83 城下町へ
春の風が心地よく頬をなでる。
馬車で出かけるには丁度いい天気。
私は初めて城下町へ行く。
通り抜けることは今までにもあったが、馬車から降り立つなんてドキドキしかない。
だって、平民ばかりの場所だよ?
そこに行って話をして、買い物もするなんて!
そう、買い物。
私は今、流れる景色をわくわくとした気持ちで眺めている。
この世界に来てから、不自由なく過ごしてきたし欲しい物はなんでも手元にあった。だからわざわざショッピングに出かけるなんて感覚を忘れていた。
あ、語弊があるな。欲しい物じゃない『必要なものは』なんでもあった、だ。
欲しい物ならさぁ、たくさんあるよ。
スマホ、テレビ、Blu-ray。ラジオ、漫画、小説。
推しの写真、グッズ。買ったけど一度も着てないツアーTシャツ。グッズのタオルも、もったいなくて引き出しにしまったままだ。
CD。チュエーションCDもアーティスト活動としてのCDもどっちも新作が欲しい。ただ、それを聞くための機械がないね。
いっそディスクの入るノートパソコンがあれば。
今、CD? なにそれって思ったでしょ。ドラマCDやシチュエーションCDの一部ははネット上で聞けるけど。アニメの初回限定BOXに特別仕様で付いてくるのは円盤なんだよ。
ふぅ。
この世界で得られるエンタメはたかが知れている。
手に入るのはせいぜい。
「本、軽く読める物語」
あぁ、ラノベみたいのが欲しい。
「あら、また本なの?」
「いえ、なんでもありません」
ヤバい、今日は同乗者がいた。登城の時は私とシモンの二人が多かったので粗相の無いようにと気を引き締めて乗ったのに。
いざという時の為に普段からしっかりしていなければいけなかった。
「本当にセレスティーヌは勉強熱心ね。時間があれば帰りに書店へ寄らせましょう」
「よろしいのですか」
向かいに座る母親が微笑んだ。機嫌が良さそうな優しい表情。
下町に本屋があるんだな。
まぁ、私の知ってる平民は文字が読めるしそこそこ識字率が高そうだもんね。
平民でも買える雑な印刷か、薄っぺらい冊子か。
いやいや、公爵家当主が立ち寄るような場所なのだ。貴族御用達の立派な店構えに違いない。
「可愛い娘がやっと我儘を言ったのよ。叶えるのは当然でしょう」
「そんな、我儘を通すわけには」
正直、今から向かう店よりも本屋の方が行ってみたいと思う。それでも私は無理を通すほど子供ではない。
「いいかしらセレスティーヌ。ドレスや小物、アクセサリーを欲しいとねだらない娘なんて母親からしてみたら育てがいのないものよ。それならばせめて興味のある書籍を、思いっきり買って帰りなさい」
あ、はい。
なんだ、ドレスとか衣装ってもっと私の意見を出してよかったのか。
母親が勝手に選んで与える事を楽しんでいると思ってた。今度からちょっとは話し合おう。
「大体、貴方は姫殿下に懐かれすぎなのよ。私だってわかっているわ。セレスティーヌがあまりにも素敵すぎて派閥を超えて呼びつけてしまうのだと」
おや、母親のテンションが若干おかしなことに。
「それでも、コレット姫のヒラヒラ衣装をセレスティーヌに押し付けたり、本好きに付け込んで王立図書館へ招待したり。王族には逆らえないことをわかっていて、彼女は少し羽目を外し過ぎだとは思わなくて?」
うわ。
「すみませんお母様。私、考え無しで姫殿下の誘いを受けていたようです」
許可くれたのは母親なのに、急になんなの?
今まで何も言わなかったことを、私と二人きりの空間だからって思い出したように愚痴らないでよ。びっくりした。
まぁ、コランタン王子との仲は気づかれてないようだが、やっぱり王族と仲良く付き合いがあるのは不自然に見えるのだろうか。
「あら、セレスティーヌが謝ることではないでしょう? どうせデュペの家の者が手を回しているのでしょう。本当に腹立たしいこと」
「いえ、宰相家は殿下と姫殿下に仕えているだけで」
まぁ、サビーナは色々裏で画策してるだろうが。
馬車の速度がゆっくりになり、目的地に着いたのだろう窓からの景色が止まった。
「いいこと? セレスティーヌ。目にとまったもの、少しでも気になったものはすべて買い与えますからね。遠慮をしたら許しませんよ」
「は、はい。お母様」
なんかおかしなことになってきた。
まさか、ここで母親がコレット姫からプレゼントされたロリータ衣装に対抗するなんて。
ミニゲーム『模様替え』とは全く違う展開に。
この『オトヒメ』では今回二つのミニゲームが用意されていた。
一つ目はブロックパズル。
部屋の形にピッタリ家具を配置していくもので、ひとマスの椅子から大きいマスの机。長方形のテーブル。L字のソファ、コの字の棚など実際にはありえない形のあらゆる家具たちをきっちり収めていく。
とりあえずクリアするなら四角い部屋に四角いパーツを端から並べれていけばいいのだが、高得点を狙いたければ歪な形を使わないといけない。
だって、ブロックごとにもらえる点数が違うから。
それに、私がしているのは模様替え。部屋一面に椅子だけなんて部屋を作っても合格しない。
最低限入れなければいけない家具が指定されていた。
チュートリアルは自室だったよな。本番は応接室か。
ゲームとは壁紙や家具のデザインが違うので確定できない。もしかしたら食堂だったのかも。
もう一つは間違い探し。
左右二枚の絵に十個ある違いをチェックする。
レベルはゆるく、色や向き、大きさや形など簡単な違いなのでサクサク見つけ出し、物足りなさを感じるほど。
ただし、高得点を狙わなければ。
ご褒美スチルが欲しければ、急に難易度の上がった問題に挑戦しなければならない。
制限時間がなければなぁ、どうにかなったんだけど。
あと数秒たりなくて何度も何度も挑戦させられたなぁ。
あーゆー時って目の前に堂々とある間違いを見落としたりするよね。
王都はドーナツ状に住み分けがされている。
中央に王城。
その周りに平民。
一番外周が貴族。
「これでは常に平民が側にいることになるわ」
詳しい地図を見たとき、私はそんな感想をヤニック先生に漏らしたはずだ。それに対して先生は答える。
「ですが、これ以上広げられない土地に縛られるのは平民が丁度よいでしょう」
と。
なるほど。王城は十分な広さが初めからあり、貴族たちは必要に応じて外へ外へと屋敷を増やせる。
うん、理にかなっていると言われてしまえばそれまでだった。
この配置は、いつ歯向かってくるかわからない力のある貴族と距離をおきたい初期の王が決めたことなのだとか。
平民の多くは職人。
客はいくらでもお金を出す貴族。
であれば、城にもそれ以外の屋敷にも両方へアクセスしやすいこの形が商売しやすいはずだ、とも。
確かにね、と納得しかけたがまてよ。私たち貴族が王城を越えた向こう側に行くにはかなりの遠回りを強いられるよ。
だって、カンブリーブと真逆にあるデュペ家の屋敷へ行ったときはぐるりと外周を回ったのだ。
お茶会の参加とかもぐるっと回り込むことが多いよなぁ。
「けれどセレスティーヌ様、我々は馬車があります。平民は徒歩か乗合馬車なのですよ」
言われてみれば。
まぁ、私が長距離を歩くわけではないので王都の街並みなんて何でもいいや。
着いた商会は立派な建物だった。
庭なんてない、隣がピッタリくっついた建て方は城下町では当たり前で四階建て。
貴族の建物は三階建てが多いが天井高なのでこの四階と同じか少し我が家のほうが高いだろう。
ヨーロッパの風景や建物を思い出すと石畳の街道に家々が立ち並び、三角屋根できっと中庭がある。
ほら、テレビ番組で見たことあるよ。散歩をしている人視点のカメラがのどかな街で地元の人と触れ合うやつとか。
店には訪問を事前に知らせていた為、店の主人やその妻。番頭らしき身なりの男など総出で私を出迎えてくれる。
普段から貴族相手に仕事をしているため礼儀は心得ているが、それでも緊張してるって態度だ。
私や母親から挨拶することはなく、受け答えをするのは連れてきているオーバン。
今までにも屋敷に呼びつけて買い物をしているから、私も主人の顔は知っている。
初めましての顔もいたが、今更こちらから名乗ったりしなくて良いのだろう。
あぁ、ゲームから考えて家具のような大型な品を買うんだと思いこんでいた私の浅はかさよ。
ここはドレスを注文する服飾店。
そう、洋服って言わない。
和服がない世界で服と言ったら当たり前にドレスやスーツだから。
奥の応接室に通されたが現世の店のようにたくさんの商品が並んだり、それを買い物かごに入れてレジまで持っていったりするわけではなかった。
当たり前か。
なんか、買い物の概念が違うんだよな。
「本日はお越し頂き大変恐縮です。主人からお嬢様のお話は伺っておりましたが、実際にお会いできるなんて光栄ですわ」
「ええ、娘も成人が近いもので一度城下に出てもいい頃合いかと」
「その貴重な時間を我が商会に割いてくださいましたこと感謝してもしきれません」
テーブルに置かれた生地見本、レースや刺繍のサンプル。
我が家に持ち込まれる時よりも大量にあるデザイン画と実際のドレスサンプル。
楽しい。
私が店の主人と注文するドレスについて話している間、母親は女主人と話をしている。
彼女が言う通り話で聞いただけの少女に服を作るより、実際に客を見ておいた方がドレスを作りやすいだろう。
今回は私の社会勉強も兼ねているが、前々から母親はここへ連れてくるつもりだったようだね。
「今ご注文されますと、仕上がりは初夏。少し軽い生地はいかがでしょう」
「そうね。ではこちらのストライプを」
切り替えの多いデザインをストライプ生地で作ると目の錯覚でウエストが細く見えたりしそうだなぁ。
「では、合わせるレースも軽い物にいたしましょう」
「えぇ、透け感のある……このレースの色を生地に合わせて染めることはできるかしら」
「もちろんでございます。そのように」
私に経験はないが、オーダーメイドと言ったら現世ならスーツぐらいだろうか。
今までドレスを母親任せにしていたことを少し後悔する。
だって、めちゃくちゃ楽しいから。
ゲームのキャラメイクってこんな感じだろうか。違うか。
レースの飾りは切り替え部分や裾によく使われる素材で常日頃から目にする。
けれど、私は今とても気になるレースを見つけてしまった。
「もし、差し支えなければ貴方の髪を飾っているリボンを拝見してもよろしくて?」
私の注文を受けている主人を補佐するようにメモを取ったり、サンプルを持ってきたりしている少女。
この店の娘だと紹介された彼女は左右に三つ編みを纏めたツインお団子を耳の下の低い位置に作っている。
その結び目に揺れる繊細なレース。
今日は私の我儘を聞いてくれるって母親が言ってたんだし、予定のない平民に公爵令嬢が話しかけても大丈夫だよね?




