63 見習いと成人と
今日の午後、パトリシアが我が家へ来た。いよいよ受け入れだ。
見習いと言うからヤニック先生やニノン先生のように何かしらの仕事をするものだと決めつけていたら、逆だった。
上の立場として下の者を使う練習をさせるのだと。
それって今更必要?
経験させるということは、侯爵令嬢としては必須のスキルなのだが今のパトリシアには不足の項目ということだ。
「昨日まで兄の元で使用人のような仕事を見てきた。一日で立場を変えるのは、慣れないな」
ほうほう。私が想像してた貴族に仕える立場の方は経験済みですか。
「やっぱり女の子が増えると屋敷が華やかになるものね。パトリシア、遠慮せず欲しいものやしたい事、何でも相談してちょうだい。あぁ、まずは部屋を案内させるわ」
「公爵家の私的な棟への受け入れ感謝する」
「パトリシアは従姉弟なんだし、気にしなくていいと思うな。ねぇ兄上、姉上」
家具の入れ替えをしているときはのぞかせてもらえなかったパトリシアの部屋も、カーテンや小物選びは私も一緒にしたので早く案内したい。
張り切った母親が淡いピンクの可愛い部屋にしようとしたので、それはあまりにも彼女に合わないと思い、爽やかなイメージのグリーンシトラスで統一したらどうかと意見した。
「部屋の確認をしたら僕が屋敷を案内するよ」
「そうだな、あとはオレリアンに任せよう」
両親はパトリシアの持ってきた荷物を使用人に運び入れるよう指示して仕事へ戻る。もしかしなくても、今回はオレリアンが屋敷を采配する課題も兼ねているのだろう。
見習いってミニゲームだとパズルをひょいひょいっと動かせばよかったのに、実際に課題が出されると面倒くさいね。
私も成人までに何かしら実績積まなきゃいけないのか。今回、パトリシアをもてなすってのはカウントされませんかね?
なんか、もうこれだけ知ってるゲームとやることが違ってくると、あれこれ考えずに普通に生きていくのもいんじゃない? とか考えてしまう。
と、同時に『バッドエンドは死』だってことも脳裏をよぎる。
まだミニゲームは二つ残っている。引き続き攻略対象を観察しつつ、コランタン王子との仲を深めていかねば。
パンパンパン!
ニノン先生の拍手が厳しい音で部屋に響いた。いけない、考え事をしている場合ではなかった。
「パトリシア様、もっと優雅に。手の動きは柔らかく」
今日の午後は久しぶりに立ち居振る舞いの基礎を確認だ。
「体感はとても素晴らしいと思います。姿勢も綺麗ですよ」
けれどキビキビしすぎて女性らしい流れる動きにはなっていないとニノン先生は指摘する。
「セレスティーヌ様、恐れ入りますがお手本をよろしいですか」
良かった、私が注意されたのではないのね。何もしないで見ているより、手本として体を動かしていたほうが余計なことを考えずに済む。
ニノン先生が求める理想の令嬢は可愛い愛されキャラなので、その点を踏まえて動けばこの時間はすぐに合格をもらえる。
夜、入浴も終わり就寝までの時間をのんびり過ごそうとしていた時、クローデットからパトリシアが入室の許可を求めていると話があった。
もう、寝間着なんですけど。
でも、パジャマトークとか修学旅行でのヒソヒソ話とか、懐かしさもあってお部屋訪問は大歓迎だ。
ま、従姉妹とはいえクローデットが私の私室に他家の者を入れたがらなかったので、一枚上着を羽織った私がパトリシアの部屋へ行くことになった。
「このような時間に申し訳ない」
「そのようにおっしゃらずに。とても心浮き立つお誘いですわ」
使用人がお茶だけ置いて部屋を出る。どうせ隣の部屋に控えているのだろうが、小声で話せば聞こえない場所だ。
そう、わざわざこの時間に声をかけてきたからには何か話したいことがあるんだろう。
先ほどからパトリシアの視線は定まらない。
「作法の指導をしてくださるニノン先生が、パトリシアの姿勢を美しいと褒めていたわね。私もそう思うわ」
「そうか、ありがとう。普段から体を動かすことが好きだからだろう。今日は厳しく注意ばかりされていたが」
「ニノン先生は厳しい方なの。見込みがなければ指導なさらないわ。柔らかな動きもパトリシアには出来るとお思いなのね」
ちょっと無理やりかもしれないが、口に出しにくいことを話してもらうためにヨイショしてみる。
嘘は言っていない。
「……私はまだ、エスコート相手が決まっていなくて。やはり、他領では可愛らしい女性が好まれるのだろうか」
あれ。話の方向性がわからないぞ。
「そんなことはないと思うわ」
とりあえず相槌をうってみたが。
可愛いってのは、ニノン先生の柔らかい仕草を身に着けろって辺りから来てそうだね。ブロンデル領ではカッコいい女性も有りで育ったがカンブリーブでは違うって話?
で、エスコートとは。
見習いの課題をこなしている、成人が近い、立ち居振る舞いの基礎をおさらい、エスコート。
あ、デビュタントか。
「パトリシアならお誘いがたくさん来ているのではなくて?」
人としての魅力も、領主の娘としての立場でも。
「あぁ。だが、デビュタントでエスコートされれば周りはおのずと将来を約束した仲だと思うものだろう。それが、その」
ははぁ。どのお相手も決定打にかけるというわけか。
「セレスティーヌには、好いた方はいるのだろうか」
「へっ?」
す、好いた人? い、いるけど。いないことにしてます。
「王都ならば出会いが多いと兄から聞いていたが。セレスティーヌにはまだ早い話だったかな」
パトリシアがくすりと笑う。きっと私が急な問いかけに動揺したのは、恋に憧れているだけの子供だからと勘違いしたらしい。
よかった。
「オレリアンには、その。例えば。もうお相手は、決まっているというような。そんな話を聞いてはいないだろうか」
オレリアンの相手? なんで今、そんな流れだったっけ。
しどろもどろしていてパトリシアが何を言いたいかよくわかんないよ。
「集まりがある時、お兄様は私のエスコートをしてくれるので」
そっか、二年後のオレリアンのデビュタント。私が王太子ルートに入っていると思われる今、誰が兄の隣に立つのだろう。
特別な相手や婚約者がいなければ、親族でも構わない。子どもの成長を見守る、という意味で親がついてもいいらしいし。
自分のゲームのゴールしか考えていなかった。死を回避するために。
「では、特別なお相手はまだいないのだな」
「え、えぇ。そうね」
どうしよう。オレリアンの相手がいないという理由から妹である私が一緒に参加することになったら。
それってオレリアンルートのエンディングってことになる?
それは、良くない。
ってか、なんでオレリアンの話になってんの?
そもそも、なんの話をしていたんだっけ?
可愛い女性、エスコート。特別な相手。
「まさかパトリシア、お兄様を?」
好きなのか。
うわ、うわぁ。
今まで全然気が付かなかったよ。
そういえば。初めて会った私のお披露目会では、パトリシアの視線が気になった。あれは私を見ていたのではなく隣のオレリアンを?
アルチュールのお披露目ですぐに席を立ったのは面倒そうな姫との会話を回避したのではなく、オレリアンと話しをするための口実?
妹を溺愛するオレリアンは可愛い女性が好みか聞かれてる?
えーっ。伏線あったんじゃん。
「私の事など、気にもとめていないと思うが」
私が驚いた顔でパトリシアを見ると、恥ずかしそうにぽつりぽつりと話してくれる。
「……オレリアンの優しい微笑みを思い出すと。こう、きゅっと、心が」
わーわー、パトリシアの女子な部分垣間見た!
キリッとしたタイプのお姉様が乙女してるのも、イイね!
「素敵! 私、滞在中に少しでも親密になれるよう応援するわ」
私は前のめりで興奮気味に告げる。
だってそうでしょう?
オレリアンのお相手が決まれば、私は余裕を持ってコランタン王子との仲を進めていける。
あぁ、パトリシアをモブだとか思っていてごめんなさい。私の人生に必要な人材だったんだね。
今まで以上に仲良くなりたいわ。
サビーナに『そんなのは無理でしょ?』と私の考えの浅さを指摘されるのは、また後日。




