7 父親と兄からの話
玄関ホールに初めて来た。
公爵令嬢たるもの、家から出ずに生活をしているので玄関とは無縁なのだ。
たぶん。
そもそも、一階に降りることもないしね。私はベッドから出たのが数日前だ。
玄関ホールにはいくつもの荷物が積まれている。スーツケースというよりも箱。蓋のついた段ボール? みたいな?
ツヅラを見たことはないけど、荷箱は木の皮か竹で編まれていそうなので、昔話の挿絵で見たカゴに近いものだと思う。軽くて丈夫?
こーゆーところが日本っぽいよな。
「えっと、これは裏の倉庫へ」
オレリアンが箱に貼られたメモと目録らしき紙を比べながら使用人に指示を出していた。
時には執事のオーバンに助言をもらったりしている。
当主代行としての勉強も大変そうだ。
アニメやゲームだと貴族の仕事は執務机にいやいや座り、身長より高く積み上げられた書類に、文句を言いながらサインをしているだけ。
内容なんて無さそう。
そう思ってたし、実際にこのゲームでも書類に埋もれている宰相の息子ヴィクトーのスチルがある。
けれど実際にはサイン一つで済む仕事だけじゃない。
「アルチュール見て、すごい量の荷物ね」
「あね上、外にはまだ馬車が見えますよ」
本当だ。開け放たれたままの扉から外が見える。自室の窓から見ている前庭と角度が違うだけで新鮮に見えた。
身を乗り出すように覗いてみると三台の馬車が止まっている。
私達に気がついたオレリアンの説明によると、今回は四台の馬車を使用したらしい。両親のための一番豪華な馬車はすでに裏の厩へ片されているようだ。
今見えているうち先頭の一台が使用人の為の馬車。残り二つは荷馬車でその荷物を下ろしているところなのだそう。
へぇ、ホロ馬車じゃないなんて荷馬車にしてはしっかりしてる。外観は乗合馬車のようだ。
「セレスティーヌも将来的には女主人として采配を振るうのだから、デュドネ様が戻るまで少し見ていましょうか」
母親がじゃまにならないよう端によって、荷物の話をしてくれた。
そっか、お披露目が終わったら私も兄のように貴族としての勉強が増えるんだろうな。
「お母様、馬車には何人ぐらい乗れるのですか? 何日もの旅に使用人は足りるのでしょうか?」
貴族の旅行が想像できない。衣類だけでものすごいことになりそうだから。
もちろん、普段着はパニエなどでスカートを膨らませることなく、ワンピース。とか、フリフリのブラウスにロングスカートとボレロ。
現世でいうといいとこのお嬢さんってイメージの服を着ている。だけど、長期休暇にスーツケース一つで旅行にいく現世と比べれば荷物は大量だ。
お世話をする使用人も何人連れて行ったことやら。
「まぁ、セレスティーヌ。貴方、出立の時も同じことを聞いたわね」
やばっ。
もうすでに知ってるはずのことを聞いてしまったようだ。
「あの日は忙しくて詳しく話せなかったものね、ごめんなさい」
あ、そうなの? ふぅ、セーフ。
カンブリーブ領までは五日の行程。
ちなみに、領地の名前と家名は一緒だった。乙女ゲームでキャラにいくつもの呼び名があると分かりにくくなるもんね。
初日から三日目までは王都と南西にある領地の高級宿屋を利用する。しかし今回はその南西の土地の貴族たちと会談が組まれていたため、行きは招待された貴族の屋敷で一泊を過ごしたそうだ。
四日目はカンブリーブ領地へ入ってすぐの古城で夜を過ごす。
五日目の夕方頃に領地の中心、城へ到着する。
宿泊場所はいつも決まっており、使用人や必要なものはあらかじめ準備されている、貴族向けの宿なので、馬車で移動する際に必要なものだけあれば旅はできるのだそうだ。
うん、なら逆に荷物多すぎないか?
連れていった使用人二人と護衛のための騎士四人だって。
本当に最小限。
それで旅ができる両親が凄いのか、貴族相手に商売できる高級宿が凄いのか。わからない時はこんなもんなんだと受け入れるしかない。
四人の騎士のうち二人が馬車に乗り込み要人の側で警戒にあたり、二人は馬に乗って馬車一行全体を見守る。
騎士? 護衛?
ゲームの中では戦とかは全く無くて、のほほんとした国のイメージだったから、野党に襲われたりはしないはず。だとしたら騎士はSPみたいに考えたらいいのかも。
「母上兄上、ラウルとシモンは厩ですか?」
「えぇ、そうよ」
「母上、シモンは早馬で駆けたので、今回は報酬と休息を多めに取らせようと考えています」
うわ、知らない名前が出てきた。
早馬って、定期報告かあるいは私の熱の報告? もしそうなら、し、シモンさんだっけごめんなさい。でも、ボーナスゲットらしいですよ。
あれ? そういえば父親は?
「お母様、お父様は……」
顔がわからないから、実はすでにそのへんにいる。とかって言われると困るので、なんとなーく語尾を濁らせてみた。
「あら、まだ戻らないなんて遅いわね。馬の手入れより先に子供達に挨拶すべきと声をかけたけれど、あの人は駄目ね」
戻る?
じゃぁ、最初にナントカ様が戻るまで喋っていよう。って言ったナントカ様が父親か。
……デュ、デュド? 一度聞いただけじゃ名前を覚えられない。
荷箱はまだ残っていたけれど、指示を出し終わったというので、二階の応接室へ移動する。
ここは今までにも食事前や食後にのんびりするときに使ったことがある。
応接って名前がついているがお客様用というより、家族団欒のリビングなのだろう。
入ってすぐのいつもの椅子に腰掛けると、部屋の外、廊下に足音が響いた。
ドドドッ、駆け足で誰か来る。
ノックもなく扉が開いてオレンジの髪のオジサンが部屋を見回した。
あー。これが父親か。
オジサンは失礼だね、三十代後半ぐらいに見える。
なぜわかったのかって、屋敷の中を走っても平気な人物は当主である母親か、その配偶者の父親ぐらいだろう。
「セレスティーヌ! 良かった、熱は下がったのか?」
ダダッと大股で距離を詰めてくる。
どうしよう、私の好きなタイプのイケメンじゃない。十分カッコいい部類ではあるが。
「ご心配をおかけしました、すっかり良くなりましたわ、お父様」
どれどれ熱は……と、オデコを撫でながら体温を確かめられた。
子供より馬を優先させてた割に、むっちゃ心配してくるね。子煩悩だけど仕事第一主義? そして手がゴツい。
これが剣ダコのある手。というやつか。
知らない男の人になでなでされるのは気持ちの良いものじゃない。一旦やめてくれ。
スポーツ選手が好きな人なら、一目惚れしちゃうんだろうな。父親はそんなタイプのイケメンだった。
バスケ、の選手ぐらい?
アメフトほどムキムキでもなく、バレーボールほど細くもなく。
って、私の基準は漫画かアニメの体型だから当てにならないか。
私はインドア派のインテリ眼鏡が好きなので父親のようなタイプには全く食指が動かないけど。てか、父親なんだから攻略対象にしたら問題だろ。
紺色のスラックスに白のブラウスにジャケット。
ワイシャツじゃなくてブラウスってところは中世ヨーロッパ風なゲームの世界観故かな。
「デュドネ様、セレスティーヌがびっくりしてましてよ」
母親の言葉で助けられた。
離れてくれたことも、名前がわかったことも。デュドネか。忘れないようにしておこう。
てか、配偶者は名前呼びなのね。
テール=ボッツ王国はブーツのような形をしている。
イタリアのようなお洒落なロングブーツではなく、どちらかというとクリスマスのお菓子が入っているショートなサンタブーツのようにずんぐりむっくりな形で。
左がつま先、右がかかと。
中心が王都ロヴィルソルで、かかとの部分が我が家の領地、カンブリーブだった。
海に面しているが、切り立った崖のために港が作れず、漁は細々としたものだが、牡蠣がとれ真珠の養殖もしている。
設定資料の通りなら。
また、隣の領地との境には川や山など自然の要塞が旅人の行く手を阻む。
そんな厳しい旅の話は、まるで冒険譚のようにも聞こえて、オレリアンとアルチュールは目を輝かせて父親の話を聞いている。
私といえば、設定資料で知っている話のどこまでを口にして良いのか確認するために聞き入っている。
見開きのページにあったラフスケッチのようなざっくりとした地図。それは宝の地図みたいなデザインで、国土と地名を私に教えてくれた。
ゲームを進めるのに必須の知識ではなかったので、細部まで見ていなかったのが悔やまれる。
なので、ほとんどが初めて聞く話だ。
まぁ、話の内容がこの季節にしか咲かない花の群生地を通ったとか、いつも世話になっている宿屋に子供が生まれたとか。
絶対ゲームに関係ないってことだから知らなくて当然なんだけどね。
関係がありそうな話題は、そうだな、祖父のこと。
今は母親が家督を継いでいるけれど、領地の采配は先代が取り仕切っているようだ。そっか、祖父は元気に実在してるのか。
この先、領地へ戻るイベントの時は出てこなかったので、すでに他界してるかと思ってた。キャラクターを増やしたくなかったんだろうな。制作側の都合で。
でも、生きてるなら。
知ってるはずなんだよね、私の生い立ちとか、きっと。
兄弟との血の繋がりとか、知らないはずがないよね。孫のことなんだから。どんな人なんだろう。
「お父様、私」
もっと聞かせてもらおうと声をかけた時、夕食の準備ができたからとクローデットから声がかかる。
あぁ、この世界の食事はほぼ黙食であまり会話をしないから、もう、旅の話は聞けそうにない。
がっかりだ。
後日、改めておねだりすることは可能だろうか?
その日の夜、就寝準備も終わり使用人も下がったので、ソファーでまったりするかもうベッドへ入るか悩む。
どちらにしてもぼけーっとすることに変わりないじゃん。って自分でツッコんでたらオレリアンがやってきた。
こんな時間になんの用だろう。
扉を開けて、ふと思う。女子の部屋に男子入れて良いのかと。
いやいや家族だし、私まだ子供だし。攻略対象とはいえ、まだゲームは開始されてない時期なんだから大丈夫。
……何が大丈夫なのかはよくわからないけど。熱の時は見舞いに来てたしね。
「あぁ、セレスはもう就寝か。レディの部屋に失礼したね」
オレリアンは扉を開けるとすぐ、躊躇したように足を止めた。
寝間着の私を見て恥ずかしそうに顔を背けている。確かにネグリジェだけど、現世のキャミワンピとかと比べれば、ちゃんとした服だよ。
一方オレリアンは夕食時に見た服と同じだ。まだ入浴も済ませていないのか。
「お兄様はいつも、このような時間までお役目があるのですか?」
さっさと寝ないと使用人が休めないのでは? そう思って聞いたのだけど、
「ありがとう、僕を心配してくれるなんて優しいね」
そう、返されてしまった。
あ、うん。使用人の目線で考えてたんだけど、兄を気遣ったことにしておこう。
「当主代行も今日までだから、明日からは今まで通りだよ。それと、これをセレスに」
あ、なんか持ってるね。くれるの? 本?
「これは僕がお披露目前に覚えたものでね。先程、父上に何か聞きたそうにしていただろ? 役に立つと思って」
本というよりは冊子。何枚かの紙の角を糸でくくってある。
なるほど、この世界にホチキスがないって事がわかったよ。千枚通しで穴を開けて、タコ糸みたいな紐だか糸だかでまとめただけの、メモ帳?
パラリとめくり中を確認すると、手書きの文字と、何人もの名前。
「セレス、よく聞いて?」
オレリアンが一歩部屋に入ってくる。
開けたままの扉が閉まった。
秘密の話をする時のように少し屈んで顔を近づけると、小声で話し始める。
「お披露目が終わったら、外に出てたくさんの人と会うことになる。そうしたら、ミシュリーヌ様の話はしてはいけないよ」
……え?
「万が一話題が出ても『先の王妃様』や『先の王妃殿下』と呼ぶんだ。名前を出したり、ましてや叔母上なんて親しげにしてはいけない」
ちょっとまって。急にもう親たちの話に?
ゲーム終盤じゃなくて?
「改めてヤニック先生から派閥の話があると思うけど、セレスとアルチュールはミシュリーヌ様の肖像画がお気に入りだからね。親族だからか、うちは他家と認識が違いすぎる」
「あ、あの。お兄様」
なんて言って今の状況を確認すれば。
設定資料の範囲? それともゲーム終盤のイベント伏線?
「大丈夫だよセレス。この冊子に先王フレポン家と現王トランティニャン家の人物が書いてある。関わりのあるカンブリーブ領の人物も。夕食前に父上へ質問したかったのは領地と祖父のことかな?」
「あ、ありがとうございますお兄様」
そう、祖父のこと。
「公爵家は貴族の中で最も王家の側にある。これが役に立つといいけれど。返すのはいつでもいいからね」
はい、役に立ちそうです。
でも、知りたかったのは両親が養子を取った経緯を祖父は知ってるかどうか。
領地が王家や王族についてどの程度影響があるか、ではなかった。
まぁ、いいか。
これで、先王と現王の仲が良くなかったことは成人前のオレリアンですら知っていることで、先の王妃の親族であるカンブリーブ家は先王派と見られがちなので気をつけるよう、お披露目を迎える頃には教えられる。
と、わかったのだから。
それに、あのまま父親へ質問をしたところで、子供をいつ引き取っただの、本当の家族じゃないなんて、教えてもらえるはずがなかった。
手書きのメモの束。二年前にオレリアンが覚えるために作ったものなのだろうか。
「母上はあまり昔のことを話したがらないから、聞きたいことがあったら先生か僕に聞いて」
「えぇ、頼らせていただきますわ」
にっこり笑ってから、お休みの挨拶をしてオレリアンを自室へ帰す。
母親は昔のことは語らない。
確かに、死んだ妹のことを思い出したくないのか、色々聞いても肖像画の前で話した程度の事しか聞き出せないだろう。
父親は婿養子だし。
子供を引き取ったうんぬんについての話が必要になるのはまだまだ先だから、ちょっと置いといて。
派閥か。そんなものがあったとは。
先王には跡取りがなく、親戚筋の現王が即位した。
他にいないのだから、みんなが現王に従ってると思ってた。なのに派閥かぁ。
ここは恋愛シュミレーションで政治や国づくりゲームではないはずなのに。
ま、私のコランタン王子攻略に影響がなければ、大人の事情的なことはどうでもいいけど。
現王の息子と、先王の姪って、影響……出る? か。
だから、バッドエンドがいくつもあるんだ。
 




