65 根回しの必要もなく
パトリシアの恋心を他人にバラすのはデリカシーに欠ける。
どう言えば彼女のエスコートにオレリアンが相応しいと思ってもらえるか。
上手く行けば、コレット姫やサビーナが『面白そう』と二人を恋仲に仕向けそうじゃない?
手にしたティーカップを音を立てないようにそっと置いて私は口を開く。
「ここだけの話、パトリシアのエスコートがまだ決まっていないのですって。私、その、デビュタントまで数ヶ月でしょう? 心配だわ」
この程度の情報は漏れているだろうが、声を潜めてナイショ話にすることで、三人の食いつきをよくしたい。
「それに、お兄様のお相手も決まっていないのよ? 私、男女の機微について話せる友人が皆様しか思い当たらず……」
頼られると人は助けたくなるもの。この言い方ならなんとかなる。と、いいな。
「まぁ。セレスティーヌ様ったら自分はお相手が決まったようなものだからって」
「ホントほんとぉ。のろけだと思われちゃうような言い方」
「まぁまぁ。二人ともからかってはセレスティーヌ様に失礼ですよ」
あれ。
反応が予想と違う。
今日、パトリシアと共にいる時間が多いオレリアンを見て、二人がお似合いだとか、年回りがいいとか。
そういった流れにしたかったのに。
私がのろけてるって?
「そ、そんな。今日はまだ殿下と言葉も交わしていないのに」
「はいはい。そーゆー時間は後で作ってあげるから」
「姉さん、セレスティーヌ様がお困りです。セレスティーヌ様、カンブリーブの教師はまだデビュタントについて話してはいないようですね」
少し、ご教授しても?
って話しかけてくるヴィクトーの声は小声の分落ち着いたいい声で、クラクラしそうだ。
最近やけに私に優しい声音で接してくれるから、攻略とは別にトキメいちゃうよ。
王太子ルートのオマケでこんなに嬉しい声がついてくるとは!
はぁ、耳が幸せ。
「成人式であるデビュタントでエスコートを務めた相手がそのまま婚約者になるのは半分以下。そして婚姻まで話が進まない場合も少なからずあります」
え、そうなの?
私の知識はアニメか漫画か小説。高貴な貴族は生まれてすぐに許嫁とか決まっててもおかしくないのにね。
いやいや、でもさ。それなら半分ぐらいは将来の相手が決まってるってことじゃん。
それでパトリシアはデビュタントのエスコートて周りがそーゆー仲だと思うものだって言ったのかな?
この数字、多いのか少ないのか。
「割合は存じ上げませんが、決まったお相手のいない方は、親戚や兄弟が務めると聞いていますわ」
「そうね、オレリアンの相手がいなければ妹のセレスティーヌ様が隣に立つのが妥当ね」
なんなら親だっていいんだし。サビーナがそんな事を言う。
「なるほど、セレスティーヌ様はオレリアンのエスコート役になることで王太子殿下の心証を気になされたのですね」
王子の気持ち?
いや、ルートエンドの行方が。
「なーんだ、やっぱりのろけじゃない」
……そうなるの?
「私、そのようなつもりは。あの。殿下は私がお兄様の隣に立ったら、お気になさるのかしら」
ニヤニヤされた。三人に。
ヴィクトーも微笑ましいものを見たみたいな優しい微笑みなのに、細めた目だけがいやらしい。
「セレスティーヌ様を困らせないで。ヴィクトー、パトリシア様の相手の話をなさりたいのでしょう」
うっ、コレット姫だって私をからかっていたくせに。とりあえず話を戻してくれる。
「手短に結論から申しますと、エスコートは今日の二人に、婚姻は各領地で。といったところでしょう」
軽食も食べ終わり、お茶ももうカップにない。
そろそろ戻らないと誰か呼びに来そうだ。
「パトリシア様ってオレリアンが好きなのかと思う素振りもあるけど、結ばれるとか、そんなのは無理でしょ?」
うわ、サビーナそれどこ情報? なんで知ってんの。おもわず私は部屋を見回した。ここにはマリルーしかいないが、彼女はサビーナとの接点がない。
サビーナなら外を見張るシモンを私より良いように扱いそうだが、シモンがパトリシアの恋心に気づくとは思えない。
宰相家の情報網、怖っ。
「あら、当たり? なるほど、それでセレスティーヌ様は恋のキューピッドにでもなるつもりだったのね」
あ、カマかけられたのか。やられた。
まず、カンブリーブとブロンデルは既に強固な関係を築いている。今更、子息令嬢の婚姻による結びつきを必要としない。
それよりも、ブロンデルは優秀なものを婿として取り込むか、新たなつながりを求めて嫁に出すか。
領主の娘だ、婚姻話は嫌と言うほど来ているだろう。そこで、エスコートを従兄弟のオレリアンにすることで、ブロンデルとの縁が欲しい家は更に焦る。
その動きを見たいがために、今回の催しもある。
『パトリシア主催の会はカンブリーブの後ろ盾がある』となれば、よほどの覚悟がなければパトリシアを手に入れようとは思わなくなる。
興味本位の子息がふるいに掛けられるのだ。
「ま、待ってください」
わかんなくなってきた。メモを、どこかに書き留めておきたい。
「とりあえず、エスコートはお互い、お兄様とパトリシアになりそうなんですね?」
「そうね、オレリアンだって、エスコートを妹ではなく領主のご令嬢にすることで焦る令嬢が出るでしょ? どの家が動くか見るの、楽しいじゃない。二年間で良い人が現れれば話は別だけど?」
楽しいのはサビーナだけでは?
「良かった、それならいいです」
私が予定していた流れになるのなら、理由とか思惑、過程はこの際どうでも良い。
「デビュタントについてはわかりました。ですがその婚姻は『次期当主のお兄様がカンブリーブの領地の者と』と言われても私、領地の親戚とは面識がなく」
私の出生について知っているかもしれない者との接触は制作スタッフ的にもNGだろう。
他のシナリオは一部早まっているが領地へ出向くイベントは私のプレイしたゲームと同じ時期か。
もしかしたら無くなっているのか。
「あら。私も傍系王族の領地へは行ったことがないわ。王都に住む貴族なんてそんなものではなくて?」
あ、そう。ならいいのか。
一方デュペ家は仕事柄、新鮮な情報を欲しがる領地から催促されてよく足を運ぶのだとか。
そういや、雪遊びを領地でしたって言ってたもんね。
各領地の情報については日々の勉強で頭に叩き込まれているが、生活や日常についてはこうして話を聞くのが一番の勉強だね。
なんて事を考えていると扉の開く音がする。
サビーナとヴィクトーが席を立った。
ここに入れるのは誰?
人払いというほど厳しくすれば、かえって目立つかと思い『個人的な話がある』とシモンとマリルーに伝えておいた。それだけの言葉でも人がくれば私の許可を求めると思ったのだが。
私の席からは背後にある扉を振り返るようにしながら席を立つと、そこにいたのはアルチュールだった。
なるほど、今日の私のエスコート役。二人がすんなり通してしまうのも無理はない。
「楽しそうな集まりですね。なんのお話ですか?」
にこやかに入ってきたアルチュールは、少し息が荒い。
私とはぐれて課題をこなせなかった為に慌てて小走りで追いかけてきたのか。
それにしては時間がかかっている。もしかしたら、どこかの令嬢にダンスの相手を頼まれたのか。
確かにそれぐらいの時間は経っている。
先程挨拶を交わしているため、軽い会釈で空いている席を勧めるヴィクトーと、座ったまま人の良さそうな笑みを浮かべるコレット姫。
サビーナは品の良い淑女の挨拶をしているが、私の方を見るとウインクをした。
何か企んてるなら私は黙ってそれに合わせるよ。
「アルチュール様が気にするような話はしてないわ。ちょっと食事をいただいただけよ」
コレット姫がそう言ってもアルチュールの顔は納得していない。
「仕方ないわね。アルチュール、ココだけの話、秘密は守れるかしら?」
アルチュールの為にお茶を淹れたマリルーが下がると、サビーナは声を落として意味ありげなセリフを吐いた。
サビーナの話題は今年のデビュタントにおいてのエスコート。
その点は嘘がない。
しかし、人物が違った。
「セレスティーヌ様が私のお相手は決まっているのか心配なさって。ほら、プライベートなことでしょう? こうして別室を用意してくださったのよ」
おや、アリもしないことをしれっと。
「なるほど、さすが姉上ですね。前もって相談してくれれば。僕も協力したかったです」
「ごめんなさい、アルチュール。急に、思い立ったものだから」
急に私が連れてこられたものだから。
そういや、サビーナも今年デビュタントだ。相手、誰なんだろう。
これでも宰相家の令嬢。やはり申し込みは殺到しているのだろう。
「皆にはもう話したのだけれど、すでに相手は決まっているの。アルチュールにも教えておくわね。私のエスコートはコランタン殿下に付き従っている近衛騎士のエベール卿よ」
誰?
あ、いや。先にその話をしていた事になっているのだから、知ってる風を装ったが。
コランタン王子の護衛? 今日も来ているのか。だとすると思い当たる顔は二人、いや三人。
「エベール伯爵家はブロンデルと並んで武を得意としているでしょう? デュペと共に殿下の側近として文武を強化したいのよ」
なるほど。
「勉強になります。サビーナ様。僕、誰にも言いません」
言うでしょ。両親に報告するのはバラすことに入るんだからね?
サビーナの方は皆に知られるいいタイミングだと思ってそうな顔をしながらも、人差し指を口に立てて『しーっ』だって。
これは、後からヴィクトーに聞いたことだが、エベール卿とはお着替え遊びの日、シモンを床に押さえつけた騎士なのだそうで、国王陛下より王太子に酔狂している人物だそうだ。
……また一人、モブに名前が。
「では、姉上参りましょう」
アルチュールは私へ手を差し伸べた。が、そのタイミングでコレット姫が声をかけてくる。
「あら、アルチュール様は私をエスコートしてくださらないの?」
はい? なぜそうなる。
アルチュールもきょとんとしているが、王族相手に嫌とは口に出せずにいる。
「だってそうでしょ? 王女の私が一人で扉の前に立つなんて」
さっきはエスコートも無しに私の手を取りここへ来たくせに。
強引な物言いには、何か意図があるのだろう。
「王族の隣に立てる公爵がいるのだから、アルチュール様が私の手を取るべきよ」
「あ。はい」
公爵と言われてアルチュールの目の色が変わった。いつも兄に及ばないと思っているのか、自分はまだまだ甘えていいと考えているのか。
お披露目を迎えた分、少し大人にはなったが、それだけのことで、本当はもっとしっかりしてもらいたいと、両親は思っているようだった。
今日は弟ではなく『卿』や『公爵』と呼ばれて、やる気になっている。
「考えが足りず申し訳ありません、姫殿下。どうぞ、私の手をお取りください」
二人は並んでホールへ戻る。
私の空いた手を取るのはヴィクトーだ。
その後ろから一人ついてくるサビーナが、かろうじて私に聞こえる声で言った。
「すぐにコランタン殿下へ引き渡してあげるからね」
あ。そーゆーこと?
アルチュール、私たちまんまと作戦に引っかかってるよ。




