と同席なんて、いくらお咎めなしといえど勘弁してくださいよ。
ってところだろう。
「ではお母様、不参加を決めた家へは圧力をかけることなく穏便に済ませてあげてください」
「もちろんよ、まだ根回しの段階。正式な招待状はこれからだもの。彼らは『断わってない』わ。まぁ、大切なセレスティーヌの会を小規模にしたツケはじわじわと払ってもらうけれど」
怖い。
微笑んでるけど目が本気。
「いっそ王子を招かずに済めばと何度も考えたのよ」
は? コランタン王子呼ばない?
「ちょっ、お母様。それは困ります」
それじゃ私の希望するルートが始まらないじゃない。この母親、本当に私の敵に回るなぁ。勝手に私が裏ボスに任命するよ?
「母上、落ち着いて。公爵家が王族を無下に扱うわけには。それに王子は物静かな方で、父親である王と違い聡明かと」
「えぇ、わかっているのよ。こんな気持ちを吐き出せるのは今だけなのだから、言わせて頂戴。今日だってわざわざ謁見の場で話題に出すことではないでしょう? あれは私の嫌がることをわざと口に出したのよ。そもそも、王子の社交の経験に対応できるのが公爵家ぐらいしかないっていうのが問題ではなくて?」
そうだね。
王家とほぼ対等なのはカンブリーブ家だけだもんね。でもそれゲームシナリオ上の問題だから。
どうにもできないと思う。
コランタン王子は私と同じ歳だが春にお披露目の会を済ませている。
オレリアンはその会に招かれていたが、やはり出席者は少なかったという。
王城へ出向けるような教育を受けている十歳から未成年の貴族が極端に少ないからだ。
母親はまだ息が荒そうだけど私は早く名簿の確認がしたい。
コランタン……
うん、いるいる。これで声が古田眞広じゃなかったら? ダメだ、そんな後ろ向きなことは考えないようにしないと。
あとは王子の側にいつもいる側近ヴィクトー・ヴァノ=デュペは、いた! そして声が松林愁一郎でありますように。
よし、これで攻略対象四人揃うよ!
楽しみだなぁ。
うーんと。ローマ字読みじゃないから人名はわかりにくい。それでも頑張って名簿を見る。
ぶ、ブロンデル?
って、ブロンデル領の?
「お兄様、この方は領地と同じ家名ですが」
「あぁ、そうだよ。僕達の従姉妹だ、よくわかったね」
はい? よくわかってないです。
思ってたのと全然違う答えが返ってきた。
現世で貴族の名前と言えば、アニメやゲームの世界観にもよるが、家名と領地の名前は別だったりする。先代の名がいくつも付いていたりして、長い長い名前もある。
けれどこのゲームでは領地と家名は一緒だった。カンブリーブの領主だから、我が家はカンブリーブなのかカンブリーブが治めているからカンブリーブ領なのか、始まりはわからなくてもいい。
さて、私の気になった名前、ブロンデル。
ブロンデル領には港がある。
国土の形、サンタのショートブーツでいうところの足首〜甲の部分。窪んだ場所が湾になっており『港町にはたくさんの船が停泊している』という画を私はすでに見ている。
そして私が現世で知っている知識は唯一外国との航路があるということ。
ゲーム中に国外の話が出るのは一度だけ。
バッドエンドで国外追放を言い放たれた時。
『ブロンデル領に入り港にたどり着いたが、刺客によって乗船前に死に絶えた』
そんなト書きで知らされた地名。
やりきれないよ、船にすら乗れなかったなんて、なんでっ!
せめて船上でちょっとのロマンスがあってからの別れにしてほしかった。
ま、外国ってのもバッドエンドの為に作られた設定だろうから、海の向こう、他国の情報などは一切ない。
この世界に同じ名前の領地がある。
と、いうことはうまく立ち回れなければ国外追放もあり得るってこと?
やだ。
そんなのやだよ。
で、その家名が従姉妹ってどーゆーこと?
「まぁその驚いた顔。セレスティーヌはデュドネ様のご実家を知らなかったの?」
父親の実家?
ゲームで全く出てこない父親の情報は設定資料にないです。
「では、アルチュールも知らんだろう。今度話してやらなくてはな」
「貴方もすっかりカンブリーブの家の者ということですのね。ふふふ」
あ、母親の機嫌が直っている。
この二人、政略結婚の婿養子かと思ってたけど以外と相思相愛なのか?
父親の名はデュドネ・ジル=カンブリーブ。
真ん中の『ジル』は洗礼名ではなく家名の一部。婚姻や養子などで家を離れても出自は残すように一生変わらない部分なのだとか。
貴族特有の風習で平民にはない。
ほうほう。それで?
ブロンデル領の領主を務めているのは父親の兄。今回は領主の末娘が出席だ。父親にとっては姪にあたる。
パトリシア・ジル=ブロンデル
私より四つ年上でオレリアンからすれば二つ上。髪は一族に多いオレンジ系、なるほど。
それなら見たらわかるかな。
これは是非、親しくならないと!
万が一、バッドエンドを迎えても無事に国外へ脱出できれば生きながらえる確率は上がると思うんだよね。
領主の末娘なら港を封鎖することで刺客を港町から追い出し、私にだけこっそり船を貸す。
なんてこと、してくれないかな?
そうだよ、助けてくれるぐらい仲良くなればいいんじゃない?
もちろん、王子とのハッピーエンドを目指すよ? けど、保険はあったほうがいい。うん。
よーし、秋のお披露目が俄然楽しみになってきたぞ。
攻略対象だけでなく、女の子の友達も作れたら、この世界がもっと好きになるよね。