表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/78

8 公爵令嬢の一日

 公爵令嬢の朝は早い。たぶん。


 だって、部屋に時計がないから細かい時間までは把握していない。

 が、明るくなると起こされる。

 私が時計を見るのは食堂や応接室ぐらいだった。

 あとは筆頭執事のオーバンが懐中時計を持っている。高級すぎて各部屋に時計が無いのか、スチルに描かれていないから数が少ないのかはわからない。

 使用人が時間の管理をすれば、貴族は時間なんてざっくりわかっていればいいんだろう。

 

 その、使用人なんだけど。数はそんなに多くない。

 私専属で付きっきりの人員はなく、マリルーかテレーズのどちらかが朝の支度にやってくる。

 公爵家は貴族の中でもトップの地位だがこの程度の数なのは、人が多いと名前なんかの設定が面倒だから? そんな事が頭をよぎった。いやいや、もしそうならもっと少ないでしょ。

 オレリアンとアルチュールの部屋には男性の使用人も出入りしているようだが、私のところにはあまり顔を出さない。

 熱でうなされてたときに様子を見に来たとか、領地からのお土産を部屋に運ぶとか。それぐらい。

 子供とはいえ、レディの部屋だからな。


 起きるとベッドサイドのテーブルに水の入ったボウルと水差しが用意されているので手を洗い、水を飲む。

 一息つくと使用人がやってきて、寝間着から普段着のワンピースやブラウスとジャンパースカートに着替えさせられ、髪を整えるとそのまま部屋で朝食。

 最初は公爵令嬢なんだし、給仕されるまで待つものかと思ってた。けど、

「お手伝いが必要でしょうか?」

 そう確認され、さらに使用人は扉の方へちらり視線を動かした。それで私は彼女に別の仕事があるんだなと理解した。

 自分で食べるのか、と。

 アニメや小説では王族なのにふらりと一人で城下に出たり、ましてやダンジョンへ潜る令嬢とかいるしな。『この世界はお側付き少なめ』そう納得して食器に手を伸ばす。

 両親が領地へ連れて行く使用人が少ないのもこれで理解できたよ。

 結局、病み上がり最初の食事は体格と感覚の違和感があってボロボロこぼしたから、慌てたマリルーが部屋から出れず手伝ってくれたんだけど。


 朝はパンとスープと果物。

 今の身体に慣れれば、テーブルマナーはなんとかなった。

 朝食が終わると勉強会。

 アルチュールが声をかけてくれるので一緒に向かう。

 オレリアンはいつも先に自主学習を始めている。

 私達が部屋を空けている間に使用人たちは屋敷の掃除や片付けをしているようだ。

 昼食は食堂で家族みんなで取る。一日で一番豪華な食事が昼だった。

 これは後からわからったことだけど、使用人の半分ぐらいは住み込みで残りは通いなのだそう。そのため、使用人の多い昼にまとめて作り、夜は少人数でも準備できるよう温め直したり切り分けたりすればいいメニューになる。

 出来立てほやほやの昼が豪華になるはずだ。


 午後は作法の時間。

 オレリアンは週の半分ぐらいは裏庭で剣技や乗馬の騎士訓練へ行くが、それ以外は私と一緒にニノン先生に付いてダンスや所作、立ち居振る舞いを習っていた。

 私はまだ、ほとんどの時間が歩くだけ。とか、話し方を直されたりしてるけど。

 さすが日本のゲーム。頭を下げる風習があって、それも角度による丁寧の差を教えられた。社会人歴のある私は知識として知っていたけれど、フランクな社風というか規模の小さい会社だったので実践する機会があまりなかった。

 まぁ、こなれていないぐらいが今の私には丁度いいだろう。

 あとは刺繍やレース編み。

 嫌いじゃないけど、無言の空間に圧を感じるし、作品の出来より手の指先が優雅じゃないとか言われる。


 夕方から夕食までは自由時間だ。

 アルチュールは私達が作法を習っているときに一人で暇を持て余し、本を読んだり母親や女中頭のクローデットとボードゲームをしたりするらしい。

 それも、忙しい母親からはお預けを食らいひとりで過ごす時間が多くなり、甘えん坊のかまってちゃんに育ったようだ。

 そうそう、最近月に何度か騎士訓練に参加できるようになったと喜んでいたが、体力づくりが主で、すぐにつまらないと駄々をこねていた。


 さて、夕方。

 アルチュールがまってましたとばかりに会いに来るので、二人で、時には三人で本を読んだり、カードやすごろくをする。

 コマなんかもあってやってることは日本の正月だけど、デザインが全部アンティーク調でやたらおしゃれなので、絵的には中世ヨーロッパだった。

 カードの遊び方は七並べかババ抜きか神経衰弱の三択。

 大富豪(又は大貧民)は地元ルールがありすぎて制作サイドで纏まらなかったんでしょうかね?


 夕食のあと、両親と一日あったことを語らい、部屋に戻って湯浴み。

 髪が乾いたら就寝までのんびり過ごして一日は終わる。

 お風呂はシャワー機能が無いので溜めたお湯を使うんだけど、この世界でこんなにたっぷりのお湯が使えるのは贅沢だと思うので、有り難い。

 だって、使用人が運んでくるんだよ。滑車があって、下から組み上げてるのが見えちゃったんだけど、一階で沸かしたお湯を桶みたいなので上げるんだね。最初は階段で運んでるんだと思ってたから、少しは楽してるのかと思ったけど、重いのには変わりないし火傷しないのか気になった。

 でも、貴族的には知らない素振りが正解なんだろうなと思ったから、いつもすました顔で見えてないふりをする。

 そうそう、食後の一家団欒は使用人のお風呂準備の時間なので端折ったりぱぱっと終わらせたりはできない。よくできたタイムスケジュールだと思う。

 欧米は朝風呂のイメージだけど……ここは日本のゲーム内だし? 私は夜、さっぱりしてから寝たいのでこれで問題ない。




 セレスとしてこの世界に慣れて来た頃、季節は夏真っ盛り。

 ミニゲームは四季にちなんだものだから、日本と同じように移り変わりがはっきりとわかる気候なのは元々知っていた。

 だが、現世での驚くほどの猛暑はなく、ブラウスが半袖になり、スカート丈が膝下から膝丈になった程度で過ごせる陽気。

 母親のスカートも厚い冬生地マキシ丈から軽めの夏生地でくるぶしが見える丈になった。

 素足を見せないために絹の靴下を履いているので、注意して見ないと変わったことに気がつかないだろう。それでも貴族の既婚女性にしたら大変な変化だ。


 冷房なんてあるわけもなく、涼を求めて使用するのは、団扇(うちわ)

 持ち手や骨が竹製の少し大ぶりのもので、お馴染みの紙製の物と布が貼ってある物があった。

 カラクリで扇風機ぐらい作れないかと考えてみたけど、無いってことはその程度で過ごせる夏ってことだ。




 昼に涼菓子がでた午後、初めて領主の執務室へ呼ばれた。

 それは母親の個室とは別で、玄関のある中央よりも先の公の場にあった。

 共に呼ばれたオレリアンが扉を開けてくれる。兄は普段からエスコートの練習をするようにニノン先生から課題が出されていた。

 部屋には母親以外に父親と筆頭執事オーバンがいる。

 私の部屋に比べると半分ぐらいの大きさで、窓近くに立派な執務机と隣に補佐のためと思える小さめの机。扉近くにくつろぐ為のソファーとローテーブルがある。

 ……はぁ。

 窓際に立つ母親のため息が部屋に響いた。

 昼食の場ではにこやかにしていたが、今は苛立ちを隠せていない。いつも完璧な母親も、この部屋では弱い部分を見せるのだろうか。

 それとも、このメンツだから?

 何かあったことは明白だ。


 母親は午前中、領主の務めがあり王城へ出向いている。騎士である父親が王城に上がるのは日常だが母親は珍しい。

「本当に苛立たしいわ。えぇ、わかっているのよ、これが正しい流れだって」

 コツコツと机を叩く指先に圧がある。父親は予測の範囲内だから大丈夫だと母親をなだめていた。

 うん、話が見えないぞ。

 私がオレリアンと顔を見合わせているとオーバンが一枚の用紙を見せてくれる。

 シュッセ、キ、シャメ……

 あぁ、私のお披露目会の出席者名簿か。

 わぁ。事前にこーゆーのあるんだぁ。

 コランタン王子の名前あるかなぁ。ないと話が進まないけどね。

 『C』から始まるスペルだったよね。私がワクワクしながらルートに乗りたい攻略相手を探した時。

「王子のせいでせっかくの会が台無しよ」

 そんな言葉が降ってきた。

 え?

「普段はカンブリーブを土地が広いだけの田舎者扱いしているあの王が言ったのよ、息子が楽しみにしていると」

 王? 現王?

 こんな序盤で話に出てくるんだ?

 てか、名簿を確認するまでもなくコランタン王子参加決定のお知らせだよ。やったね!

「まぁいいじゃないかリディアーヌ、王が我が家へ頼み事をするなんて、貸しを作ったと思えば」

「わかっているわ。だから使用人の手前、気にしていない素振りでいたのよ。でもね?」

 でも、そう言って母親は執務机を回り込んで私の近くまで来た。

「セレスティーヌが可愛そうだわ。十歳のお披露目会といったらもう一つのデビュタントよ。それなのに王子が参加するせいで欠席者が続出するなんて」

「リディアーヌ、一口水をお飲み。セレスティーヌが困惑しているよ」

 あ、うん。困惑してるかな。話がぜんぜん見えなくて。

 とりあえず、お披露目会をもう一つのデビュタントっていう表現はわかりやすくていいなぁと思ったし、母親の名前が初めて出てきたから知れたけど。

 あとは、なに? 今どんな状況?




 欠席者続出?

 私的には攻略対象のコランタン王子とヴィクトー二人だけの参加で十分なんだよね、正直なところ。手にした紙に記された名前は、一、二、三……十一人?

 少なっ。

 貴族のトップ、公爵令嬢の晴れ舞台だよ?

 あー。でも。ゲームの選択肢は四つ。

《誰に話しかけますか?》

『①オレリアン②コランタン③ヴィクトー④女の子たち』

 年齢制限でお披露目会に参加しないアルチュールのルートを目指す場合は、他の攻略対象と会話をせず女子の輪に入る。そして夜、寂しかったと甘えてくるアルチュールに会の事やこれからのことを話すのだ。

 あるいは、誰かを選んだあと好感度を下げるような会話選択へ進む手もある。

「なら、このぐらいでも十分ではなくて?」

「まぁ、なんて謙虚で美しい心なのセレスティーヌ。さすが私の愛する娘ね」

 なんか母親に誤解された。別に心は美しくない。

 ゲームとして多くのモブキャラを出すのは面倒だから、人数少なんじゃ。なんて思うんだよね。

 口には出せないけど。


 オーバンが何も聞こえていないかのような態度でローテーブルにお茶を出した。立ったままなのですぐに終わる話かと考えていたが、これからたっぷりお披露目会についての打ち合わせですか?


 とりあえず、コランタン王子の参加と欠席者続出の因果関係でも聞いてみようか。私はソファーに腰掛けると淹れたての紅茶を頂いた。

 この季節にアイスティーという概念がないのが残念だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ