76 見習い先
コレット姫からの便りはいつも唐突だと思う。
根回しをしようにも滅多に会えないため事前の連絡を端折られるのか、それともこの手紙が根回しなのか。
一人、執務室に呼ばれて両親と対峙する。
いつも助けてくれる兄弟はいない。
「随分、コレット姫殿下と親しいようだけれど。セレスティーヌは既に何か聞いていたのかしら?」
母親の声は厳しい口調。それでも机の端をコツコツ叩いてはいないので、そこまでイライラはしていないのだろう。
「いいえ。まさか」
私だってこの部屋に入って初めて手紙を見せられたのだ。
「先に知り得ていれば、準備も必要な案件です。ご相談していました」
ここにはもちろん電話がない。
意思を伝える伝達方法は手紙が主だ。まぁ、後は使用人に伝言を頼むとか?
そして、それは必ず誰かに知られる。今回、私が読む前に封が開けられたように。
「そう考え込むなくても、リディアーヌ。セレスティーヌにとっていい話ではないか」
「えぇ、そうね」
乗り気な父親と、どうにも納得できない母親。
平常心でお茶を準備するオーバン。
呼び出しを食らって部屋に入ったときは緊張したが。なんだ、いつもの光景だ。
コレット姫からの手紙は、いつもの通りキチンとした挨拶と丁寧な言葉選びの文章が綴られている。
が、姫を知っているとどうしても『公爵家では見習い先が見つからないでしょう? 私の下に付きなさい!』と、読み取れてしまう。
実際、そーゆー意味の手紙なのだろう。母親が素直に提案を受け入れたくなくなるのも、わかるよ。
私たち貴族は14歳になると大人について仕事を経験させられるようになる。私も母親に監督してもらいながら、何度かお茶会を主催してみたし、この先のミニゲームで使用人を使う場面がある。
また、親世代と行動を共にすることで将来に向けての顔見せとコネ作りもできるのだ。
オレリアンは月に何度か父親に付いて騎士団へ赴き訓練に参加しているし、領地からの報告書に返事を書くよう母親の指導を受けている。
パトリシアがうちに来ていたのも見習いの一環だったね。
女性は婿を取るか嫁に出るかで知るべきことが異なり、それも領内か他領かで身につける事柄が変わってくる。
だからパトリシアは兄の元で使用人の立場を経験し、我が家で上に立つ者としての振る舞いを勉強した。
今年私は15歳。
コレット姫は高位が故に見習い先が無いことを心配してくれているようだ。
そうだよね、公爵令嬢を預かって指導するなんて何様だよって感じだし、逆にチヤホヤするだけってのも問題だ。
なら、両親は?
「お母様は領地で領主の心得を学んだのですか」
「そうよ、その後この屋敷で王都と領地の情報をまとめていたわ。今のブロンデルのご長男のように」
あぁ、納得。
「あとは、王都でデュドネ様と面識を持ったのよ」
ん?
「あぁ、そうだな」
おやおや、詳しくは言わないけど、なんだかニヤニヤする内容ですか?
ま、貴族の出会いならお茶会とか。ミニゲームにもなってる音楽会や狩りだろうな。
「お父様は騎士見習いでしょうか」
「それもあるが、兄の補佐ができるよう、領主としての基本的な執務は一通り学んだぞ」
へぇ。さすが公爵家へ婿へ来れるだけある。
「素敵です、お父様。確か、お兄様も騎士の訓練と領主の仕事を両方学んでますものね」
ちょっと褒めたら父親がデレた。
今度、城の訓練を見学に来ないか? とか、せっかく馬に乗れるようになったのなら二人で遠乗りに行こう、とか。
はいはい、そのうちね。
「セレスティーヌは今年音楽の奉納もあるし、何か特別に見習うことは無いと思っていたけれど、外から見ると足りないのね」
何もしないで今の地位にいる。というのはやっぱり良くないのだろう。
コランタン王子が傍系の出身で棚ぼた式に王位についた父親の事を気にしていたように。
その事で反王派に付け入る隙を与えているように。
出自と実績が伴わないといけないのか。
そりゃ、お茶会を主催したとかピアノが上手って事ぐらいじゃ足りないよね。
「お母様。他の方は、親族の令嬢はどのような事をしていたのですか?」
私は、領地にいるだろう親戚について聞いたつもりだった。
同じ公爵家の教育について。
けれど、母親の思い浮かんだ女性は別にいた。
「そうね、ミシュリーヌの話はあまりしていないものね」
妹、先の王妃様。
聞いても、いいのだろうか。確か、親しくなりすぎないよう、叔母よりも王族として敬うように言われていなかったか。
それに、先の王妃についてはデビュタントで国王陛下と対峙したときに話題にのぼる。慎重に言葉を選ばないとバッドエンド直行だ。
「あの子が初めて陛下にお会いしたのはミシュリーヌのお披露目会だったわ」
あ、母親の思い出話が始まってしまった。
「私も同席していたから覚えているの。最低限の会話しかなさらない陛下がミシュリーヌには積極的に話しかけて。後から思うとあれは陛下の一目惚れね」
そうなの? なんか番外編とかで話し作れそうな。
「それでも年の差を気にしてか特別お声がけはなく一年が過ぎて。そうそう……あの子は繊細なピアノを弾くのよ。音楽会であの子の演奏を気に入った陛下が、翌年の花見の席で声をかけたのだったかしらね」
ここで言う陛下とは、先の王のことだろう。
「私も覚えているよ、あの頃のカンブリーブ姉妹は何処へ言っても噂されていたからね」
「まぁ、ミシュリーヌだけでなく私も?」
あらあら、くすくす笑いながら二人で楽しそうに昔の話を。
で、公爵令嬢の見習い先については?
「陛下との婚約が決まったのはミシュリーヌが14の歳でしょう? 15から城に通って后になるべく厳しい教育があったのよ。作法だけでなく政治についても叩き込まれていたわ。見ているこちらが参ってしまうほどでね」
へぇ。
この完璧に見える母親が思い出すだけで辟易するとは。
先の王妃様は、優雅な微笑みの肖像画からは想像もできない生活を送っていたのだろうか。
あれ? もしかして、コランタン王子狙いの私もおんなじ様に后としての教育があるのか?
やだなぁ。
それならゲーム通り婚約はデビュタントの後、できるだけ遅い方が良い。
「まぁそう嫌な顔をするなリディアーヌ。コレット姫殿下はセレスティーヌにそこまで厳しい教育をするわけではあるまい」
「……そうね、この話お受けしましょう」
あ、折れた。
若かった頃を思い出した母親が、何を思ったのかはわからない。
単に王族からの提案を断る理由が見つからないだけ、そうも取れる。
「仕事内容や詳しい話を詰めなければならないわね。セレスティーヌはそれで良くて?」
「はい。このお話、進めてください」
うわー。やったね!
コレット姫の側に、って事だけど絶対コランタン王子と会える。
へへ。
◇◆◇◆◇
エプロンは白だった。
いわゆるメイドが付けそうな、シンプルで肩ひも部分に控え目なフリルが付いたやつ。
実際、使うかはともかく。
用意しておいてもいいでしょう? と、母親が準備してくれた。
確かに、今までコレット姫に控えていたサビーナが使用人のような服を着ているところは見たことがない。
それでもコレは重要なアイテムだ。
ゲーム的にね。
しっかし、すっかり忘れてたよ。
ゲームとしては今年の一番大切なイベントなのに。
この時プレゼントされるエプロンの色で好感度上位が誰なのかわかる仕組みを。
ぶっちゃけステータス画面を見ればいつでも確認てきたので『デザインは変わらず色だけなんだよね』ぐらいにしか思ってなかった。
白、かぁ。
五人の誰の色でもない。
これは、王太子ルートと別に何かのルートが進んでいる可能性があるってこと?
いやいや、リメイク版では白エプロン固定の可能性だってあるじゃん。
大丈夫、あのルートは全員のハッピーエンドを開いた後でなければ進めない。
一度もシュバリエルートを攻略していない今、発動するはずがないのだから。




