72 狩場にて
王都から少し離れた狩場は紅葉の季節。
ここは、貴族の社交場として整備されているので危険すぎる獣はおらず、成人前の子息に丁度いい場所なのだとか。
父親率いる騎士団は丘一つ向こうの草原から森までで演習をしていると聞いた。
なるほど、比較的安全だからこそ、私たちは優雅にお茶をしていられるわけだ。
結局、私は馬を操って攻略対象と一緒に狩りには出ない。
父親は残念そうにしていたが、その反応は一般的でないともうわかったし、母親が安心したような顔をしたので私の判断は間違っていなかったのだろう。
なにより、シモンが涙目で喜んでいた。
「セレスティーヌ様を信じておりましたが、やはり自分の力不足を痛感し、一層の訓練を課す所存でおりました」
だって。
そんなに狩りに参加するのっていけないこと?
女性騎士見習いが誇らしい顔で愛馬に騎乗する姿が見える。
いいなぁ。
このままのんびりお茶をしていては、高得点ご褒美セリフを逃してしまうのに。
もしかして、リメイク版では狩りのミニゲームが存在しない?
あれ。
そんな大幅改変あるのか?
あるよな、シュバリエがいる時点で私の知らないゲームと言えるのだから。
そのシュバリエだが、今年始めて『狩り』に出場している。
周りからは、聖職者が殺生をすることを良しとせず不参加だったが、成人を目前に控え派閥を越えた交流に積極的なのでは?
と、思われている。
まぁ、実際は『セレスティーヌ様はそれほどまでに馬がお好きなのですね。あぁ、なぜ教えてくださらなかったのか! では、今年は私も狩りに参加いたしましょう!』と、熱のこもった声で宣言したからだ。
その後、私が観覧しかしないとわかると『貴方を想い貴方のために出場してまいります』って手紙が来た。
先程顔を合わせた時も、
「貴方の騎士になれるとは。このように心が高揚する私の気持ちを理解できるだろうか」
って言われた。
「まぁ、騎士だなんてご冗談を。女神様が見ておいででしたら何とおっしゃるかしら」
私は感情を込めない声音で、神殿関係者なんだから騎士とか言うのもほどほどにしておけば? と返しておいたが伝わっただろうか。
馬の様子を見に行っていたオレリアンはシュバリエの言葉を聞いてなくとも、アルチュールは私の側にいる。
「いつもながら、シュバリエ様の姉上に対する言葉は神殿ならではの言い回しで興味深いですね」
そして、そんな無邪気な態度で話を終わらせてくれた。
王太子ルートに乗ってると思われるのに、シュバリエの立ち位置だけはよくわからないので、軽くあしらうことしかできない。
正直、声は聞きたいんだよ?
まぁ、適当に頑張れー。
さて、今回がミニゲームにカウントされないのなら、秋の好感度上げはどうなるのだろう。
もしかしてもう、終わってたり。
はは……それ笑えないよ。
秋かぁ。
絵画を持ち寄った鑑賞会、パトリシア主催の模擬夜会。
あるね。思い当たるイベントが。
どれどれ、おさらいすると。
春は音楽会、いや花見かも。夏は……この間のひまわり畑か。
秋がワルツで、冬は雪合戦。
ありえる。
それにさ、この仮説だと攻略対象の各家でイベントが行われている。
季節と人と好感度。
システム的になんかアリな気がするよ。
季節、か。
そういや私のお披露目会。
話題は髪色になったが、本来私は季節の話をしようとしてた。
もしかして、あの時春の話をしていたら。花見が開催されるルソー家のシュバリエルートに入っていたのかも。
いやいや、あんな序盤で分岐しないよ。
そう、これはあくまで私の仮説。
「セレスティーヌ様、お茶が冷めてしまいますわ」
「あら、私としたことが。皆様の話が興味深くてつい、聞き入ってしまったようです」
いけない。お茶会の最中だ。
皆のつまらない話に飽き飽きして考え事をしてたなんて悟らせない。
慌てはしたが、優雅な所作でお茶をいただく。
どの家の子息が素敵だとか、そのお目当ての相手が仕留める獲物の数を予想してみたりとか。
好感度に関係のない催しだと気づいた瞬間から、私の狩りへの興味はなくなった。
「セレスティーヌ様はピアノだけでなく、乗馬も得意とか」
「そうそう、女性騎士に混じって出場なさるおつもりだったと伺いましたわ」
「まぁ、勇敢ですこと」
くっ。
わかりやすく馬鹿にされた。
どこから漏れた情報かは検索しなくていい。きっと親バカな父親が騎士たちに私の乗馬の上達ぶりでも話して聞かせたのだろうから。
「そうですね、そろそろ遠乗りでもと考えておりますが、狩猟犬はまだ使えませんの。それもあり参加できず残念ですわ」
ふん。負けない。
公爵家なら参加する方が当たり前だって顔していれば、こんな話すぐ終わる。
この場にいつも楽しく話しかけてくれるコレット姫とサビーナはいない。
安全圏で観覧していてもここは狩場。あまり子供が出入りしていい所ではない。
と、言う理由でお披露目から数年しか経っていない年少組はいなかった。
私が初参加なのはミニゲームの順番だと決めつけていたが、ちゃんとした理由もあったんだね。
ちなみにアルチュールは男子で騎士候補なので今年から参加している。
こんな嫌味な態度、久しぶりだな。
私の周りは派閥とか関係なく仲良くしていたので、モブにはまだまだ隔たりがあることを再確認する。
それとも、いつもは私の側に王族がいるが今日は私だけ。
今がチャンスとイジりにきたか。
花見で会ったときは愛想よくしていたくせに。
ははぁ、あれはオレリアン目当てで猫を被っていたのかな?
どうあれ、公爵家相手に勇敢ですこと。まだ何か言いたい顔した令嬢たちに冷たい視線を送ればもう何も言葉は出ないだろう。
「あ、あの。セレスティーヌ様は、ピアノの連弾の練習は。進んでいらっしゃるかしら」
思いもよらないところから声をかけられた。
演奏以外では自己主張が苦手なリュシー様が頑張って発言してみました。ってわかる声。
なんだろう、音楽の話する流れじゃないのに。
「リュシー様、今は」
「あら! 連弾ですって」
「お聞かせくださいリュシー様」
私の言葉を遮ったモブたちの食いつきが良い。
もしかして、私への話の矛先を変えるために声を出してくれたのか。
なんだよもぉ、リュシー様良い人っ。それならその助け舟、ありがたく乗らせてもらおう。
「えぇ、リュシー様。先日いただいた楽譜は一通りなぞりました。とても心躍る曲ですね」
「まぁ、既に二曲も? 私もセレスティーヌ様にいただいた楽譜を楽しく弾かせていただいているわ」
良かった、臆病な印象のリュシー様が明るくなった。
ニノン先生がピアノの連弾楽譜をあまり所持していなかったので、こちらが提供したのは一曲のみ。しかし彼女はそんな事は口にしなかった。
どちらがどのパートを担当すればいいか、合わせて練習する日が楽しみだと言ってくれる。
本当に音楽が好きなんだな。
そして、モブの令嬢達は置いてきぼりだ。
私達が何やら演奏会を開きそうだとわかっても、まさか来年の音楽会とは思うまい。
期待値が上がる噂をどんどん流すといいよ。それを越えたサプライズをお見舞いしてやろう。
まぁ、そのためにはめちゃくちゃ練習しないとね。
私はもうピアノを苦手とか言わなくなった。エンタメの少ないこの世界での楽しみですらある。
話に参加できないと諦めた令嬢が何人か隣のテーブルへ移動したり、狩りの様子が見やすい丘の方へ逃げたので、私はしばらくリュシー様と時間を潰す。
その後、お茶会の席で何度か話をした令嬢と挨拶周りを。
これで今日来た目的は果たしたな。
「セレスティーヌ様、少しよろしいですか」
誰もいないテーブルに座って一息ついた時、シモンが近寄ってきた。
今日はずっと後ろに控えていてくれたシモン。いるのにいない空気感で控えるのが仕事なのに、声をかけてくるなんて、なんだろう。
狩りも終盤。辺りを見回して、皆の視線が狩場に向かっているのを確認してからシモンに発言の許可を出す。
「今なら、俺の馬でその。お二人きりになれる場所へ案内できますが」
誰と誰が。とは言わない。
なるほど。
ミニゲームが無くても今日攻略対象と二人になるチャンスはあるってことか。
そしたら甘い声が聞けるのかな。
コランタン王子からのご褒美セリフは『貴方のために馬を駆けよう』だか『貴方だけに』だったか。
この世界で何年も生活しているから、うろ覚えになっちゃってる。
『今日の勝利を捧げましょう』がヴィクトーで『さすがは僕の姉上ですね』はアルチュール。
オレリアンは、えっと。『その笑顔の為に頑張れたんだ』かな。
「いいわ、私は行けないと伝えてちょうだい」
「本当に、それでよろしいのですか」
私の返事がシモンの予測と違うのだろう、もう一度確認されたが本当に行くつもりはない。
ここから狩場へ向かうなんて、シモンの独断で決められるはずもなく、きっとヴィクトーの提案だ。
シモンは私に付きっきりでも、ヴィクトーやコランタン王子の側近がウロチョロと動いていれば伝令は簡単に伝わる。
行って、何をするというのだろう。
ミニゲームで高得点を出したわけでもない私が。
本当に二人きりになれるのだろうか。
そんな、後ろ向きな考えが浮かんで尻込みをしてしまった。
それにさぁ、もし、もしもだよ?
貴方にって捕らえた獲物、例えば兎を何羽か渡されたら困るじゃん!
ミニゲームじゃないリアルなら万が一ありそう。
そんなん受け取れないし。
ねぇ?




